ちかてつ

@Shit

始発駅

地下鉄の駅に住みたい。古臭く薄暗い駅舎には、ただアナウンスや改札の音が無機質に響くばかりの空間が広がっていて、それは人里離れた山奥で、寝そべりながら木々のせせらぎを聞くような落ち着きを与えてくれる。しかし、そこでは生き物の気配に怯えることや、しんと静まった図書館で音を立てまいと神経質になる必要はない。そしてただ自分の赴くままに、その空間に溶け込むだけである。少し生ぬるく、湿ったような、でも少し粉っぽいような風が運ばれてくると、列車がホームに滑り込んでくる。改札へ通じる階段が乗客たちの背中で埋もれる。狭い階段の中の、その背中のひとつひとつにそれぞれの人生が詰まっていて、途方もない時間が流れていると思うとぎょっとし、くらくらする。

 朝の通学、通勤の時間帯では、毎日決まった時間の電車に乗り、だいたい同じ人と同じ空間を共有する。休日の昼間には、あまり地下鉄を利用しない客同士が偶然乗り合わせることもある。しかし、互いに意識することも無く近づき、そして離れてゆくさまを見て、ただもどかしさを感じるばかりである。

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