PAGE.394「見えない行き先」
ラチェット達は何でも屋スカルの事務所へ戻ってきた。
空気はどんよりと重くなっていた。
ラチェットは窓から外を眺め続けているだけ、クロとルノアもソファーに腰掛け話しづらい雰囲気に頭を抱えそうになっている。
「おーい! 皆、待ってろよ~。今から紅茶をいれてやるからな~」
「スカル! 零れてるって!」
「おおっ!? 悪ィ!?」
スカルもこの空気が重すぎるのか上の空になりかけている。
零れたお湯を拭き取ろうとタオルを手に取って焦りだす。テーブルから飛んでくる飛沫が地肌に触れたオボロも溜まったものじゃないと暴れまわっている。
「あ、あはは……」
コーテナもこの空気には少しばかり参っていた。
上手く口を開ける状況じゃない。ここまで反応に困る状況も珍しかった。
ラチェット達は一度休息をとるようにと王から言い渡された。普段は若干身勝手で短気、扱いに困る印象を与える王様があのような態度を取ったのも珍しかった。
それほど、あの剣に関して触れるのはタブーだったのかもしれない。
グラジオラスの行方不明により立場を受け継いだルードヴェキラ、見るからに何やら事情を抱えているクレマーティ。胸やけを起こしそうな苦しい空気。
「久々に戻ってきたと思ったら何だこの空気の重さは」
温度差の違う態度でアタリスが部屋に入る。
「アタリス! 今まで何処に行ってたの?」
「散歩だ」
王都での襲撃の際にも姿を見せず玉座の間への呼び出しにすら応じなかった彼女。その行方を知る者はいなかったが、何食わぬ顔で帰ってきた。
散歩と軽い理由。緊張感はおろか、本当に自由な奴だと思いたくもなる。
「状況は?」
「うん、実はね……」
コーテナが一同に代わって、この状況を説明することにした。
王都での襲撃で起きた事。そして今後の事。玉座の間で起きた事を。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ファルザローブ城のバルコニー。
「……グラジオラス様」
クレマーティは星を眺めてはその名を呼び続ける。
「やぁ、クレマーティさん」
バルコニーでただ一人佇む彼に話しかける精霊騎士。フリジオであった。
玉座の間での一件がありながらも特に気にする素振りもなくクレマーティに話しかけてきたではないか。
「……何か御用ですか?」
「単なる私用なのですが。お聞きしたいことがあって」
「私は貴方の遊びに付き合ってる暇はありませんが」
遊び。とは随分と軽薄な表現である。
そういう攻撃的な対応には幾度となく慣れているのかフリジオはやれやれと両手を添えて首を横に振る程度。
「……グラジオラス団長の件ですが。彼は一度、魔族との一件のために外交の途中で行方不明になったと聞かされています……団長が行方不明になる前日、最後に会話を交わしたのは従者であった貴方であると口にしてましたよね?」
「何が言いたいのですか」
そうは言いながらもフリジオが告げようとした言葉の意味くらいは理解できていた。
「クレマーティさん。貴方、グラジオラス団長の事について何か知ってるんじゃないですか?」
フリジオはクレマーティの対応をずっと見つめ続けていた。
ルードヴェキラに対しての異常なまでの嫌悪感。その素振りは玉座の間という神聖の場であろうと意思を剥き出しにしてまで主張する姿勢。
……しかし、その合間で見せていた“歯痒い表情”。
「存じ上げません。ええ、何も」
クレマーティは一人その場から去っていく。
「本当に何も知らないのですね」
「……仮に知っていたとしても、私はその事は口には出来ませんとも」
捨てセリフのように言葉を投げ捨て、彼の背中は次第に闇へと消えて行った。
「仮に知っていても口には出来ない、ですか」
「フリジオ様」
クレマーティとすれ違うように客人がやってくる。
「フリジオ、発見」
ようやく見つけたと言わんばかりに少女騎士も指をさす。イベルとエドワードであった。
「イベルさん。怪我の方は?」
「もう大丈夫。平気」
あれだけの高さから落ちて打撲程度で済んだらしい。さすがは育ち盛りの元気っ娘だとフリジオは彼女の無事を笑う。
「……フェイトさんは?」
「眠ってます。次の任務までは休んでおくと」
フェイトは早めの就寝を取ったらしい。
「僕に何か御用ですか?」
「……コーネリウスの件です」
フリジオはその返答を分かっていたかのように身構える。
「イベル様と共にコーネリウスと交戦したことは知っています……そこで彼女が何か、妙な事を言ってなかったかどうかをお聞きしたくて」
「どうしてですか? 敵として、彼女の動向を探っておく必要があるから?」
「彼女には付き添いの魔族がいました。その魔族が妙な事を口にしたんです」
ノスタルド。あの紳士な魔族の男が口にした言葉。
「“コーネリウスの監視”を請け負っていると……彼女に、何故監視がつけられているのかと思いまして。僕達を完全に裏切り、魔族の魂を売ったはずの女に何故?」
「……エドワード君」
フリジオはそっとエドワードの肩に手を乗せる。
「まだ彼女の事を仲間だと認識しての言葉だったら、その迷いは捨てたほうがいい。そうじゃなければ君達は間違いなく殺されますよ」
世迷言の一つでも聞きに来たのかと説教がてらに言葉を吐き捨てる。
最早彼女には躊躇も何もない。あの振る舞い、その言葉の全てが人類の敵であるということを象徴していた。故にフリジオは魔族狩りの一族としてエドワードを叱責する。
「それはっ……」
それが甘えた事であることもエドワードは理解していた。
心を落ち着けるため、その為に甘言を聞きに来たことも……自覚はしていたようだった。
「妙な事なら、散々言ってましたよ」
フリジオは去り際に一言言い残す。
「“まだこの力を扱えない”的な事をね。焦ってるように見えましたが……今の彼女のコンディションが最悪の状況であるのだとしたら」
彼が耳にした不自然な言葉。それをエドワードに告げた。
「叩くなら、今かもしれませんよ」
それは魔族狩りの一族としての言葉だったのか。それとも彼への期待に応えるための返事だったのか。
いずれにしても……それはどちらの意味をもってしても、今のエドワードには必要な言葉であった。
「というかイベルさん。貴方僕と一緒にいましたよね? 貴方は何も聞こえてなかったんですか?」
「難聴。風が強い」
……風、ただならぬ魔力。
それを誰より数倍近く感じ取る彼女の耳はそれで塞がれていたのだろう。
「まあ、いいですけどね」
呆れたようにフリジオはその場を去って行った。
その呆れた対象は____
イベルというよりは、フリジオが自身へと向けているようにも見えた。
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