PAGE.406「地図へと名を乗せぬ大地」
霧に包まれた世界。門を潜ったその先。
他の街と変わらない普通の街並みだ。見た事もない文化の服装を身にまとった人間がいれば、人間と親しく話す半魔族の姿もある。
その街には他のものとは決定的に違うものがあった。
……“魔物”だ。
牙を尖らせる狼。数倍の体躯のカラスやコンドル。説明するだけも複雑怪奇な怪物達がウヨウヨとこの街の中に存在する。
だが人間も半魔族もその魔物に対して敵意を向けることはない。
それどころか、魔物達の存在に否の色一つみせずに親しく触れ合っている。
頭を撫でられ甘い声を上げる狼の魔物。人間の積荷を上空から運び、配達を終えては再び空へと消えていくコンドル。中には街の真ん中で子供達を乗せて歩いている大きなトカゲの姿さえも目に映った。
魔物だけじゃない。人間の姿へと形を変える魔族達も。
人間達と共に、笑顔で語り合っている。
“共存”している。
それはあまりにもあり得ない風景。人間と半魔族は同じ人の血を通わせるものとしてまだ共存の余地が、魔族との交流は不可能と言われている。
現に魔族と人間の戦争が今もれなく火蓋を切り落としている真っ最中だ。そんな事情など知った事ではないようにこうして手を取り合っている。
驚愕を隠せなかった。
この地は他の場所とはまるで違う。争いも差別も何もない平和な世界……笑顔が絶えることのない世界が目の前に広がっていた。
「驚きを隠せないか、諸君」
ナーヴァは振り向きざまに、唖然としたままのラチェットに声をかける。
「あ、ああ……」
「ビックリだよ。人間と魔族が笑い合ってるなんて……」
命を張っての戦いが続いているこの状況だ。こんな拍子抜けで夢にも程がある映像を目の前にしたスカルとオボロは今でもこの世界を信じられずにいる。
「うわわっ!?」
街を歩く最中、狼の魔物の子供達が擦り寄ってくる。
「ちょ、待て! コートを引っ張るな!」
「えっと、えっと!?」
本来敵であるはずの魔物達がこうして人懐っこく近寄ってくることに若干の躊躇と警戒こそある。その円らで愛嬌のある姿を前にクロとルノアは迂闊に手を振るう事も出来ない。
無抵抗な彼女らに狼の魔物の子供達は次々とかまってちゃんを繰り返す。クロのジャケットを噛んでは引っ張り、ルノアの体にジャンプして張り付くものも何匹か。
「あはははっ! くすぐったいよ~!」
コーテナの胸に飛び込んできた狼の魔物の子供は彼女に抱き着かれたまま、コーテナの頬を舐めまわしている。下の方では自分もお願いと子供達がおねだりを繰り返している。
「コーテナ、こまって……おわわわ」
仲間だと思ったのか、同じ狼の種族であるガ・ミューラの元にも狼達は寄ってくる。世にも珍しい外からの客人にテンションが上がっているようにも見えた。
「ふっ、こうして懐かれているとは……危険な匂いはしないようだ」
ナーヴァも狼の魔物の子供達を目の前に微笑みかけている……のだろうか。甲冑のせいでその表情は見えない。
「……こんな、こんな街が、この世にあったなんて」
魔物狩りの一族であるフリジオは当然、その風景に戸惑っている。
人間と魔族は分かり合えなかった。故に戦争が起きた。そして千年という時を得て、今もその戦争の火蓋が続こうとしている。
一族の名に恥じぬ功績を手に入れる。その野望を胸に秘めながらも、人類の秩序を守るための一族の宿願も忘れることなく、日々、魔物や半魔族と戦い続けてきたフリジオだ。これは甘ったれた人間が夢見た幻想ではないかと今でも思っている。
しかしどれだけ頬を抓っても。どれだけ体に傷をつけようが。
これは幻覚でも何でもない。実際に目の前で起きている事なのだ。
「この街は……人間と魔族が共存しているのカ?」
「ああ、やはり外の人間である君達は嘘のように思えるみたいだね。だが、真実だ……皆はこうして手を取り合って生きている。外の世界に縛られることもなく」
外の世界。
やはりその言葉には、何か特別な意味が含まれている。
「もうじき目的の場に着く……」
街を歩いていくと、次第にその姿が見えてくる。
「この街の王の元へ」
城だ。ファルザローブの王城にも負けず劣らずの巨大な城。
地図には載っていない。そもそも、これだけの大きさの城があったのならば千年の歴史の間にその名が刻まれておかしくはない。
次から次へと繰り返される“あり得ない現象”。
頭は最早パンク寸前だ。しかし、何とか冷静を装って、ナーヴァへとついていった。
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城の中。そこはやはり王城ファルザローブと特に変わることはない内装だ。
甲冑の騎士が見張りがてらに歩き回っている。他にも客人として貴族や富豪の人間と魔族達が雑談をしている風景もチラホラ目に入る。
ただ、普段の風景に魔族が加わっただけの世界。
そこは……誰もが夢を見るであろう“楽園”の姿である。
「ここだ」
足を進めていくと、ようやくその場へとたどり着く。
巨大な扉。その先に“その人物”はいるという。
重く巨大な扉がナーヴァの合図により、騎士の手によって開かれていく。
扉を開くと、その微かな動きの度に大地が揺れているような感覚があった。耳が割れそうな轟音に体が震えながらも玉座の間の扉は開き続け、一同はその先の風景から目を離そうとはしない。
「……ナーヴァ、か」
扉の向こう。その玉座に“王”はいる。
「珍しいな。外からの客人がやってくるとは」
轟音鳴り響く巨大な扉。それは雰囲気づくりの飾りでの何でもなく。
“巨人”。
この街を仕切る王の姿は……人間一人、その手に収めることなど比喩表現でも何でもない巨大な背丈の老人であった。
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