PAGE.398「自由無邪気な【観測者】」


 現れた。その人物は何の予兆もなく姿を現した。

 さっきまでこの一室には誰の気配も感じなかった。

 しかし、その少年は不意に姿を現したのである。

 背を向けたその一瞬。いなかったはずの人物がそこにいた。


「うおおおっ!?」

「いつの間に!?」

 スカルとオボロはほんのビックリによる恐怖で互いに抱き合い歯を鳴らす。

「……一年半ぶりだナ。ワタリヨ」

『うん、会わない間に少し大きくなったね。まあ、僕はずっと君達を見ていたわけだけど』

 姿こそ現していないが、一年半の様子はずっと観測者として眺め続けていた。

 少年の成長、苦悩、そして努力。精霊皇の使いとしての使命を全うし、同時に友人との約束を果たそうとするその健気な姿を。


『そして君は、ヴラッドの娘だね』

 視線はニヤついた表情でアタリスに向けられる。

「……貴様がワタリヨか」

『うん。僕がワタリヨだよ』

 ここへ来る前の会話は眺めていたのかワタリヨはアタリスの言葉へ軽々しく返答をする。


『本当、最初に会った時と比べて本当に大きくなったよね。色気が出たというか、大人っぽくなったというか』

 それはお世辞でも何でもない。

 数百年という長い時間。魔物寄りの生態をしているアタリスにとって、数百年はまだ思春期の子供手前と言えるほどの年齢でこそあるが中身は立派な大人である。

 かつてに面識がある。そしてヴラッドとの面識も認める。

 アタリスの言った事。その父であるヴラッドの日記も嘘ではないことが明かされた。


「……その言い方、ここで会うよりも前に私に会ったことがあるような言い方だな」

 ワタリヨの言葉にアタリスは多少の違和感を覚えた。

 久々に会った。そして綺麗になった。その感想は簡易的であるもの、今ここで再会してすぐに放った言葉にしては何処か物思いに耽っているようにも思えた。

 

『ふふふっ、まさか忘れてしまったか』


 ワタリヨはそっと自身の瞳に手を飾し、“いつの日か演じていた少年”らしく格好のつけた独特な趣味のポーズを一瞬だけ取る。


『我が同胞よ』

「!」

 その仕草。その喋り方。瞳の色こそ違うが……アタリスはかつて王都で付きまとわれた“変わった自惚れ趣味を持った少年”の表情に面影が重なっていく。


「……はっはっは! まさかな! まさか、このような奇妙……実に面白い!」

『どうだい。少しは僕に興味を持ってくれた?』

「ああ、“多少”だがな」

『それは嬉しいよ。君みたいに綺麗な女性に愛されるのは男として嬉しい事だ』

 とある日の少年を演じていたワタリヨ。どうやらアタリスへ接触していたのは完全なる趣味であったようだ。長き歴史の暇つぶしをこのような色恋沙汰で潰そうとしていたあたり、史実通り自由奔放な“観測者”である。


『しかし残念だよ。美しい女性に成長した君と是非ともお近づきになりたいと思ったけれど……ここしばらくはこの世界に自分は具現することは出来ないからね。一年半前に力を使っちゃったし』

 アタリスと多少の脈が生まれた事への嬉しさ。しかし、それはやはり塵となって消えることに虚しさを覚えワタリヨは落胆する。

『こうやって姿を現しているのも、ちょっと無理をしてるからだし』

 再会を慈しんだところで、ワタリヨは本題へと戻っていく。


『君達、実に大変な事になってるみたいじゃないか……しかも僕やアルスマグナを頼らないといけない案件って。僕の方から君達の下へ向かっても良かったんだけど、彼との契約上、僕から君へ再会しに行くことは禁じられていた。これなら彼が生きている内に多少の枷は外してもらうべきだったよ』


 観測者本人の動きによる世界の改変は許されない。彼に許されるのは傍観と、歴史が改変されない程度の多少の暇つぶし。実に窮屈な立場なのだ。


 しかし、そんな彼がどうしてもラチェット達と干渉しなければいけない事態だ。今回のサーストンの一件をワタリヨに告げている。

 ワタリヨから彼らに会いに行って伝達をするのはアウトだが……向こう側から会ってきて質問をしてきたのなら話は別。どうやら制約外の範疇であるために応えることが出来る。

『まずは単刀直入に質問に答えるよ』

 彼等がここへ来た理由。 それを知っているワタリヨは質問をすることもなくそれに返答する。

『残念ながら、君達が探している精霊皇の剣を僕は持ってない。今、この場所に君達の探し物はない……だがその行方を知らないわけではない』

 剣はここにはない。だがその場所は知っていると口にする。

『その場所を明確に告げる事は出来ない。だが、道標は与えることにするよ……』

 ワタリヨは首につけていたネックレスを外す。それを目の前にいるラチェットへと手渡した。

『あの“王国”……あの存在は“イレギュラー”だ。正攻法も何も、そこへ辿り着くことは“本来”なら出来ない』


 傾いた窓。ワタリヨは外の世界へ指を向ける。


『そのネックレスを持って西へ行け……その先にある洞窟へ行くんだ。このネックレスを持って僕の名前を告げるといい。そうすれば、道は開く』

 今の彼らがやるべきこと。

 観測者としてのタブーに触れないようにできる最大限の事をワタリヨは急ぎ口で告げる。


『じゃあ、健闘を祈るよ……“救世主諸君”』


 その一言を残しワタリヨは再び、その場から消えていなくなった。


「な、消えちまった!?」

「一体どこへ!?」

 この一瞬でどうやって姿を消したのだろうか。スカルとオボロは慌てて部屋の中を探し始めていた。

「……ひとまず、道は決まったようだな」

「まあナ」

 これから向かう先。ひとまずの目的は出来た。



 彼の告げた場所。

 ……明確な情報も何もない、未知なる目的地へ。

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