卒業式

─────運命の卒業式当日。




 生徒会長である響の在校生挨拶、そして卒業生代表である高円寺の挨拶を経て順調に卒業式は進んだ。


 そして学園長から一人ずつ卒業証書を受け取った三年生は、在校生の歌で送られ、卒業式の会場である講堂を出ていく。


 そうして卒業生が全員出ていった事で、卒業式は無事終了したのだった。






 講堂の外に出ると至る所で卒業生達が在校生に囲まれ、別れを惜しまれていたのだ。


 私はその中をすり抜けつつ、キョロキョロと辺りを見回して目的の人物を探す。


 すると、一際大勢の在校生(女子)に囲まれている榊原の姿を発見する。




「誠先輩!」


「あ、詩音ちゃ~ん!」




 私の声に気が付いた榊原は、私に笑顔を向けて手を振ってきた。


 そして回りを囲っている在校生達に、何か一言言ってその輪から離れ私の下にやって来る。




「せっかく皆とお話してた所すみません」


「ううん、気にしなくて良いよ~」


「ありがとうございます。それで、少しお話が・・・」


「ああうん、例の件だね~。じゃあちょっと、人がいない向こうに行こうか~」


「・・・はい」




 そうして私達は人気の無い場所を探して移動し、校舎裏までやって来た。




「・・・ここなら、他に人がいないから良いかもね~」


「そうですね・・・」




 榊原が明るい笑顔を私に向けてきたが、私はこれから榊原に話す事を思うと、とても複雑な表情になっていたのだ。


 そしてその後なかなか言葉にする事が出来ず、暫く黙り込んでしまっていたのだが、榊原はそんな私を黙って頬笑みながら見つめてきていた。


 私は一度大きく深呼吸すると、意を決した表情で榊原を見つめる。




「誠先輩、まず卒業おめでとうございます!そして・・・大変お待たせしてすみませんでした。約束通り、告白に対しての返事をさせて頂きます」


「うん」


「まずハッキリと答えを言わせて頂きますと・・・すみません、お断り致します」


「・・・・」


「誠先輩のお気持ちは凄く嬉しかったのですが・・・やはり先輩とお付き合いする事は出来ません!」




 そう言って私は、榊原に向かって頭を下げたのだ。




「そっか・・・・・うん、分かった~」


「誠先輩・・・」




 榊原の返事に顔を上げると、その榊原は少し悲しそうな表情をしながら私を見ていた。


 私はその表情を見て、胸がズキリと痛む。




「ああ、そんな辛そうな顔しなくて良いよ~。べつに詩音ちゃんが悪い訳では無いからさ~。むしろ返事をしてくれてありがとうね!」




 そう言って榊原は、私に対してニコッと笑顔を見せてくれた。




「・・・それじゃそろそろ、僕さっきの子達の所に戻るね~」




 榊原はそう言うと、クルリと私に背を向け来た道を戻って行ったのだ。


 しかし榊原が私に背を向ける瞬間、とても辛そうな表情をしていたのが見えてしまい、私は暫くその場から動く事が出来無かったのだった。






 その後なんとか気を取り直した私は、次なる目的の人物を発見する。


 その人物は主に男子生徒達に囲まれており、その中に見知った生徒会メンバーである藤堂弟の姿もあった。




「健司先輩!」


「おう!詩音さん!」


「あ、詩音姉様!」




 私の声に男子生徒達に混じっていた藤堂弟と、その男子生徒達に囲まれていた藤堂兄が、一斉に振り向き笑顔を向けてくる。




「・・・すみません、健司先輩少しお話があるんですが」


「・・・ああ、分かった」


「それじゃ俺達、ここで待ってますね」




 そう言う藤堂弟に見送られ、私と藤堂兄は皆から少し離れた人気の無い林まで移動した。




「ここなら良いだろう」


「・・・そうですね。ではまず、健司先輩卒業おめでとうございます!」


「ありがとう」


「そして・・・告白に対する返事をしますね」


「・・・ああ、頼む」




 藤堂兄が真剣な表情になって私の言葉を待っているので、私は大きく深呼吸した後、私も真剣な表情で藤堂兄の顔を見る。




「すみません・・・私、健司先輩とお付き合いする事は出来ません!」


「・・・俺の事が嫌いだから?」


「い、いえ!!嫌いじゃ無いです!!ただ・・・先輩として凄く尊敬しているのですが、付き合いたいかと考えたら・・・すみません」




 私は言いながら段々落ち込んできて俯いてしまい、最後の謝罪の言葉はとても小さな声になってしまった。




「・・・そうか、分かった。詩音さんも辛いのに、ちゃんと返事してくれてありがとうな」




 そんな藤堂兄の声が聞こえたかと思ったら、頭に大きな手がポンと乗せられ、労るように優しく撫でてくれる。


 私はその藤堂兄の優しさに胸を痛めながらも、顔を上げて藤堂兄の顔を見ようとしたが、何故か頭に乗っている手に力が込められ、顔を上げる事が出来なかったのだ。




「健司先輩?」


「・・・すまない。今俺、見せられない顔をしてると思うから、出来ればそのまま顔を上げないで欲しいんだ」


「健司先輩・・・」


「それに、詩音さんの辛そうな顔もあまり見たくないからさ。・・・俺、もう健斗達の下に戻るよ」


「・・・・」


「詩音さんにはすまないが、俺が去るまで暫く頭を下げたままでいてくれるか?」


「・・・分かりました」


「すまない・・・では行くよ」




 そう藤堂兄が言うのと同時に、私の頭に乗っていた大きな手が離れ、そして藤堂兄が去っていく気配を感じたが、私は約束通り暫く頭を下げたままでいる。


 そうして暫くしてそろそろ良いかと思い頭を上げると、やはりそこには藤堂兄の姿は無く、私は藤堂弟達がいる方に視線を向けると、そこには楽しそうに藤堂弟達と話をしている藤堂兄の姿があったのだ。


 私はその遠くにいる藤堂兄に向かって一度頭を下げると、そのままその場を後にしたのだった。






 再び卒業生と在校生で入り乱れる校庭を歩いていると、数人の卒業生である男子生徒と話をしている桐林を発見する。


 しかしあんなに人気のある桐林が、何故か誰一人在校生に囲まれていない姿を見て、私は凄く不思議に思っていたのだが、よくよく見ると遠巻きに沢山の在校生が桐林の事を見ている事に気が付き、どうやら桐林のあのクールな雰囲気に中々近付けないでいるようだと察した。


 多分いつもは、大体他のメンバーと一緒にいる事が多かったから皆近付いて行けていたんだと思う。


 そんな皆の様子に苦笑しながらも、私は桐林に近付いて行ったのだ。




「豊先輩!」


「ん?ああ、詩音さんか」




 私の声に気が付いた桐林は、私を見て軽く頬笑む。


 するとその瞬間、遠巻きに見ていた女生徒から黄色い声が上がった。




「え、えっとその・・・少しお話があるんですが・・・」


「ああ、あの話だな・・・すまない。少し行ってくる」




 そう桐林は他の卒業生に声を掛けてから私の下に来たので、そのまま私達は人気の無い校内まで移動したのだ。




「・・・さて、話と言うのは」


「あ、はい・・・いや、まず言わせて下さい!卒業おめでとうございます!」


「・・・ありがとう」


「じゃあ早速本題に入ります!・・・豊先輩のお気持ちは、大変嬉しかったのですが、やはり私は豊先輩とお付き合いする事は出来ません!」


「・・・俺以外に、もう返事は返したのか?」


「はい・・・誠先輩や健司先輩にも、お断りの返事をさせて頂きました」


「そうか・・・ちなみに、カルロス君にも断りの返事をするつもりだろう?」


「・・・・・はい」


「なら、やはり本命は雅也か・・・」


「なっ!?」




 桐林の意外な言葉に私は驚き目を瞠る。




「何となく、薄々はそうじゃ無いかと気が付いていた」


「そ、そうなんですか!?」


「多分誠や健司も、何となく気が付いていたいたと思う。・・・予想だがカルロス君も。そして、響君は確信してたように見えたな」


「ええ!?」


「気が付いていないのは、当事者である雅也と詩音さんだけだろう」


「・・・・」




 桐林の言葉に、私は絶句し唖然と桐林を見つめたのだ。




「だが、詩音さん本人も気が付いていないのなら、もしかしたらまだチャンスはあるのではと思い、俺達は色々アプローチしていたのだが・・・どうやら無駄に終わったようだな」


「そ、それは・・・」


「そんなすまなそうにしなくて良い。むしろハッキリ返事を貰えて、今は逆にスッキリしている」


「豊先輩・・・」


「・・・雅也はああ見えて、昔から誰か特定の女性を作ろうとして来なかった。何故なら、雅也に近付いてくる女性はあの容姿と家柄に引かれてくる者ばかりだったからだ。そして内心では、すっかり女性に嫌気を差していた。だが、雅也の容姿や家柄に全く興味を示さなかった初めての女性である詩音さんに、雅也は惹かれたんだと思う」


「・・・・」


「フラれた俺が言うのもなんなんだが・・・俺の大事な幼馴染である、雅也をよろしく頼む」




 そう言って桐林が真剣な表情で頼んで来たので、私はただ何も言葉にせず頷いて見せたのだった。






 桐林と別れた私はカルを探し中庭を歩く。


 何故この中庭に来たのかと言うと、三浦にカルがどこに行ったのか聞いて、この中庭の方に向かったと聞いていたからである。


 そうして全く人気の無い中庭をキョロキョロ見て歩いていると、木に背中を預け腕を組んでじっとしているカルの姿を発見する事が出来たのだ。




「カル!」


「あ!・・・詩音・・・」




 私の声に気が付いたカルが、一瞬嬉しそうに笑顔を私に向けて来たのだが、すぐに凄く嫌そうな顔をする。


 そんな表情をするカルを不思議に思いながらも、私はカルの近くまで歩みを進めた。




「カル?」


「・・・嫌だ」


「え?」


「そんな返事なら聞きたく無い!」


「っ!」




 どうやらカルは、私の様子に何を言われるのか察したらしく、悲痛な表情で私から顔を反らせる。




「カル・・・」


「どうして、オレじゃ駄目なんだ!!」


「・・・ごめんね。私、カルの事大好きだよ。でもそれは、幼馴染であり友達と言う意味の好きでしか無いの」


「・・・っ!!」


「これでも凄く考えたんだけど・・・どうしても、カルの彼女にはなれないと思ったの。・・・本当にごめんね。でもカルの気持ち凄く嬉しかったよ!」


「・・・それでも嫌だ!!」


「カ、カル!?」




 突然カルが、強く私を抱きしめてきたのだ。


 私は突然のカルの行動に驚きカルの腕の中で身動ぐが、全くカルは私を離してくれようとはしてくれなかった。


 どうしたものかと困っていると、カルが小刻みに震えている事に気が付き、どうやら泣いているようだと分かったのだ。




「カル・・・」




 私はカルの背中に手を回し、優しくその背中を擦る。




「何で・・・オレじゃ無いんだ!っ・・・オレの方が・・・アイツより先に出会っているのに!・・・オレの方がアイツより・・・長く一緒にいたのに!っ・・・何でオレじゃ無く・・・高円寺先輩なんだ!!」


「っ!!」




 先程桐林に聞いた通り、やはりカルにも私が誰を選んだのか分かってしまったようなのだ。




「アイツを・・・初めて見た時から・・・っ・・・凄く嫌な予感を感じていたんだ・・・だけどその予感は・・・的中して欲しく無かった!」




 私の頭上で嗚咽混じりに言うカルに、私はただずっと「ごめんね」と言い続け背中を擦り続けた。


 そうして暫くカルの言葉を聞き続けていたが、漸くカルの体の震えが治まってきたのを感じ、どうやら泣き止んでくれたみたいだとホッとする。


 するとカルが少し体を離し、私を上から見つめてきたのだ。




「ねえ詩音・・・本当に、高円寺先輩の事が好きなの?」


「・・・・・うん」


「そうか・・・」




 そう元気の無い声で言うと、もう一度私を強く抱きしめそして私を離してくれた。




「カル?」


「・・・もし、アイツの事が嫌いになったり、嫌な事されたらオレに言って!オレいつまでも、詩音の事思っているからさ!!」


「カル・・・」




 そう言って無理矢理な笑顔を見せてくるカルを見て、今度は私が泣きたくなってしまったのだ。




「・・・詩音泣かないで。詩音には笑顔が似合うからさ。ほら、どうせこの後、高円寺先輩の所に行くんだろ?オレの決心が鈍る前に行ってきなよ!」




 カルはそう言うと、私の両肩を掴みクルリと後ろに回転させ軽く背中を叩いて送り出してくれる。




「カル・・・ありがとう」


「うん・・・行ってらっしゃい」




 私は敢えて振り向かずカルの優しい言葉に送られ、目的の人物を探しにその場を後にしたのだった。

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