天の使いvs海の神

 三神王都さがみおうとを構成する国民の約一二パーセントを占め、天界の界人かいとと呼ばれる神を信仰する信者で組織されているゾオン。

 天界の熾天使してんし銃天使じゅうてんしの登場で盛り上がっていた彼らだったが、海の神を名乗る参加者の登場に動揺を禁じ得ず、さらにそれが熾天使と同等以上に戦っているのを見て焦りを感じ始めていた。

 九人の参加者の誰かに賭けて、勝った者の合計金額で勝負が決まるというルールだったが、ゾオンとしては海神を名乗る彼女に賭けるわけにはいかなくなり、すでに彼女に賭けてしまったゾオンの信者は界人の肖像に涙を流して許しを乞う。

 一体彼女は何者なのか。ゾオンの間で調査隊が組まれ始め、海神を信仰するアックアへの潜入作戦なども計画されていた。

 他の参加者を探して、自分達に協力を要請しようとしていたゾオンにとって、港に五人もの参加者が集まっているのは好都合でしかない。

 だがそれ以上に海神を名乗った参加者の存在はゾオンにとって想定外のイレギュラー過ぎて、命懸けでそちらに人手を回すだけの余裕がなかった。

 今の今までふんぞり返って結果を待つだけだったゾオンは、一転、予期せぬ脅威に脅かされる状況に貶められたのである。

 そんな国の状勢など知らない参加者らは、ただ命のやり取りを続けるのみ。

 そして自分達もその中へと飛び込もうと剛修羅ごうしゅらの肩に乗って来ていた重複者じゅうふくしゃだったが、熾天使と少女の攻防がギリギリ視認できる距離まで迫ったところで、重複者は剛修羅を止めた。

 元々戦士ですらなく、魔術に関する知識も他の参加者と比べると乏しいだろう重複者は、陶器の肌で戦場の過激さとそれらを作り上げている高度な魔術を感じ取っていた。

 ただの人形だった少女ですら、戦場の異質さは理解できた。

 理性を失った狂戦士ですら理解できるのだから、人形の少女に理解できてもおかしいことはない。むしろ理解できて当然の戦場だった。

 無暗にそこに飛び込めば、最初の脱落者になりかねないと自身の胸の内が訴えているのを感じて、重複者は剛修羅を動かさなかった。

 剛修羅も唸りながら彼女の指示を待っているが、行けと言われたところで行く気はない。

「……そだね。今日はここから見てるだけにしようか」

 人形の中に収まる別の人格が、宥めるように掴まっていた剛修羅の太い首を撫でる。

 剛修羅は剣を握り締め、いつでも抜刀できる状態を保ちながら避雷針を掴んだままの体勢で静止する。向かえと言われれば前へ、逃げろと言われれば後ろへいつでも跳べる姿勢だ。

 剛修羅も警戒を続ける戦線は、より熾烈を極めていた。

 熾天使の武具が龍巫女に向けて放たれて、海神を名乗る少女はそれをいとも簡単に捕まえて矢として放って相殺する。爆ぜた煙の中に飛び込み、自身が両腰に番えている矢に風をまとわせて貫通力を上げ、放つ。

 熾天使は盾でそれらを防ぎ、連射を受けて砕け散っても慌てることなく別の盾で防ぎ、間髪入れずに武具を放つ。

 少女はそれらを足蹴に跳び回り、再び自身のすぐ側を横切った剣の柄を取って矢として放つ。

 だがすでにその手は読まれており、少女が放つ狙撃では相殺し切れない数の武具がすでに迫って、一撃を放った少女を爆発で吹き飛ばし、残った剣が少女の体を掠め切る。

 しかしそれでも最後に飛んで来た斧を掴んだ少女は自ら回転して遠心力を利用して投げ飛ばし、首を傾げた熾天使の髪の毛先をわずかに斬り落として、ずっと後方のコンテナを粉砕、中にあった小麦粉が舞い散って引火、爆発した。

 だが熾天使は背後の爆発よりも先の切れた髪を指先に絡めて、特別な反応を示すこともなく吐息と共に砕け散った破片からさらに武具を生み出して隊列を整えた。

「どうした。得意の不意打ちはもう終わりか?」

 煙の先から感じる少女の気配に問いかける。熾天使からしてみれば忌々しいことに、未だ少女の気配も息遣いも鼓動も、感じることができた。

 当然、彼女が撃った忌々しい一撃にも気付いている。

 爆煙の遥か先から少女は熾天使目掛けて矢を放った。しかし直接ではなく、上空で弧を描いて彼女に堕ちるような軌道で放っていた。

 数秒後、熾天使に向かって頭上から赤雷をまとった数本の矢が落ちて爆ぜる。

 弾けた赤雷が煙と共に広がって、両者の戦いを見続けていた三人にまで伸びて来る。

 すぐ側の地面を赤雷が砕いて白雪姫しらゆきひめが悲鳴を上げたとき、熾天使の周囲を聖剣と魔剣が列を作って高速で回転し、赤雷を孕んだ黒煙を薙ぎ払った。

 台風が中心の目から破裂したような形で、熾天使はまさに神々のいる天からの使いの如く、そこに君臨していた。

 熾天使を囲って回転していた剣が隊列を組みかえて、震え始める。彼女の魔力を帯びて、黄金の霹靂をまとって嘶き、発射のときを待つ。

「散れ」

 数十本の剣の群れが、少女に向けて走る。

 衝突と共に爆ぜて凄まじい爆発と爆音が戦いを見ていた三人をも吹き飛ばして白雪姫に至っては転げた挙句海へと落ちた。

 すぐさま氷で階段を作って上がり、コンテナの背後に隠れて炎で体を温める。

 魔力探知されれば一発でバレる状況だが、誰も襲って来る様子はない。むしろ白雪姫が、魔力探知で周囲の状況を探る。

 屍女帝しじょていは退却したようだ。

 さすがに戦線がゴチャゴチャとし過ぎた。熾天使とそれに対抗できる海神の存在が大きかったのだろう。この混乱に乗じて誰かの首を刎ねることはできるだろうが、その後自分が注目を浴びて的となる可能性が高い。

 的確な判断だ。白雪姫に魔術を指導した魔術師も、同じ考えで撤退するだろう。

 だが熾天使相手に大立ち回りを繰り広げていた海神を名乗る少女もまた、撤退したらしい。

 熾天使から相当なダメージを喰らったのか、ともかく一時撤退を決めたようだ。

 さすがに無傷で平然と立っていられたら、こちらの心が傷付いただろう。それだけの爆発に巻き込まれたのだから、撤退するだけの傷を負っていて貰わないと困る。

 残っているのは自分と、二体の天使だけ。ここは自分もすぐさま撤退したいところだが、それを二体の天使は許してくれるか。

「蜘蛛の子のように散ったか……虫けらには似合いの見苦しさよな。華麗に命を散らすこともできずに足掻く様は、まさに俗物。我が剣の錆になることすらおこがましい」

「相変わらずだな、おめぇは」

 熾天使の見下ろす地点で、銃天使は煙草を噴かしていた。

 銃はすでにしまっていて、屍女帝に斬り落とされた片翼を見つめている。いくら見つめたところで生えるわけないことは理解しているだろうが、それでも悲し気に見つめていた。

 それに関して熾天使は侮蔑か侮辱の――どちらにせよ、彼を卑下する言葉を並べるかと思ったが、熾天使はむしろ何も言わず、彼と同じで失われた片翼を見つめていた。

 しかし寂し気とは違って、どこか苛立った様子である。そして溜め息を一つ吐くと、背を向けて去ろうとし始めた。

 てっきり、もう片方の翼も斬り落としてやろうとかなんとか言って、剣を飛ばしてくると思っていたのだが。

「興が削がれた、か?」

「……おまえはいつから、そんなに弱くなった」

 独白のようで、しかし白雪姫にも聞こえる声量で呟いた言葉を残して、熾天使は行ってしまった。それこそ台風のように颯爽と、戦場だった港には静けさだけが残る。

「おい、白雪姫」

 やっぱり気付かれていた。

 恐る恐る出ると、銃天使は親指を立てた右手だけをこちらに向けて、他の体は去っていった熾天使の方を向いていた。気のせいか、風に逆らって煙草の煙さえ、彼女の方を向いている気さえする。

「一先ず撤退だ。随分と派手にやったから、野次馬が見に来るかもしれねぇし、何より裁定者に見つかったら面倒になるしな」

 まぁ、もう見つかってるだろうけどな。

「じゃ、じゃあ……!」

「あぁ、四の五の言ってられる余裕はなくなった。熾天使の他にもあんな怪物がいたってんなら、えり好みしてる場合じゃねぇし、孤高の戦士を気取っても仕方ねぇ。手を組もうじゃねぇか」

「ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 実力を見るためだったとはいえ、さっきまで殺し合いをしていた相手に迷いなく頭を下げる少女に、なんとも無防備なと銃天使は思わず笑ってしまう。

 だがお陰で熾天使を相手にすることに対しての緊張が若干緩んだ気もして、自然と心持ちも穏やかだった。

 ずっと昔にも、体験したことがある気がする気持ちになった。それこそ天界より堕とされ、孤独に生きていた自分を国が迎えてくれたときのような、それ以上ない安心感。

 何より白雪姫は、その国に置いてきた愛する騎士と背丈も年齢もよく似ている。そんな意味合いでも、放っておくのは忍びなかった。

 自分があれだけ手こずったのに、こんな調子で他の相手にあっけなく殺されたなど、自分まで馬鹿にされているようで許せない。何よりそんな結末では気持ちも悪い。

「そら、さっさと行くぞ。まずは飯だ、飯!」

「はい!」

 片翼の天使と、炎と氷を操る姫が共に行く。彼らの後姿を見守っていた裁定者役の両天使りょうてんしは、すぐ近くでゾオンの信者が彼らを尾行していることにも気付いていたが、何をするでもなくその場から去った。

 こうして五人の参加者が激戦を繰り広げた港の戦線は終息した。

 台風一過。しかしそのあとにすぐ巻き起こる嵐の前の静けさのなか、小波さざなみがやけに鼓膜を揺らす。

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