兄と妹

 あの裏山での出来事以降、私はひたすら高円寺を避けまくっている。


 何故なら高円寺の顔を見ると、どうしてもあの迫られてきた時の事を思い出してしまい、顔から火が出るかと思う程熱くなって平静でいられなくなってしまうのだ。


 だから少しでも高円寺の姿を見掛けると、すぐさま見付からないように逃げ出していたのだが、そんな私を響が意味ありげな笑みで見ていたのだった。


 そうしてなるべく高円寺に出会わないよう逃げまくり、そして他の先輩方やカルのアタック攻撃を躱しつつ、あっという間に卒業式前日の日になってしまったのだ。




や、やっと明日の卒業式を終えれば、平穏な日々が帰ってくるはず!!




 とりあえずカルの事は追々考えるとして、一番難敵である高円寺達が卒業してこの学園を去っていかれれば、暫くは学業に専念出来そうだと思った。


 ただそう思う反面、明日の卒業式を終えてしまったらもう高円寺達に会う事が出来なくなるんだと思うと、何だか胸がチクチクと痛んで気持ちが落ち込んでくる。


 そうして明日の事を考えている内に、すっかり気落ちしてしまった私は、教室の自分の席で一人俯いしまった。




「・・・詩音さん、どうかしたの?」




 そう心配そうな声で私に声を掛けてきた三浦に、こんな事で心配させてはいけないと思いながら、なんとか笑顔を作って顔を上げる。




「ううん、何でも無いよ。ちょっと・・・眠たかっただけだよ」


「そう?大丈夫なら良いけど・・・」


「大方明日の卒業式での先輩方の事考え過ぎて、寝不足になったんじゃ無いの?」


「響~!」




 私と三浦が話している時に、響が近付いてきて楽しそうにそんな事を言ってきたので、そんな響に私は目を据わらせてジロリと睨み付けたのだ。


 するとその時、教室の入口から黄色い声が響いてきた。




・・・そっか、この状況も明日でもう見れなくなるんだ。




 今となっては、何だ寂しくも感じるその黄色い声に苦笑しながらも、その声がした方に顔を向ける。


 そして案の定教室の入口から、高円寺達が入ってくる姿が確認出来たのだ。


 さすがにもう高円寺を見て逃げる事は無くなったが、それでもまだ高円寺の顔を直視する事が出来ず、高円寺と視線が合いそうになって慌てて目を反らした。


 しかしそこで、私は不思議な光景を目にする。


 何故なら教室に入ってきた高円寺達は四人組では無く、五人組だったからだ。




「へっ?カル?」




 珍しい事に、いつも仲の良くなかった高円寺達とカルが一緒に教室に入ってきて、一直線に私の下に向かってきた。


 私はそれを不思議に思いながらも、五人が私の目の前まで来るのを呆然と見つめたのだ。




「やあ、詩音さん」


「・・・皆さんお揃いで、どうかされたんですか?」




 高円寺が微笑みながら私に声を掛けてきたが、私はその顔を見る事が出来ず敢えて高円寺から視線を反らし、他の四人に視線を送った。


 ただ目の端に高円寺が苦笑しているのが映ったが、私はそれを気にしないようにしたのだ。


 そんな私達の様子に、他の四人が不思議そうな顔で見ていたが、それも私は気にしない事にした。


 するとそんな中、桐林が一歩前に進み出てきたのだ。




「今回俺達が来たのは、詩音さんにお願いがあったからだ」


「・・・お願い?」


「ああ・・・明日俺達は卒業する。そして卒業してしまったら、全寮制のこの学園にいる詩音さんとは、そんな簡単に会う事が出来なくなってしまう」


「まあ、確かにそうですね」


「だから・・・明日の卒業式で詩音さん、君の答えを聞かせて欲しい」


「え?こ、こ、答えって!?」




 桐林の言葉に私は激しく動揺する。




「勿論、俺達の告白に対する答えだ」


「ええ!!」




 私は驚きながら五人の顔を見回すと、五人は真剣な表情で頷いてきた。




「本当は、詩音さんから答えてくれるまで待っていたかったのだが・・・さすがにもう俺達には時間が無いからな。詩音さんにはすまないが、今日一日考えて明日返事が欲しい」


「そ、そんな・・・」


「詩音ちゃん、僕の気持ちは本気だからね~!」


「誠先輩・・・」


「俺も本気だから!」


「け、健司先輩!」


「勿論俺もだ」


「豊先輩・・・」


「詩音!オレの事、真剣に考えてくれ!」


「カ、カル!」


「・・・詩音さん、あの時の事は本当にすまなかった。だが、私も本気なんだ。だから、私達の事を真剣に考えて欲しい」


「こ、高円寺先輩・・・」




 その五人の様子に戸惑い、私はどうすれば良いか分からなくなってしまう。




「急にこんな事を言ってすまないと思っている。だが、カルロス君とも話し合いどんな結果になろうとも、明日君の返事が聞きたいんだ」


「・・・・」


「どうやら今だいぶ混乱しているようだから、我々はこれで失礼するよ。だから・・・明日までにじっくりと考えて返事をして欲しい」




 そう言って高円寺は、カル入れた他の四人を引き連れて教室から出ていってしまったのだ。


 そしてその場に残された私は、呆然と高円寺達が去っていった方を見つめていたのだった。






 結局その後の授業は、全く集中する事が出来なかったのだ。


 ずっと頭の中で、五人の真剣な顔と言葉がグルグルと回っていた。


 ちなみにカルは、あの後授業が始まる少し前に教室に戻ってきたのだが、どうも敢えて私に話し掛けないようにしているらしく、黙って自分の席に着いたのだ。


 そんなカルをチラリと見ながらも、私も今は話せる状態では無かったので結局一言も話をする事無く、その日の授業が全て終わるとそのまま寮に帰ったのだった。


 しかし自室で一人悶々と考えていたのだが、どうすれば良いのか全く思い浮かばず、私はそっと寮から抜け出して夜の裏山に足を向けたのだ。


 さすがに裏山には街灯は無かったが、今日は満月だった事で月の光が行く道を照らしてくれ、難無く目的の湖まで辿り着いた。


 私は湖の畔までくると少し考えた後、靴とくつ下を脱ぎ湖に足を浸す。


 しかしいくらもうすぐ春だからとは言え、まだ寒さの残るこの季節のさらに夜だった事で、湖の水はとても冷たかった。


 だけど色々考え過ぎて、頭がオーバーヒートしそうになっていた今の私には、この突き刺すように冷たい水が逆に心地好かったのだ。


 そうして暫く私は、ボーと月明かりでキラキラと光る湖面を見つめながら明日の事を考える。


 しかし気分転換にここに来てはみたものの、やはり答えが出る訳でも無かった為、私は大きなため息を一つ吐いた。


 するとその時、後ろの方で小枝がパキッと折れる音が聞こえ、私は驚いて振り向く。




「誰かいるの!?」




 私は心臓が早鐘を打ち始めるのを感じながら、じっと薄暗い木々の方を見据えると、その木々の間から一人の人物が現れてきたのだ。




「やあ、詩音」


「ひ、響!?」




 まさかこんな所に響が現れると思っていなかったので、私は驚きの声を上げる。


 しかしその響に驚きながらも、何故か心の中でガッカリしていたのだ。




「・・・僕でごめんね。高円寺先輩じゃ無くて」


「な、な、な、何でここで、高円寺先輩の名前が出るのよ!!」


「だって・・・詩音、凄く残念そうな顔してたからさ」


「そ、そんな顔して無い!!それに何でそれで高円寺先輩だと思うのよ!!」


「だってここで、よく高円寺先輩と逢い引きしてたんだよね?」


「あ、逢い引き!?そんな事して無い!!ただたんに、勝手に見られてただけよ!!」


「・・・ふ~ん」


「ふ~んって!!そもそも何で響がここにいるの?」


「ん~なんか詩音が、ここにいるような気がしたんだ~」


「・・・何それ?」


「だって・・・僕達双子だからさ。何となく詩音の考えてる事分かるんだ」


「響・・・」




 響は私の横まで来ると、靴を脱ぎ素足になってズボンの裾を捲り上げ、そして私と同じように湖に足を浸した。




「うわ!冷た!!」


「・・・ふふ、そりゃそうよ」




 予想よりも冷たかったらく響が眉を寄せるので、私はそんな響を見て笑いが込み上げてきたのだ。


 そうして少しして響はその水の冷たさに慣れてきたのか、今度は気持ち良さそうに足を水の中で動かしていた。




「ねえ詩音、ここに来たのって・・・明日の事で悩んでたからだよね?」


「っ!!」


「・・・詩音は、今何で悩んでいるの?」


「・・・・」


「その様子だと・・・そもそも自分の気持ちが分からないでいるみたいだね」


「・・・うん」


「それじゃ僕から、少しだけアドバイスしてあげるよ」


「え?」


「詩音、多分一人一人に対しての答えを出そうとして悩んでいるんでしょ?」


「・・・よく分かるね」


「まあ、生れた時からずっと一緒にいるからね」




 そう言って響は私に笑顔を向けてくる。




「それでアドバイスの続きだけど・・・誰か気になる人はいないの?」


「え?」


「気になる事はどんな事でも良いよ。あの五人の中で一番気になる人はいる?」


「・・・・」




 そう響に言われて私はある人の顔がふと思い浮かび、そして何故その人の顔が浮かんだのか意味が分からず戸惑う。




「・・・その様子だと、誰か浮かんだみたいだね」


「っ!!」


「ねえ、その人と一緒にいる時ってどんな気持ち?」


「・・・ドキドキして落ち着かない」


「もしかして、ふとした時にその人の事考えちゃう?」


「・・・うん」


「それじゃ、会えないと寂しくて会えると嬉しかったりする?」


「・・・・・ハッキリとは分からないけど、よく考えるとそんな気持ちだったかも」


「そっか・・・」




 私が響の質問に答えていくと、響はその答えを聞きながら段々苦笑していった。


 だけど私はそんな響の様子を見て、ただただ不思議で仕方がなかったのだ。




「う~ん、そこまで気持ちが動いているのに、何で自覚しないかな~?」


「???」


「はぁ~まあ、詩音らしいと言えば詩音らしいけどね」


「・・・よく意味が分からないんだけど?」


「じゃあ最後の質問だけど・・・その人ともう二度と会えなくなったらどう思う?」


「・・・っ!」




 響の質問に私は黙り込んで、そんな場面を想像してみる。


 すると凄く胸が締め付けられ、そして息が詰まりとても苦しくなった。




あの人と二度と会えなくなるなんて・・・そんなの辛い!!・・・・・そうか私・・・あの人の事・・・。




 そこで漸く、自分の気持ちに気が付き驚きに目を瞠る。




「・・・さすがに、自分の気持ちに気が付いたみたいだね」


「・・・・・・うん」


「ならその人以外の人には、どう返事すれば良いのか自ずと分かると思うけど?」


「・・・・・・確かに、答え出た」


「そう、良かった」


「響・・・ありがとうね」


「どういたしまして」




 私が響にお礼を言うと、響はとても良い笑顔を私に向けてきたのだ。




「それじゃ、そろそろ寮に戻ろうか?さすがに大事な明日に、風邪でも引いてたら格好悪いからね」


「・・・そうね」




 そうして私と響は湖から足を出し身支度を整え終えると、響が笑顔のまま私に手を差し出してきたので、私も笑顔でその手を取る。


 そして小さい頃のようにお互い手をしっかり握り合い、二人仲良く寮までの道程を歩いて帰って行ったのだった。

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