PAGE.438「砦のインフエルノ(前編)」
選抜されたメンバーで北の砦へと向かっていく。
地獄の門に対抗できる戦力を持ったラチェットとコーテナ、派遣されたエージェントのフェイトとコーネリウス。霧の騎士ナーヴァ。
「……」
そしてもう一人は、剣士ルノア。
「皆、大丈夫だといいけど」
「ガルドの結界は小さいスライム相手ならどうにでもなる。それにアタリスと変態騎士もいるんダ。問題ないダロ、たぶん」
残りのメンバーは黒いスライムから集落の住民達を守るためにお留守番だ。
アタリスは留守番なんて野暮用を言い渡されて不機嫌だと冗談交じりに小言を吐いていた。クロも似たような事を吐いていたが彼女の方は紛れもない本物の愚痴かと思われる。
ひとまず、船の方は彼女たちに任せて大丈夫だろう。
「砦は近い。奇襲の可能性も踏まえて準備はしておけ」
双眼鏡で砦の位置は把握している。
黒い雨によって魔族も滅びの一途を辿っているというのはあくまで仮説だ。本来ならばこの場で蔓延っている魔物も何処かで身を隠して待ち構えているかもしれない。
一同は警戒を強くしている。コーネリウスの発言の真意、嘘か否か。
「不気味でしかたねーナ。今日に限って静かな天気でヨ」
「天気が良いならコチラの移動が楽で済む。何処に敵がいるかもしっかり見えるしな」
「なんで俺をじっと見たまま言うんだよッ!」
「顔がいつにも増して歪んでたからな」
砂嵐は一切吹いていない。その上、空は漆黒の曇天によって遮られ、砂丘の景色を薄暗く映している。
本来だったら悪循環な状況、ワームや巨大サソリ、オオカミなどの魔物が現れてもおかしくはない状況……だが、砂嵐や黒い雨と比べると、まだ平和な天気だと考えられてしまう。
「もう……こんな状況にまで。ねぇ、ルノア?」
緊迫とした空気の中。ラチェットとエドワードの言い争いはまだ続く。緊張が解けるという意味では良い光景かもしれないが、やっぱり呆れて物も言えなくなる。
「う、うん。そうだね」
同意を求めたコーテナであった。だが、ルノアは何処か他人事な返事だった。
ルノアもただ静かに剣を構え、だんまりを決め込んでいる。
「そう、だね……」
彼女の場合。違う理由が彼女の身を狭くしている感じがある。
『おそらく、黒の雨の正体は』
フリジオの言葉。そして、それは彼女自身も察しがついていた。
似たような風景を目の前にしたことがある彼女。その黒い災厄の正体に感づいている彼女は……いても立ってもいられないのは事実。
(話は聞いている。あの黒い雨を起こしているのは)
そして、同時に恐怖していた。
(フローラかもしれないって……)
あれだけ純真無垢だった少女の姿を。
記憶を取り戻した後も、自身が生み出された境遇に恐怖を抱いていた少女の姿を。
(フローラは魔族だった。だけど、本意ではなかったのようにも見えた。助けられるかもしれない……フローラは助けを求めていたんだ、って)
まだ救いようはあった。
しかし、次に出会うとき。フローラはどうなってしまっているのか。
その不安が彼女の心を押し込める。
「ルノア、大丈夫?」
ずっと無言のまま。しかし、他のメンバーと違ってルノアはずっと俯いていた。魔物の存在に対しての恐怖と緊張ではない事に気が付いたコーテナがそっと彼女に声をかける。
「うん、大丈夫……ありがとう」
コーテナへの気遣いに対し、しっかりとお礼の返事をする。彼女自身、自分の考えを悟られていたことを察していたようだ。
「ボクも出来る限りのことはする。きっと助けられるよ」
「ううん、本当に大丈夫。大丈夫、だから……」
ルノアの持つ大剣・キャリバーヴォルフは触れた魔力をそのままその刀身に吸収し、自身の力とする特別な効力が隠れている。
例えば、コーテナの炎に刀身が触れると、その刃はしばらくの間、コーテナの炎を纏ったままになるということだ。
戦闘においても足手まといになることはない。そこの心配はいらない。
「……魔族が、救えるものか」
ただ一つ、彼女が思い浮かべている“一つの想い”が戦闘への阻害になることは間違いないだろう。
フェイトの小言はルノアに聞こえてはいない。その言葉、彼女の耳に届いていたならば深い傷を負わせていただろう。
「救うよ、絶対に」
だからこそ、ただ一人聞こえていたコーテナも薄く呟いた。
「おい、来たぞ……ッ!」
ラチェットは身構える。手に取ったのは爆弾関係そのものだ。
ここで魔力は温存しておきたい。水の闘士・ウェザーと呼ばれる怪物に備えて。
ラチェットにとっても、水の闘士・ウェザーの存在は未知の存在だ。ウェザーの正体が何者なのか知らないのだから。
「フェイトッ!」「蹴散らす」
エドワードも魔導書を構え、それに続いて、フェイトも無言で聖剣を差し出す。
「……っ!」
ルノアもキャリバーヴォルフを作動する。
……事情。黒い雨の正体。
ラチェットとコーテナ、二人も会ったことのある少女。ウェザーの正体をラチェットとコーテナは聞かされている。そのうえで協力しようともしてくれている。
しかし、同時に恐怖もしていた。
もし、自身が望んでいない展開が訪れたらと考えるだけで。救う手段はなく、もう倒す以外方法はないと答えが返ってきた時の事を考えるだけで。
頭の中でよぎるフローラとの思い出が。妹のように可愛がっていた友達の存在を否定されれば、その全てがガラスのように砕け散ってしまうような気がして。
「やぁあああッ!」
迷いの中に呑まれ。
ルノアはラチェットとコーテナに続き、黒いスライムの群れの中へと飛び込んだ。
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