PAGE.439「砦のインフエルノ(後編)」

「クソッ……数も多いし面倒な奴らだナッ……!」

「この程度でへばるのか?」

「んなわけあるかッ! チィイッ!」

 黒いスライムの群れを突破し、ついに砦にまで接近することに成功する。

「……やはり、拠点となると数も多いか」

 数百体。実にそれだけの数の黒いスライムが砦の周りを徘徊していた。

 ラチェットとエドワードの予測通りの展開である。砦の周りには黒いスライム以外の怪物が一切見当たらない。時折、砦への道中の砂丘の地面に転がっている“魔物らしき何かの骨片”がそれを物語っていた。

 エドワードは次に備えてポーションを口にする。

 もう、この砂漠周辺には黒いスライム以外の生態系は見当たらない。

 コーネリウスの言葉通り、ここはウェザーと呼ばれる魔族の幹部の体の一部となり始めているのだろう。


「……よし、行こう!」

「ちょっと待て」

 砦の入り口前。開けた途端に黒いスライムの奇襲があることを考える。ラチェット達は当然、その奇襲に対しての備えは行っていた。

 それだけの完全態勢でありながらもエドワードは扉の開放に待ったをかける。

「……結界を張る」

 魔導書を取り出し、彼の言う結界魔術を発動する。

「外でこれだけの数だ。砦の中にもかなりの数がいるだろう……あんなアメーバも同様な魔物相手にこれ以上の消耗は避けたい」

 発動した結界。目に見えないバリアが発動主であるエドワードは勿論、その場にいる五人全員の周りに展開される。

「これでスライムの攻撃をある程度は防ぐだろう。効力は強めにしてある。人間の魔力を溶かす生物であろうと、砦の最上階に着くまでは持つはずだ」

「このバリアってよ、攻撃の邪魔にはならないのカ?」

「大丈夫だ。俺達の攻撃はしっかりと貫通する。そんな足手まといなバリアは作らんさ」

「へいへい、便利便利」

 なんという事だろうか。このバリアは内側からの攻撃はすべて通すようだ。つまり、ここにいるメンツは安全圏から好き放題攻撃できるという事である。

 とてつもないチートで無慈悲な結界を用意したものである。憎らしいやつではあるが、その実力の良さが仲間になるとやはり頼もしいものになると言わざるを得ない。

「……ありがとよ、天才」

「準備は出来た……行くぞ!」

 待ったをかけた本人。エドワードが扉を開く。



「大歓迎だな。俺達の事」

 想定通り、砦の中には外と同様、或いはそれ以上の数のスライムが待ち受けていた。

「雑魚はこれ以上相手にするな! 一気に本丸へ突っ走る!

 侵入者を目の前にし、一斉にスライム達が飛び掛かる。

 ……同時、弾き飛ばされる。

 その自信をしっかりと証明してみせる。エドワードのバリアは小型のスライム程度なら一切通すことのない頑丈さを見せつけた。

「このまま最上階へ行こう!」

「ああッ!」

 砦の最上階。そこにウェザーはいる。

 この世界全てを飲み込もうとする怪物が潜んでいるのだ。

 黒いスライム達の群れを押しのけ、ラチェット達は螺旋状の階段を勢いよく駆け上がる。どれだけの群れがいようと、バリア&内側からの攻撃の連続を前にすれば敵ではない。ノンストップで足を進めていく。

「あと少し……全員走れ!!」

 何の変哲も仕掛けもない砦だ。

 無傷。エドワードのバリアのおかげでかなりの魔力を温存できた状態で砦の最上階の一室手前にまで到着する。


「ここ、か……!」

 屋上の部屋は大きな扉で閉ざされている。

 鉄の扉。そっと触れてみると鍵がかかっている様子はない。エドワードも扉を入念にチェックするが、罠らしき仕掛けは一切ないと断言した。

「……行くゾ」

 この先。この門の先に敵はいる。

 黒い雨の正体が、そこへ潜んでいる。



 その先に。

 “フローラがいる”。


「準備はいい? ルノア?」

「う、うん……!

 ルノアは頷く。

 その合図を最後に、扉は開かれた。



「……!!」

 ラチェットは戦慄する。

 彼だけじゃない、その姿を一度は見たことあるコーテナも唖然とする。

 フェイト、エドワードは身構える。

 最上階。アメーバのような黒い液体がそこかしこに飛び散った一室。



『アァアア、アアア、アアァアアアッ』

 その先に待つのは……。

『オネエ、チャ。マモノ、ウェザー、アレ、クラマセ』

 依然と何も変わらない少女の姿。

 その幼い容姿を黒のアメーバで包み込まれた___。


 【ウェザーの心臓】。

 “少女フローラ”は虚ろな目で視線を下に向けていた。

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