PAGE.423「死して尚、芽吹く命。(前編)」


 数時間後。

 死の大地・フレスキア平原に夜風が吹く。


 今も尚、サーストンの遺体は大地の真ん中にいる。

 下半身は倒れるどころか膝をつけることさえもしない。鋭く生きた彼の面影を残すようだ。

 切り裂かれた上半身は今も大地に転がっている。

 満足そうに、数百年以上の生の中でようやく見つけた喜びを謳歌したように……彼の表情は死体となっても尚、笑っているように見えた。


「……体はあれど、魂はここにあらず。か」

 精霊皇の後継者達が立ち去ったその大地で一人、魔族の少女がサーストンの頬に触れる。

「戦い抜いて、そして死んだか」

 風の闘士“コーネリウス”だ。

「なんというか。人を嗤っておきながら、君達もまるで人間のようだよね。アーケイドも、君も。感情的で、情熱的で」

 かつて騎士を重んじた故に似合っていた制服姿。それを脱ぎ捨て、悪戯好きな小人の妖精のような衣装を身に纏い、肌には真緑の模様が浮き上がっている……以前と比べ、その見た目は更なる魔族へと近づいている。

「魔力も尽きて、精霊皇の制裁を受けたというのに体はこうして残っているなんて……感服だよ、本当に」

 それは流れとはいえ仲間であったサーストンの死への哀れみなのか。

 それとも怒りなのか……浮かぶ無念の表情は次第に緩み始めていく。


「残念だな。これだけの無双の強さを誇る戦士の魔力も回収できたとなれば……もっと役に立つことが出来たのに」

 否、怒りも哀しみも、その心には芽生えていない。

「君は自身を、誰にも渡すつもりはないってことだね」

 無念。最強の戦士の魔力を得られぬことへの悲嘆。

 様子からして、結果的には魔王の役には立っていた鋼の闘士サーストン。その生きざまを讃え看取りに来たというわけではない。その身は残っていても、既にその体には彼の魂の一部であった“精霊の魔力”が微塵も残らず抜け落ちている。


「まぁいいさ。今回ばかりは、私も気が乗らなかったしね。なんでだろうね」


 ただの抜け殻だ。

 その体には最早、何の価値もない事にコーネリウスは溜息を吐いた。


「まぁ、計画自体は順調に進んでいる。一体くらい大差ないよ」

「コーネリウスとやら」

 コーネリウスの背後に立つもう一人の魔族。

 魔王の側近であり闘士の一人であるマックス。彼に長く仕えている部下・ノスタルドが疑惑の視線でコーネリウスの背を眺める。


「なんだい、ノスタルド」

「……貴様は一体、何を企んでいる」

 彼女の行動の謎を責めていた。

 もとは人間の身であるコーネリウス。魔族側に着いてからは確かに魔王の役に立つことばかりを黙々とこなしてきた。

コーテナ奪還作戦こそしくじってはいたが裏切る様子は一切見せず、その後も魔族として陰でサポートを続けてきた。

「このようなこと。魔王様より命を受けたわけではないだろう」

 魔王復活。そして、戦争が再び火花を散らしたその矢先。彼女は陰に隠れることを辞め、いきなり表舞台に立っての行動を始めたのだ。

「お前はその魂をどうするつもりだ。同胞の魔力を、何に使う?」

 同胞であるはずの闘士の死を悲しまず、その魔力だけを抜き去る。

 力を蓄えているようにもみえる。何かの準備を近々と進めている。彼女の言う計画とやらが何なのかは、周りに明かされることはない。

 彼女曰く、役に立つことだとは口にしている。その真意を確かめるべく、ノスタルドは再度問う。


「……この世界を魔族の手に。それは確かですよ」

 振り向きざまに微笑むコーネリウス。

「その近道を叶えるために私が立ち上がった。ただ、それだけです。その計画のための駒として、彼らを再利用するだけの事です……安心してください。貴方達に害をなすようなことはしませんよ……ええ、きっと」

 大地に吹き荒れる風に包まれ、コーネリウスは姿を消していく。

「そろそろ動きましょう……計画通り“嵐”を吹かせます」

「安心しろ、か……」

 ノスタルドは消えた彼女の背中を静かに見つめていた。



 NO13 DEATH。

 “正位置の死神”のカードを片手に持ちながら……。

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