【第15部 ~エピローグ~ 】
もうすぐ、結界の宙域へと入る。
戦争を好まぬ心優しき生き物たちの桃源郷“フォドラ”の領域へとガルドは飲み込まれていく。
「よっ、お疲れさん」
操舵室に入ると、スカルは一杯のコーヒーが注がれたカップをオボロへと渡す。
「ありがとさんねぇ。といっても、大したことはやってないけど」
そうは言いつつもコーヒーカップを受け取りオボロは口にする。丁度、何かを喉に通したい気分だったようだ。
彼女の言う通り、細かい事の全ては操舵室のコアに組み込まれた八面体が処理をしてくれる。人間の手で行うことなど、かなり些細な事ではある。
「……なぁ、スカル。ちょっといいかい?」
「どした?」
ふと、コーヒーから口を離したオボロの質問に受け応える。
「いや、ちょっとばかり気になることがあるんだけど……さっき、雨が降っていただろう?」
「ああ、降ってたな」
「この船には敵からの奇襲を受けないよう常にバリアの結界が張られているじゃないか……雨が降った直後、微かではあるんだけど、それが弱まってたんだよ」
常にバリアを展開しながら移動するガルド。
しかし、その途中で微かであるがバリアの出力が弱まっていたことをオボロが告げる。
「んー? 故障か?」
「フレスキア平原から離れる前に一応チェックは入れたけど異常はなかったよ?」
フォドラについて時間があれば、少し船の様子を確認する必要がある。それを互いに話し合い離陸準備に入らせた。
「そういえば、坊やはどうするんだい?」
「寝かせておく。加護があるとはいえ、まだ一時間も立ってないからな……俺らより若いのに俺ら以上に働いてるんだ。しっかり休ませとかないとな」
ラチェットは体が完全に回復するまでは寝かせておく。
フォドラにナーヴァを帰すだけの一時だ。別れの挨拶が出来ないことは無礼であるかもしれないが……事情が事情だ。分かってくれることを祈るしかない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
眠っているラチェットを見ておくためにオボロは留守番をする。当然、ガ・ミューラもだ。
王への挨拶はコーテナ達、仲介としてスカルと精霊騎士のフリジオを送る。
サーストンの脅威はこの世界から去った。それをフォドラの王へ告げる。
一同はフォドラの王城へと向かって行く。
「……あれ?」
街の門の前、コーテナはそっと頭上の耳を震わせる。
足元。そして、門の向こう。
「……なんだろう、この」
妙に“気持ちの悪い気配”を感じる。
足元を確認すると液状に溶けた“雑草”の水たまりがある。スライムとは違う不気味な粘り気をもった液体の存在にコーテナが気づく。
「バッチィなぁ。臭ぇし、汚ぇし」
真っ黒だ。その液は酷く濁った黒に染まっている。触れることも体が真っ先に拒否を覚える不快感がある。
「私だ、開けてくれ」
門の前に立ったナーヴァの声。
___開かない。
向こうから返答が返ってこない。
以前ここへ訪れた時は、彼が声をかけたそのすぐに門が開いたはずである。大声ではなくとも、門の向こうの騎士達はそれに気づいて即座に開く準備をしていた。
だが、門はうんともすんとも言わない。
「……なんだ?」
妙な予感。嫌な悪寒を感じる。
それはナーヴァやコーテナだけじゃない。スカル達もこの不気味な程な“静かさ”に寒気が走る。
「なぁ、結界の中って……外の世界とは異なった天候の流れをしているんだよな?」
決まった頃合いにしか天気は変わらない。
雨、雪、霰。まるでシステムのように組み込まれた天候だ。フォドラの領域では、外の天気の影響は一切受けないように仕組まれている。
「なんで地面が濡れているんだ?」
地が濡れている。雨が降った形跡がある。
次に雨が降るのは一週間後だと……数日前に告げたはずなのに。
「……!!」
ナーヴァは門を破壊する。
あまりに一瞬の事だった。守護者であるはずのナーヴァが門を壊したのである。
「こ、これは……!?」
扉を超えるとその先には___
「うおぉ、うおぉおお……」
“体の一部が溶け、苦しむ住民の姿”。
地面は黒い液体で染まりあがっている。住民だけではなく民家も植物も、鉄であろうと木材であろうと関係なしにありとあらゆるものが溶けている。
「うぐっ、ううう……」
「どうした! 何があった!?」
門の入り口で苦しんでいる騎士へナーヴァが駆けよる。
「ナ、ナーヴァ様……わかりません……いきなり降らないはずの雨が降って、それを浴びた人達が次々と……」
甲冑だけではなく、体の一部一部も泥のように溶け始めている。
命に別状はないが苦しそうだ。今まで感じた事もない未知の痛みに気を失う寸前であろうと騎士は踏ん張っている。
「雨、って……」
スカルはついさっき、オボロと交わした会話を思い出す。
“さっき雨が降って、その直後に結界が弱まった”。
ついさっき、一瞬だけ降った雨が原因なのだというのだろうか。
しかしクロヌスで雨が降ろうと、フォドラ側に雨が降ることはない……しかし、その“雨”に何かしらの仕掛けがあったのだとしたら。
「一体、何がどうなって……」
「!!」
耳を震わせたまま怯えていたコーテナ。
「スカル! 上ッ!!」
何かを気配を感じ取った。
コーテナはすぐさま、不意に街の中心へと歩き出したスカルへ叫ぶ。
「え?」
スカルの頭上。
“真っ黒の巨大なスライム”。
不快な程の悪臭を放つ、見た事もない液状生物が口を開いてスカルに襲い掛かっていた。
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