第十話 MPG模擬戦(5)

 午後4時29分。


「やっぱこの辺か……」


 しばらく岐路が出現しないルート上で、丘陵斜面を盾に祥吾は一旦機体を停止させた。そして、モニターに映し出されているフィールドの3Dマップを再度確認する。


(これだけこっちが動き回れば、相手はアンブッシュを選択する確率が高い……)


(となると、アンブッシュしている位置は、多分ここ、東側の谷あたりか……森があるから、その陰に隠れるか……)


 指でマップをなぞりながら、母親の里香から嫌という程叩き込まれた幾つもの戦術パターンを反芻してみた。


(ま、そう仮定したとして……となると、制限時間間際か、多分、俺を補足するまで名嘉真は動かないな……)


(一番は、相手の正確な位置を確認して、こっちから先にライフルを撃ち込む事だけど……)


(正面切ったら狙い撃ちされるのがオチだろうし、まともに突っ込んで先制できる程、名嘉真は甘くないだろうしな……)


(だったら、相手を欺くしかないか……よし、決めた)


 祥吾は機体を再度前進させるべくペダルを踏み込む。移動を始めたシェムカに驚き、近くの枝で休んでいたシマエナガの群れ数羽が、灰色の上空へ飛び去って行った。

 

 杏がアンブッシュしていると思われるポイントに対して、祥吾には二通りのルートが選択可能であった。

 大きな丘陵を正面に比較的なだらかな斜面の東側と、切り立った斜面が続く西側。

 そして西側の切り立った斜面側の反対側には緩めの傾斜の丘陵があり、その間に前進できるルートが続いている。


 西側も東側も、そのルートの先には四方を丘陵に囲まれながら、若干開けた谷底があり、そこは、狙われる側にとっては最悪、狙う側にとっては絶好のポイントと言えた。


 祥吾は機体を西側の切り立った斜面側ルート手前で再度停止させ、「スモークグレネードのアタッチを解除」とAIに指示を出す。

 鈍く硬質な音が伝わり、グレード基部の固定が解除されたワーニングが同時に点灯する。


(こっからは半分賭けみたいなもんだけど……)


 コクピット背部に格納されているロープとワイヤーを全て取り出した祥吾は、「コックピットハッチを開けてくれ」と指示を出した。三重のハッチが開き、ヒーターで暖まっていたコクピット内に夕刻の冷たい外気が流れ込む。


 祥吾はロープとワイヤーを肩に担ぎ、ハッチのステップに足を掛け、同じくハッチに内蔵されている緊急降下用ワイヤーのグリップを引き出し、ラぺリング(懸垂下降)よろしく一気に雪化粧の地表に降り立った。

 そして脚部の脹脛側面に設置されているグレネードの基部ごと抱えて外し、ロープとワイヤーを巻き付けながら、「プログラム速度にて前進開始。目標ポイントに到着したら停止して次の指示を待て」とシェムカのAIへ指示を出す。


「了解しました」


 抑揚の無い返答の後、祥吾のシェムカは無人のまま複雑な駆動音を発しながら、ゆっくりと指定のルートを進み始める。


 オートで移動していくシェムカをしばし見送った祥吾は、グレネードに巻き付けたワイヤーとロープに素早く手を掛け、「せっ……!」と気合を発し、背中に担いで反対方向の東のルートへ走り出した。


          ※ ※ ※


(動き出した……)


 音響と振動索敵が、再び移動を開始した相手を捉えた。移動速度は今までよりも幾分落としている。


(こちらのアンブッシュを予測して慎重になっている……?)


 しかし、杏も相手の方角と距離をより正確に把握できつつある。


(見通しの悪い西側ルート……定石通りの攻め方だけど、レーダーを使っての位置把握はより困難になる……)


(どう出る? あちらもこちらの位置をある程度予測してると仮定した場合……)


(ミニガンの弾幕で牽制……スモークも使うか……)


(その間にレーダーでこちらの位置を正確に把握し一撃必中の狙撃……)


(いずれにしても移動しながらになるから、AIのサポートがあったとしても、射撃の難易度は特Aレベル……)


(それに対してこちらは、相手が姿を現すルート上垂直0~10mの範囲さえポイントしていれば確実に叩ける)


(最初の弾幕で被弾する可能性も無くは無いけど……)


(こちらに分がある事は確実……ベストポジションを先に獲った私が勝つ……)


 いずれにしても、後数分で決着がつく事に違いはない。

 杏は自分の手足とシェムカを一体化させるべく、機体とその周囲へ自身の五感、いや六感をも解き放つイメージを増幅させ集中力を極限まで高めていった。

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