兄と弟
漸く高円寺母から解放された私は、ぐったりとしながら最後に着せられた軽めのドレスを着たままダイニングルームに向かった。
するとそのダイニングルームの扉の前に、高円寺が立っていて、そして高円寺は私に気が付くと微笑んできたのだ。
「詩音、お疲れさま。そのドレスよく似合っているよ。・・・それから、母さんに付き合ってくれてありがとうね」
「いえ、これぐらいなら問題無いです・・・多分」
私はそう頬を引きつらせながら高円寺に笑いかけたが、高円寺母との別れ際に「また今度ね」と笑顔で言われた事を思い出し、乾いた笑いが口から出たのである。
「・・・ごめんね。さあ、皆待ってるからもう入ろうか」
「あ、はい」
高円寺に促され、私はダイニングルームに入っていった。
そのダイニングルームには、すでに高円寺夫妻と高円寺弟が待っていて、高円寺夫妻は並んで席に着いていたのだ。
そして高円寺弟はまだ席に着かず、椅子に座っている高円寺母の腰に手を回して抱き着いていた。
「すみません!遅れました」
「気にしなくて良いんだよ。さあ座って」
高円寺父に優しく言われ、私はその向かいにそれぞれ食器がテーブルの上に三セット分用意されている席に向かったのだ。
すると私より先回りした高円寺が、一番端の席である椅子の後ろに立ち私が座りやすいように椅子を引いてくれた。
「ありがとうございます」
「どう致しまして」
高円寺のさりげない優しさに嬉しさを感じながら、私はその椅子に座る。
そして私が完全に座ったのを確認した高円寺は、すぐ隣の椅子を引いて座ろうとした。
「ぼく、ここがいい!」
突然そんな声が聞こえたかと思ったら、高円寺が引いた椅子に高円寺弟が一生懸命よじ登っていたのだ。
「瞳也!?」
「まさやにいちゃん、ぼくきょうはここでたべたいの!いいでしょ?」
「しかし・・・」
「だって、おかあちゃまのおきがえごっこぜんぜんおわらなかったんだもん!だからぼく、しおんおねえちゃんとぜんぜんあそべなかったんだもん!!」
「瞳也、ごめんね。お母さんちょっと夢中になり過ぎちゃったのよ。・・・申し訳無いけど雅也、今回だけ瞳也に譲って上げてくれないかしら?」
「・・・はぁ~分かりました。瞳也、今回だけだからな」
「うん!ありがとう、まさやにいちゃん!」
そう満面の笑顔で高円寺弟が返事をするので、高円寺は仕方がないと言った顔で高円寺弟の隣の椅子に座ったのだった。
そうして全員が席に着くと、食事が給仕の人の手によって運ばれてきて夕食が始まったのだ。
う~ん!予想はしていたけど、雅也さんの家の料理凄く美味しい!!
私はそう思いホクホクとした表情で、次々と運ばれてくる料理を堪能していた。
そしてメインのハンバーグが乗った皿が運ばれ、私はそれをナイフとフォークで一口サイズに切ってから口に運ぶ。
う、美味い!!!口の中で肉汁が溢れだして、お肉もあっという間に無くなってしまったよ!!そして、なによりこのハンバーグの上に掛かっているソースが絶品!!!
そのあまりの美味しさに、すっかり頬っぺたが緩んでいたのだった。
するとその時、スカートを引っ張られている感覚がして私は自分のスカートを見てみると、小さな手が私のスカートを引っ張っている事に気が付いた。
私はその手の主である高円寺弟の方に顔を向けると、高円寺弟は何かを訴えるような目で私を見ていたのだ。
「瞳也君、どうしたの?」
「う~んとね・・・ぼく、しおんおねえちゃんにおねがいがあるの!」
「お願い?」
「うん!あのね・・・ぼくに『あ~ん』してほしいな~!」
「あ~ん?」
「なっ!瞳也!?」
「え~と・・・あ~んってあのあ~んだよね?」
「・・・詩音、べつに無理にやらなくて良いんだよ?」
「え?全然無理じゃ無いですよ?・・・それじゃあ、瞳也君は何が食べたいのかな?」
「ハンバーグ!!」
「ふふ、良いわよ」
そうして私は高円寺弟の前に置かれている、私達の物より小さめのハンバーグを丁寧に一口サイズに切り、子供用のフォークに刺して高円寺弟の口許に持っていった。
「はい、あ~ん」
「あ~ん!・・・おいひ~い!」
高円寺弟は口をモグモグと動かしながら、嬉しそうに両手を頬っぺたに当てて笑顔で美味しいと言ってくれたのだ。
「ふふ、ならもっと食べる?」
「うん!たべる!」
そうして私は、高円寺弟の口に次々と料理を切り分けて運んでいった。
・・・なんだか、雛鳥に餌をあげてる親鳥の気分だなぁ~。
そう思い段々楽しくなりながら、私は高円寺弟に餌付けを続ける。
しかしその時、高円寺が無表情になって黙々と食事をしていた事に気が付いていなかったのだ。
そしてそんな私達を、微笑ましそうに高円寺夫妻が見ている事にも気が付いていなかったのだった。
全ての食事が終わり、私は口許をナフキンで拭ってから高円寺夫妻に顔を向ける。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです!」
「それは良かった。詩音さんのお口に合ったようでなによりだ」
そう高円寺父が微笑んで言ってきたので、私はもう一度お礼を言って席を立った。
「あ、詩音、良かったらこれから・・・」
「ねえねえ、しおんおねえちゃん!これからぼくのへやでいっしょにあそぼうよ~!」
高円寺が何か言おうとした時、高円寺弟がその間に割り込んできて私の手を握って引っ張ってきたのだ。
「瞳也!」
「え~だって、しおんおねえちゃんはぼくとあそんでくれるって、さっきやくそくしてくれてたんだもん!」
「・・・・」
さすがに高円寺は、割り込んできた高円寺弟に眉を顰めて注意するが、高円寺弟はその高円寺を見て頬を膨らませて文句を言う。
・・・正直私は、約束した覚えは無いんだけどね。どっちかって言うと、お義母様と瞳也君が勝手に約束しちゃっただけなんだけどな・・・。
私はそう思いこの場合どうしたら良いか困惑し、困った表情で高円寺を見つめた。
すると、私の様子に気が付いた高円寺がじっと私を見た後、深いため息を吐いて苦笑いを浮かべたのだ。
「分かった。瞳也が詩音と遊ぶの認めるよ。一応約束だったみたいだしね。ただし、私も一緒に行くよ」
「え~ぼく、しおんおねえちゃんとふたりであそびたかったのにな~。でも、まあいいよ。まさやにいちゃんもいっしょにあそんであげるよ!」
「・・・・」
その高円寺弟の言い方に、高円寺は笑顔を顔に張り付けたまま頬がピクピクと引きつっていたのだった。
高円寺弟に手を引っ張られながら連れてこられた部屋は、誰が見ても子供部屋だと分かる程、沢山のおもちゃが部屋中に溢れかえっていたのだ。
「・・・父さん達、また瞳也におもちゃ買い与えたな。前見た時よりも明らかに増えてる」
そう言って高円寺は、呆れた表情で部屋を見回した。
「しおんおねえちゃん!これであそぼうよ!」
「それは・・・積み木ね。良いわよ!」
そうして私達は箱に沢山入っている積み木を取り出し、絨毯の敷かれた床で積み木を思い思いに積み上げていったのだ。
私は一生懸命積み木を積み上げている高円寺弟を補佐するように、様々な形の積み木を高円寺弟の近くに次々と置いてあげる。
しかしそこでふと、さっきから静かにしている高円寺の様子が気になりチラリと回りに視線を向けると、そこには床に座り込み真剣な表情で積み木を積み上げている高円寺がいたのだ。
その高円寺の真剣な表情と、今私の前で積み木を積み上げている高円寺弟の顔が全く同じな事に気付き、さすが兄弟だと思わず吹き出しそうになってしまった。
そして漸く満足の形まで積み上がった高円寺弟は、手を上げて喜ぶ。
「できた!」
「出来た!」
高円寺弟が完成の喜びの声を上げたと同時に、高円寺も同じように完成の喜びの声を上げたのだ。
私はその様子に、堪らず口を手で押さえて吹き出してしまった。
「しおんおねえちゃん?」
「ご、ごめんね。本当にそっくりな兄弟だなぁ~と思ったのよ」
高円寺弟は私の言葉にキョトンとしていたが、高円寺の方はなんだか恥ずかしそうに私から視線を外している。
しかしよく見ると、その高円寺の頬と耳がほんのり赤く染まっているのが見えたのだ。
・・・雅也さん、可愛い!!
意外な高円寺の姿が見れて、私は嬉しくなっていたのだった。
「そうだ!まさやにいちゃん!こんどはあれやって!」
「あれ?・・・あれってまさかこの前やったあれかい?」
「うん!やってやって!」
「いや、しかし今は・・・」
何故か高円寺は口ごもり、チラチラと私を見てくる。
私はそんな高円寺を不思議に思いながら見ていたのだが、どうしても高円寺に何かをやって欲しいらしい高円寺弟が、高円寺の腕を引っ張ってお願いしていたのだ。
「・・・はぁ~仕方がない。やってあげるよ。・・・ただし詩音、これから見る事で絶対笑わないでくれ」
「え?」
「良いから、約束だよ」
「あ、はい」
高円寺が必死な形相で言ってくるので、私はよく分からないながらも頷いて返事を返した。
すると私が頷いたのを確認した高円寺が、突然四つん這いになったのだ。私はその、高円寺の様子に驚いて目を瞠る。
しかし、すぐにその格好の意味がわかった。
何故ならその四つん這いになった高円寺の背中に、高円寺弟がよじ登ったからである。
それはどう見ても、高円寺が高円寺弟の為に馬になってあげてる姿だったのだ。
そしてしっかり背中に乗り込んだ高円寺弟は、落ちないように高円寺の服を掴みながら出発の合図を出した。
するとその合図を聞いた高円寺が、四つん這いの体勢でゆっくり歩き出したのだ。
「わぁ~い!たのしいな~!」
高円寺の背中の上で楽しそうにはしゃぐ高円寺弟と、弟の為に落ちないように気を付けながら四つん這いで歩く高円寺を見て、私は我慢出来ず口許を押さえて吹き出してしまった。
すると私の笑い声に気が付いた高円寺が、歩みを止めてこちらを冷たい目で見てきたのだ。
「し~お~ん~?」
「ご、ごめんなさい!でも、我慢出来なくて・・・」
「はぁ~だからこの姿を、君には見せたく無かったんだ」
「でも、そんな雅也さんも素敵ですよ!」
「・・・瞳也、もう一周回るか?」
「うん!」
そうして私は、その兄弟の姿を微笑ましく見つめてたいたのだった。
そして結局、高円寺にさらにもう一周させてから大満足で高円寺の背中から降りた高円寺弟は、今度は何か本を抱えて私の下にやって来たのだ。
「ねえねえ、しおんおねえちゃん!この絵本読んで!」
「絵本か久しぶりだなぁ~。うん、良いわよ」
「わぁ~い!やったーーー!!」
高円寺弟は大喜びで私に絵本を手渡し、そして床に座り込んでいた私の膝の上に可愛らしくちょこんと座ってきた。
私はそんな高円寺弟を見てクスクス笑い、高円寺弟を包み込むようにして絵本を広げて持ったのだ。
「じゃあ読むね。・・・むかしむかし・・・・・」
そうして私は聞きやすいように気を付けながら、嬉しそうにしている高円寺弟に絵本を読んであげたのだった。
「・・・それから・・・ん?」
暫く絵本を読んでいると、突然高円寺弟が私の胸に寄り掛かってきたのだ。
私はどうしたのだろうと、膝の上に座っている高円寺弟の顔を覗き込む。
するとその瞳は閉じていて、規則正しい寝息が聞こえてきた。
「あら、瞳也君寝ちゃった」
「そのようだね。詩音の、読み聞かせの声が心地よくて寝てしまったんだろう」
私が高円寺弟に絵本を読んであげている間、高円寺は私の側で寛いで座っていたのだ。
その高円寺は徐に立ち上がると、私の膝の上で気持ち良さそうに寝ている高円寺弟を抱き上げ、ベッドに連れて行ってくれた。
そして静かにベッドに横たわらせると、控えていたメイドに後の事を頼んだのだ。
そうして再び私の下に戻ってきた高円寺と共に、私達は静かに部屋を出ていったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます