二つの戦場

 召喚士しょうかんしの使う召喚獣の気配に気付いたのは、同じ天使の二人だけだった。

 どれだけ存在を秘匿しようとも、天界の天使だけが持つ魔力の独特の気配は、同じ天使の――さらに言えば、高位の天使たる二人にまで隠し切る事は出来なかった。

 何があったのかまではわからなかったが、対峙する二人が何事かと一瞥を配るほど、色濃い魔力が解き放たれていた。

 肌を突く残り香のような魔力が、臨戦態勢に入る二人の意識をわずかに阻害する。

裁定者さいていしゃが動いたらしいな。誰か不正でも働いたか」

「俗物が何を企もうと、私の知ったところではない。それは貴様もであろう。俗物の敷く策略如き、事あるごと気に留める事か?」

 些事ならば、捨て置いて問題ないだろう。

 白雪姫しらゆきひめ龍巫女りゅうみこが裁定に引っ掛かるような事もないだろうし、自分達はここにいる。

 となれば――やはり、気に掛けるような事はない。

 唯一、裁定が無事完了したのかどうか。そればかりが気になるところだが。

「まぁ、いっか。それで? 何の用だよ、熾天使してんし様。まさか今のさっきで、もう俺とやり合うなんて馬鹿、言わねぇよなぁ」

「貴様程度の尺度で私を計るな。俗物と交わった天使なぞ、十全な姿で相対してやる筋合いもない」

 無尽蔵か。

 そう疑う数の武具を操る魔力。

 使用者の生命力を吸う魔剣。使用者を選び、それ以外の物には使わせもしない聖剣等、直接触れずとも、使うだけで多くの魔力を消費する伝説級の宝物の数々。

 一万に近い数のそれらを操って、平然としている彼女の総魔力出量は、誰の尺度で測っても、計測不能だった。

 彼女をよく知る銃天使じゅうてんしとて、違いはない。

「少しは消耗してろよ……相変わらずの化け物め」

「間抜けめ。消耗はしている。貴様らと私とでは、総量の桁が違うのだ。戦いの一つや二つで消耗はしても、疲弊などするものか」

 全ては気紛れ。気分次第。

 戦略的撤退は望めない。退くとすれば、興が冷めたか削がれたか。

 結末は二者択一。負けて死ぬか――勝って生き残るかだ。

「勝機は……万に一つか」

「万に一つもありはしないと、潔く諦めろ。翼は片翼。武器は聖槍を騙る鉄弓二丁。万全の状態でも薄い勝機をより薄くした現状で、どこに勝機を見出せる」

「確かに、完璧じゃあないわなぁ」

 銃天使は片翼を広げる。

 すると翼の骨部分を掴み取り、力の限り引っ張り始めた。

 痛みに歯噛みし、脂汗を噴き出しながら、一切力を緩めず引っ張り続ける。

 そうして痛みに耐え続けた銃天使は、自ら残された片翼をも背中から引き千切った。激痛と覚悟とを混ぜた絶叫が、国家全体に轟く。

 腕組みをする熾天使は自分の腕に爪を突き立て、自ら自分の体に傷を付けた。

「これで……完璧未満、完全以上だ」

「地上に毒されて狂ったか。天使が自らの意思で翼を失くすなど、堕天以上の大罪よ。到底看過されぬ。許されぬ。最早これは戦いではない。銃天使! 天界の聖槍と謳われた貴様の功績に報いて、私自らが処刑してやる」

「初めからそのつもりだろうが。能書きはいい。さっさとやろうぜ」

 と誘ってはみたものの、今すぐに始めるのは銃天使の本意ではなかった。

 まだ合図が来ていない。まだ万全ではない。今のままでは、熾天使を相手に満足に戦えない。

 何とか合図が来るまでは持ち堪えたいが、彼女を相手に会話で稼げる時間など微々たるもの。せめてより小さな規模で被害を抑えたいが、目の前で渦を巻く武具の数々を前に、どこまでが最小限かがわからない。

「何を待っている?」

 勘付かれた。

 いや、勘付かない方がおかしい状況か。今までは積極的に先手を取りに行っていたのに、まったく仕掛けようとしないのだから。

「万全を期そうが不完全であろうが、貴様に勝機はない。何を待つ必要がある。すでに半分以上の民が死んだこの国を、未だ慮るのか?」

「半分以上が死んだ……だと?」

 白雪姫は惨劇を見ていた。

 三神王都さがみおうとを統べる王の下へ向かった彼女を迎える者はおらず、不用心にも開いた扉から入ると、広がっていた血河と転がっていた屍山とに迎えられた。

 誰の仕業かなんてわからない。血に飢えて興奮する聖剣を治めながら、とにかく生存者を求めて前に、奥に進んでいく。

 せめて最後の希望として、王だけは生き残っていて欲しかったが、希望は絶望と共に打ち砕かれた。

 玉座に刺さった大槍。胸座を貫かれた王らしき骸骨は、私が王だと示す冠を被っていた。

 いつ殺されたのかわからないが、土の中に埋もれていた訳でもない死体が遺骨だけになるには時間が早過ぎる。まず間違いなく普通じゃない。

「これは一体……誰が、こんな……」

 誰がやったのか。そんな事は今、実際にはどうでもいい。

 問題はこれで、当初の目的が達成出来なくなったと言う事だった。

 最悪の事態。これではより多くの被害が――そこまで考えて、白雪姫は構えた。

 背後から襲い来る泥を払い、王座の間を凍り付かせ、壁や天井で滴る泥が凍る。唯一凍る事を知らなかった泥ならざる液体の中から、最悪の化身が現れた。

「この状況は、あなたの仕業ですか?」

「この状況が最悪ならば。この状況が悪化ならば、それは全て私のせい。私の業。私の名は絶対悪ぜったいあく。全ての悪行は、私の所業なれば……」

 悪、対、正義――相対。

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