PAGE.388「荒む大地を照らせ、【疑似・審判の極光】」


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 防衛線が起動し、既に四十分近くが経過している。クーガーは全部で五つは存在する防衛ラインの三つを突破。数えるだけでも既に千人近くの致命傷を出している。


「うっ……くぅっ」

 馬鹿力とスタミナが取り柄であるミシェルヴァリーも息を上げ始めている。無理もない、最初の防衛ラインからずっと前線を張ってきたのだ。精霊騎士団や他エージェント、数百名の武装騎士の援護があるにしても限界が近い。

「はぁ……はぁっ……!」

 コヨイもミシェルヴァリーと同じラインで戦い続けてきた。同様に体力の限界が近づいている。数百と刀を振るった腕も悲鳴をこらえるのが不可能になり始めている。


「……二人とも、一旦さがっていい。僕が囮になる」

「ありがとう……でも、いい」

 ミシェルヴァリーは大剣を手にしたまま、その場から動こうとしない。

「後輩たちを、守るって決めた、から……まだ下がれない。それに」

 息を荒くしながらも、立ち上がる。ディジーの厚意、無駄と思っていないわけではない。

「ここで下がれば……シアルに負担がかかる」

「私もまだ下がりません」

 彼女の言葉を遮り、コヨイも後ろへ下がる様子は見せないと断言した。

「ここで背を向けたら、師匠に顔向けできませんとも」

 コヨイに至っては意地。ホウセンの顔に泥を塗るわけにはいくまいと意地を張っている。

 敵に背を向けるなど戦士の恥。逃げ帰ってきたなんて醜態を晒すわけにいかない。

 互いの願いは、今この状況を持ってすればワガママに近い。


「言ってる場合か!」

 クーガーの集中を空へと向けるため、ドラゴンと共にロアドが代わりに囮を買って出る。

「ミシェルさん大丈夫ですよ! そこまで過保護にされるほど私たちもヤワな鍛錬はしていません! コヨイはワガママ言わずに下がりなさいな! こんなところで戦死したなんて事実が残る事こそ、ホウセンさんの顔に泥を塗るわけでしょうが!」

「戦死? 今、私が戦死すると言ったんですかロアド!? 私は間抜けに死に様を晒すつもり何て更々ありませんが!?」

「お前等ァッ! 喧嘩してる場合じゃねぇだろぉー!!」

 空から突っ込んでくるのはアクセル。

 ジェットブースター最大出力。金属製のグローブをつけたその拳を、勢いのままにクーガーの顔面に殴りつけた。


「おうらぁあああああッ!!」

 ……最大出力、のはずである。

 しかし、アクセルの一撃ではクーガーはビクともしない。

「いってぇええ!?」

 それはそうだ。いくら体を鍛えようとも、特別体の作りが違うミシェルヴァリーとコヨイ、そして精霊の加護を受けている精霊騎士と比べればアクセルの肉体は平凡でしかない。

 どれだけ勢いを増そうともダイヤモンドを素手で殴っているのとそう変わらない。アクセルは拳を押さえつけながら空中で苦しんでいる。

「あの、馬鹿……」

 囮の役にすらならなかったアクセルの元へドラゴンを駆るロアド。ひとまず彼をクーガーの射程範囲から逃がすことにした。


「……チャージは、まだ」

 ディジーがこれほどにない祈りを空へと向けた。

「いや、あれはッ……!」

 そして、その祈り。

 この場にいる全員が待ちに待ったその時はやってきた。


「!」

 警報。緊急信号が空へと上がる。

「全員下がれ!」

 “全員撤退”。

 空に上がった信号は王都での不備や、前線が危険と判断しての緊急退避命令ではない……彼等にとっては良い方向の報せ。


「皆逃げる! “チャージ”が終わった!」

 殲滅兵器のチャージがようやく終わった。 

 急ぎ、撤退の指示が出る。この場にとどまれば殲滅兵器の光に飲み込まれ巻き添えを食らう羽目になる。


「……了解」

 そんな間抜けな最後だけは死んでも御免だとミシェルヴァリーはシアルの待つ後方へと戻っていく。

「ほら下がるよ、コヨイ!」

「ぷいっ」

「不貞腐れんなよ……とほほ」

 疲れ果てたコヨイもアクセル同様にロアドへ回収され、空から撤退を開始。地上で踏ん張り続けてきた武装騎士達も即座に撤退を開始した。


「……ここからが、僕の仕事」

 最後の一人。ディジーはまだその場から動かない。

「逃がすわけには行かない」

 ギリギリまで。クーガーを殲滅兵器の射程圏内から逃がさないために最後の足止めを買って出る。


「土の精霊の後継者。ディジー、往く」

 巨大なハルバードと共に、精霊騎士の一人ディジーは土の闘士へと勝負を挑んだ。


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 殲滅兵器のチャージが終わった。いよいよ最終段階だ。

 光が装填される。この光があの怪物の全てを飲み込み破壊する。発射まで残り数秒近く、大半の避難も完了していると報告は入っている。


 勝利の一撃。それは間もなく発射されようとしていた。


「……あらら、思ったよりも早かったですね。もうすぐ発射ですか」

「時間切れですね、コーネリウス」

 フリジオは立ち上がり、レイピアを構える。

「大人しくした方が身のためでは」

「……時間切れ?」

 コーネリウスはふらりと騎士達の方を向く。


「まさか、本当にそう思ってるのですか?」

「!」

 発射寸前。しかしコーネリウスは他の闘士よりも一番殲滅兵器へ近い位置にいる。

 それに彼女の攻撃は……“射程圏内”だ。あの殲滅兵器の破壊が今からでも間に合う攻撃の持ち主だ。

 コーネリウスの人差し指が冷酷にも殲滅兵器へと向けられる。


「させるか……くっ」

 無理に飛び込んだのが災いしたか。傷を可能な限り抑えようにも被害が想像よりも大きい。自慢のスピードで彼女を止めようにも一瞬の苦痛がフリジオの行動を鈍らせてしまう。

「ははっ」

 冷酷にも、風の刃は殲滅兵器へと放たれてしまう。


「……む?」

 命中。

「小癪ですね。まだバリアですか」

 一瞬フリジオに気を取られていたせいであると同時、ある程度の魔法であれば弾き飛ばすことができるバリアの結界を塔へ張っていたおかげか、狙いが逸れた。殲滅兵器に直接命中はしていない。だがバリアは邪悪な風の刃を受け止め切れず大きな反動を与え微かに発射装置の土台のバランスを崩れさせる。

「だが私の勝ちだ!!」

 崩れていく足場。殲滅兵器はあらぬ方向へと銃口を変えてしまう。



「……させない!」

 イベルがただ一人、その場から学会の塔の頂上へと駆け抜ける。

「一体何を!」

「くっ!」

 フリジオは足掻きとして聖水入りの瓶を大量に投げ入れる。魔族化したコーネリウスの体にこの液体は毒でしかない。

 そんな悪足掻きを許すわけには行くまいとコーネリウスはその聖水全てを風の刃で破壊し、その液全てをフリジオの元へと押し返す。一滴たりとも自身の体にぶつけない為に。


「急速! 間に合わせる!」

 空を飛び、殲滅兵器へと急ぐイベル。

「はぁあああ____!!!」

 “変化”する。

 魔物としての姿。巨大なイノシシとなって殲滅兵器へと突っ込んでいく。


 ___体当たりだ。

 全員の命懸けの時間稼ぎを無駄にするわけには行かない。イベルはありったけの力で殲滅兵器の狙いを一瞬だけ、元に戻してみせた。



「発射! 当たれ___!!!」


 発射される。

 全てを飲み込む光。王都救済の波動兵器が王都外の大地へと。


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「……!」

 ディジーはギリギリまで耐えた。

 滞在限界時間を迎えたというプラテナスからの信号を受け取り、迎えに来たドラゴンへと跨り、その場から退避する。




 光が見える。

 王都全体を照らす光が見える。

 それは希望の光。

 世界を平和へとつなぐ勝利の光。


 その光は、大地の災厄であるクーガーへと襲い掛かる。


『________』


 地の闘士クーガー。

 その巨体。災厄そのものであった肉体は光へ飲み込まれていった。

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