第8話 オリハルコン・ゴーレム

「……」


 誰もいない暗い部屋の中。ベッドの上で安藤は頭を抱え、俯いていた。

「センパーイ?どうしたんですか?センパーイ」

 部屋の外では菱谷がドンドンと扉を叩いている。

 屋敷に戻って直ぐ、安藤や自分の部屋の中に飛び込んだ。中から鍵を掛け、さらにテーブルをドアノブに引っかけて開かないようにする。


 目の前で人が死んだ。


 一日で二人も……この世界に来た時から数えれば三人も。

「……どうして」

 部屋の中で、安藤は一人呟く。


「何がですか?」


 安藤以外、誰もいないはずの部屋で声がした。

「―――ッ!?」

 安藤は驚き、顔を上げる。

 いつの間にか、安藤の隣に、菱谷が腰を下ろしていた。

「お、お前!どうやって?」

「先輩が出てこないので、心配になってドアをすり抜けてきました」

 安藤は驚き、目を見開く。そんなことも出来るのか。

「先輩、大丈夫ですか?顔色が悪いですけど……」

「やめろ!触るな!」

 菱谷は心配そうに、安藤の頬に触れてきた。その手を、安藤は振り払う。

「先輩?」

「どうして……どうして、あんなことをしたんだ!?」

「あんなこと?」

「人を殺しただろ!二人も!」

 菱谷はキョトンとした表情で首を傾げる。

「だって、当たり前じゃないですか」


 あの二人は、先輩を傷付けようとしたからですよ。


「―――ツ!」

「先輩を傷付ける人間、傷付けようとする人間は誰であろうと許しません。必ず殺します」

 菱谷は静かに宣言する。

 安藤も分かっていた。菱谷が自分のために人を殺したことは。だから、直ぐに屋敷に戻ってきたのだ。

 これ以上あそこにいたら、また人が死ぬと思ったから。

 だが、実際に菱谷の口から聞くと恐ろしさで体が震える。

「な、何も殺すことはなかっただろ!宝石を売っていた人は好奇心で俺のことを聞いただけで……」

「もしかしたら、あの店主は他の人間に先輩の情報を売ったかもしれません。そうなれば、先輩が危険に晒される可能性があります」

 菱谷は、真剣な目で安藤の質問に答える。

「じゃあ、あの人はどうなんだ!?あの人は俺とぶつかっただけで」

「それで、もし先輩が頭を打ったりでもしたら、どうするんですか?打ち所が悪ければ死んでいたかもしれません」

「……お前」

「大丈夫ですよ。先輩」

 菱谷はニコリとほほ笑む。


「先輩は、私が守りますから」


「んぐっ!」

 菱谷は自分の唇を安藤の唇に重ねた。そして、そのまま安藤をベッドに押し倒す。

「んんっ、や、やめろ!」

 安藤は菱谷を突き飛ばそうと菱谷の肩を掴んだ。

「『抵抗しないでください』」

「くっ!」

 まただ。また、体が菱谷の言葉に逆らえなくなる。菱谷の肩を掴んでいた手から力が抜け、ポスンとベッドの上に落ちる。

「先輩は疲れているんです」

 菱谷が耳元で甘く囁く。


「だから、今日は私に任せてください」


 そう言うと菱谷は安藤の首筋に舌を這わせた。

「うっ……ううっ、や、やめろ!」

 安藤の理性は菱谷を激しく拒否する。しかし、拒否しようにも体が動かず、抵抗することができない。

 菱谷は安藤の上着を脱がせると、露わになった上半身にキスをした。

「くっ、うううっ……」

 安藤の顔が赤く染まる。手足は全く動かないのに、体は敏感に反応してしまう。

 菱谷も自分の上着を脱ぎ下着姿になると、安藤の上に覆いかぶさった。


「愛してます。先輩」

「やめろ、やめてくれえええ!」


 その後、数時間、部屋の中では、ベッドがきしむ音と安藤の叫び声だけが響いた。


                 ***


「来たぞ!」

「ワーウルフの群れだ!」

「先生方、お願いします!」

「分かった。戦えない者達は逃げろ。皆、行くぞ!」

「おお!」


 ニケラディア鉱山。

 此処では『ミスリル』という様々な用途に使える貴重な金属が採掘されている。

 この場所には、世界中から多くの人間が一攫千金を目当てにやって来る。


 だが、その反面、この場所での作業には常に危険が伴っていた。


 一つ目の理由は、単純に落盤に押しつぶされたり、天然のガス等による事故死。


 もう一つの理由は、魔物による被害。


 ニケラディア鉱山には多くの危険な魔物が生息しており、常に人間を狙っている。

 そのため、此処で採掘作業をする者達は、剣士や魔法使い等からなるチームを用心棒として雇う。


「お前で……最後だ!」

「グワアアアアア」

 リーダーの剣士が最後のワーウルフに止めを刺す。

「皆、怪我はないか?」

「楽勝だぜ!」

 剣士達は互いの無事を確認し合う。

「先生方、ありがとうございました」

「いいや、気にしなくていい。仕事だからな」

「本当にありがとうございました。さぁ、もう大丈夫だ。野郎ども仕事に戻れ!」

「おう!」

 魔物から逃げていた者達戻って来て、また仕事を再開しようとする。


 その時だ。


「魔物が出たぞ~!」


 その声に現場が再びざわめき出す。

「はぁ、またか。仕事にならねえな。先生方、またお願いします」

「分かった。戦えない者は退避を!」

 リーダーの掛け声に、鉱山で働く者達が一斉に逃げ出す。


「さぁ、来い!」

 剣士とその仲間達は、それぞれの武器を構える。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ。


 地鳴りがした。ズシン、ズシンという激しい音が、どんどん近づいてくる。

 さらに、それに加えて、巨大な大木がなぎ倒される音も混じる。


 そして、その魔物は姿を現した。


「う、嘘……だろ」


 その魔物の姿を見て、剣士達は息を飲んだ。


「オ、オリハルコン・ゴーレム…」


 ゴーレム。

 体の99.9%以上が鉱物で出来ている人型の魔物。鉱物をエサにしてるため、鉱山に生息していることが多い。


「先生方、やっちゃってください!」

「さっさと片づけてくださいよ!」

 周りの人間が激を飛ばす。しかし、剣士達はその声援に応えない。

 

 正確には、声援に応える余裕がなかった。


「ど、どれぐらいある?」

「10カメオ(20メートル)はあるな……」

「なんで、なんで、こんな所に……」

「に、逃げるか?」

「一度依頼を受けた以上、逃げることはできない!」

 剣士は自身の剣をオリハルコン・ゴーレムに向けた。


「それに『オリハルコン・ゴーレム』を倒したとあれば、俺達の名も一気に上がる

!皆、覚悟を決めろ。フォーメーション575!」

「……了解!」

「行くぞ!」


 剣士達は勢いよくオリハルコン・ゴーレムに向かう。

 リーダーによる的確な指示、絶妙なタイミングでの回復魔法、交代で行われる攻撃、彼らの連携は完璧だった。

 その完璧な攻撃を受けた『オリハルコン・ゴーレム』は……。


 何事もなく、そこに立っていた。


「くそっ!」

 剣士はギシリと歯を鳴らした。剣士は自分の剣を見る。剣は至る所が、刃こぼれしていた。


「物理攻撃も、魔法攻撃も効かないとは……」

「此奴の防御力が強すぎるんだ」

「私達じゃ……無理」


 魔物にはランクがある。

 最も弱い魔物はFランク。最も強い魔物はSSSランク。


 生物は、弱い生き物ほど数が多い。数が少ないと、あっという間に捕食者に食べ尽くされて絶滅してしまうからだ。

 反対に、強い生き物は数が少ない。数が多過ぎると、あっという間にエサを食べつくして絶滅してしまうからだ。


 よって、ランクが上になればなる程、種族としての個体数は少なくなる。


 ゴーレムの種類は、通常の『ゴーレム』に加え、『カッパー・ゴーレム』、『シルバー・ゴーレム』、『ゴールド・ゴーレム』等、多岐に渡る。


 通常のゴーレムのランクは『B』。


 だが、目の前にいる『オリハルコン・ゴーレム』のランクは『S』。


 上級チームでも敵う人間は少ないだろう。


「ぐはぁ!」

 一瞬の隙を付かれ、魔法使いがやられた。

「きゃあ」「ぐうあああ!」「この野郎……がはっ!」

 仲間が次々とやられていく。最後に残ったのはリーダーの剣士だけとなった。

「くそ、よくも仲間を!」

 リーダーは『オリハルコン・ゴーレム』に向かう。しかし、それは何の策もない特攻だった。


 リーダーが『オリハルコン・ゴーレム』に剣を振るう。『オリハルコン・ゴーレム』に触れた瞬間、剣士の剣はあっさりと折れた。


「畜生……」


 剣士が短く呟く。次の瞬間、『オリハルコン・ゴーレム』の剛腕が剣士の頭に振り下ろされた。


                 ***


「『オリハルコン・ゴーレム』がニケラディア鉱山に出た」

「『黄金の光』がやられたらしい」

「本当か?『黄金の光』と言えば、いくつもの戦果を挙げたチームだぞ」

「それだけ『オリハルコン・ゴーレム』の力が圧倒的なのだろう」

「すぐに上級者チームを派遣すべきだ!」

「だが、主な上級者チームは『レッド・ドラゴン』討伐に向かっている。呼び戻すには時間が掛かるだろう」

「だが『オリハルコン・ゴーレム』がいるということは、その近辺にまだ発見されていない『オリハルコン』鉱山があるということだ。早くしないと、他国に出し抜かれるぞ」

「誰か、いないのか?その近辺に『オリハルコン・ゴーレム』を倒せる人間は……」

「一人だけいる」

「誰だ!?」


「魔女だ」


「……魔女」

「確かに『オリハルコン・ゴーレム』を倒せるのは魔女しかいないだろう」

「魔女なら間違いなく『オリハルコン・ゴーレム』を倒せるだろうな」

「しかし、魔女か……」

「下手をすれば、ニケラディア鉱山ごと潰されるぞ」

「出来るだけ、ニケラディア鉱山に被害が以外が出ない形で命令すれば……」

「聞くと思うか?魔女が……」

「……う、む」

「背に腹は代えられまい。今は『オリハルコン・ゴーレム』を倒すことが先決だ」

「分かった」

「仕方あるまい」

「よし、決まったな。おい!」

「はっ!」


「すぐに魔女に使いを出せ!」


                 ***


「ああ、幸せです。先輩」

「……」

 ベッドの上で菱谷は、虚ろな表情の安藤に寄り添う。


 すると、コンコンと窓を叩く音がした。


 菱谷はベッドから降りて窓を開ける。そこには小さなドラゴンがいた。

 ドラゴンの足には紙が巻き付いている。菱谷はドラゴンの足から紙を外し、それを読み上げた。


「先輩、すみません。楽しい時間は、しばらくお預けのようです」

 菱谷は残念そうに、ベッドの上の安藤に話し掛ける。


「仕事の時間です」


――――――――――――――――――――――――――――――


『オリハルコン・ゴーレム』のレベルは『S』

        ↓

『オリハルコン・ゴーレム』のランクは『S』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る