PAGE.401「残されたタイムリミット」

「……まだ西、いや、それとももう少しなのカ?」

 ラチェットは飛行艇の食堂の中、窓から大地を見下ろしていた。

 彼等が向かうべき場所は西であるとワタリヨは告げた。

正確な場所こそ伝えてはいないが、西へ進み続ければラチェットが望んでいる大地へ辿り着けると言い残していた。

「それらしい場所はみえねぇゾ……方向間違えたカ?」

 今のままでは、サーストンには勝てない。

 彼には魔法が効かない。彼を倒せるのは同じ“鋼”のみ……かつて精霊皇が使用していた剣と全く同じ代物。それが眠るとされている大地へと向かうため、ラチェットは仲間達と共に向かう。

「んなわけねぇカ。動かしてるのはあのサイコロだし」

 コーテナは勿論、何処の部隊にも属していないクロとルノア。『友の行く先には必ずついていく』とアタリスも同行している。

 艇のコントロールや制御を行うためにスカルとオボロも搭乗し、一同の監視の為にと精霊騎士団のフリジオもついてきた。

 仲間達と共にラチェットは西へ向かう。


「……本当に見つかるといいんダガ」

 食堂で一人、大地を見下ろすラチェットはついてきた仲間達のはしゃぎ声を他所にサーストンへの勝利の固執。その希望へと頭を悩ませる。

「おマエ、間抜けな、顔だな」

 そんな中、一人誰かが声をかけてくる。

「……あァ?」

 ラチェットはその声に首を傾げた。

 少し甲高い声。子供っぽい声をしていたがクロにしては生意気なところはあっても言葉がカタコトだ。コーテナとルノアのどちらでもないだろうし、フリジオは間違いなく違う、言葉に気品がなかった。

 スカルとオボロは操舵室で船の制御をしているはずだ。だとしたらアタリスなのかとラチェットはそっと頭を下げた。


「強そうに、みえない」


 ぴょこっと跳ねた狼の耳。ぶるんと揺れるフサフサの尻尾。両腕とも狼の前足のような爪と毛並みがその目を誘う。

 人間のものにしては瞳に独特な鋭さがある。口からヒョッコリ見える尖った牙も特徴的で、何やら疑問を疑うような目つきが鮮明さを感じさせる。

 子供だ。半魔族の子供。

 少し変わった異国文化の半袖に半ズボン。グレンの国の子供の修行僧が身に着けるという衣装。腰にガッシリ手を付け、胸を張る半魔族の少年がラチェットを見上げている。


「お前なんでいるのォオオ!?」


 乗せた覚えのない少年にラチェットは驚愕のあまり発狂する。

「ガ・ミューラ!? どうして、ここに!?」

 半魔族の少年ガ・ミューラの存在にコーテナも気付いたのか慌てて彼の元へ。どれだけ彼女がアタフタしようと腰にガッシリ手を乗せたまま彼女の方を向く。

「コーテナが、心配、だからだ。こんなヨボヨボな奴だけじゃ、不安、だろうから、な」

 ふんすと機関車の蒸気のように鼻息を吹く。助けに来たとヒーロー気取りの少年は自信満々で怯える様子も何一つ見せない。

「おいおいおい嘘ダロ……」

 何ということだ。どうやら王都の保護施設から抜け出し、こっそり船に乗り込んでいたようだ。


「あわわわ……ダメだよ! 凄く危ないんだよ!?」

 その気持ちはありがたいが無謀でしかない。

「大丈夫、オレ、強いから」

 慌てるコーテナを他所にまだ胸を張っている。

 確かにガ・ミューラはそこら中の子供と違って特別な力を持っている。それはコーテナと同じ、自分の体を魔族化させるというものだ。

 しかし彼はまだその力を上手く制御できる領域へと踏み入れていない。解放するにも体の四割が限界であり、それ以上へ踏み込もうとすればあっという間に完全な魔族への変貌一歩手前にまで行ってしまう。

 保護者である姉の躾や、グレンの長であるロザンの一喝がなければ生きていけなかった体である。力はあれど、戦士として戦うに大地へ踏み込むにはその熟度は浅すぎた。


「強い奴は一人でも、いた方がいい! 俺も、コーテナ、たすけたい」

 ……彼がこの船に乗り込んだのはコーテナを助けたいという一心だった。

 実に可愛らしく健気なものではある。その気持ちは嫌悪感を抱くものではない。



「じーーーっ」

 コーテナに張り付き、じっとラチェットを見つめるガ・ミューラ。

 少しだけ敵意にも近いものを感じる。こいつは俺のものだと言わんばかりに身をしっかりと寄せて、ラチェットをじっと睨みつけている。

「はっはっは、コーテナさん。本当に好かれてますね」

「もーう、ガ・ミューラったらぁ……」

 フリジオからの言葉にコーテナも少し困り気味。本当なら危ない真似はやめろと叱るべきところなのだが、彼には“ラチェットへの焼きもち”以外に悪意はないために強くは言えない。


「……はぁ」

 こんなところまできて一人で帰れとは言えないし、何処かもわからない大地の真ん中へ置いていくわけにもいかない。

 西の大地へ到着する前にとんだ大仕事が押し寄せた気持ちになった。彼の敵意の理由も分からぬまま、ラチェットはどっと溜息を吐いた。


「おいヨボヨボ。そと、みろ」

「……ん?」

 ラチェットを睨みつけるガ・ミューラは窓の外を指さす。

「くもが、いっぱい、だ」

 雲。それがいっぱい。

 一同はその言葉につられ、窓の外を見る。





「雲、なのか? コレ……?」


 さっきまでは広がっていた広大な大地の風景。

 それを映していた窓……“灰色の霧”が景色を塞いでいた。

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