PAGE.387「勝利のタイムアウト」


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「ちぃっ!」

 城門前。精霊騎士達の猛攻は続く。

 いくら無敵の防御を持っているにしても三人がかりならばどうにもならないはず。そう考えての総出撃作戦によりサーストンの進撃を阻止することには成功している。


「何なんだよコイツ! 斬っても斬っても何も起きやしねぇ!」

「精霊の力をもってしても通らない……これは一体!?」

 サイネリアとクレマーティの二人の体力は消耗する一方にある。

 精霊騎士団一の爆発力を持つサイネリア。そして精霊騎士団一の制圧力を持つクレマーティ。この二人の連携をもってしてもサーストンへ傷一つつけることは出来ない。

 全ての爆発を弾き、結界による支配すらも最早ものともしない。焦げカス一つつくこともない鋼の肉体を前に動揺を隠せない。


「俺の体が、精霊の加護のみだと思っているのか」

 サーストンは涼しい顔で刀を振るう。

「俺はそうは思わないね!」

 ホウセンがその一撃を受け止める。

 鋼の精霊の加護を受けた者同士。不沈の肉体を背負う者同士の一撃はぶつかり合う。

「何せ、数千年近く刀一本で生き残ってるような奴だ……相当鍛えているだろうよ。百年近くしか生きられない人間と違って、かなりの修羅場を踏んだに違いないよな。その体は」

 たった百年。人間とはそのくらいの寿命を持ってしか生きられない。


「……以前よりは腕を上げたか」

「ああ、たった百年でも。意味のある百年にしたいもんでな」

「そうか。だがお前の百年は無意味に終わる」

 以前と比べかなり鍛えた。精霊の力を使わずに、その一撃を受け止めただけでもその様子は伺える。

「ぐぐっ……!」

 しかし、それでも届かない。

 鋼の精霊の力。サーストンへ傷つけられる唯一の存在であろうホウセンですら、この怪物に傷をつけることは敵わない。


「興冷めだ人間ども。俺はもう闘志がすっかり失せた。それでもやるというのなら次は一撃で終わらせる」

「テメェ……!」

 目に見えた挑発でもあるし、それは彼にとってこの上ない本音であるとも思われる。ただ一つの真実を突き付けられ、サイネリアは怒りを剣に乗せかける。

「その余裕を後悔に変えて、」

 飛び出そうとした直後。彼女が無謀へと走ろうとしたその矢先の事だった。

「おっ、と?」

 揺れる。王都の街が揺れる。

 この上ない“魔力反応”が、揺れる大地を通じて体へと伝わっていく。


「……ふん」

 サーストンはただ一人、興味なさげに空を見上げる。

 一発逆転の最終兵器。人間が作り上げた“殲滅兵器”へと視線を向けていた。


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「むっ……!?」

 サーストンが徘徊した城門地帯とは反対方向。殲滅兵器へと向かっていたマックスも戦闘の手を止める。

 気が付いた。大地の揺れ、王都全体を通じて漏れ出している魔力反応に目を向ける。


「な、なに!?」

「これって……」

 コーテナとルノアも、ただ事ではない空気を前に手を止める。

 魔力を感じ取る事にはあまりにも敏感な体となっているコーテナはその異変に真っ先に気付いていた。そのような特別な能力を持っていない人間であるルノアであっても、その異変に気付くほどの事態。

 殲滅兵器が起動した。学会の塔からはただならぬ量の魔力が漏れ溢れる。


「ちいっ……他の連中は何をしている……!」

 みすみす逃してしまった殲滅兵器を破壊するチャンス。マックスはその事実を前にあたりの不甲斐なさを呪うように舌打ちをする。

「……いや、俺も同類か」

 そして、本人も“心のどこかで人間をみくびっていた”事を自覚する。

 魔王の力を持つ人間はおろか、普通の人間にさえも一矢報われてしまった。その事実が今の彼にとって最大の屈辱となっていた。


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 怒りのままに剣を振るうフェイト。

 フェイト一人に負担をかけるまいと、援護射撃を繰り返すエドワード。


「人間冷静さを欠けるとこの程度でございますか」

 魔力の込められたタロットカード。そのマジックアイテム一つのみでフェイトとエドワードの攻撃全てを完璧に封じ込めているノスタルド。その場から一歩も動かずにただ、カードを操るだけの男は問題もなさそうに人間を見下ろすだけ。


「どけ……そこをどけぇッ!」

 フェイトは光の魔剣を振るう。いつものようなスマートさの欠片もない。感情も制御できるまま戦うのその姿には以前の“完璧”だった面影が残っていない。

「不出来な」

 握りしめた一枚のカードをナイフのようにフェイトの方へと突き刺す。

「ぐあぁっ……!」

 本来であれば、冷静であれば見抜けたはずの攻撃だった。

 しかし彼女はその攻撃を許してしまった。切り裂かれた肩から噴き出す血が、両腕の光の魔剣に触れると蒸発して消えていく。

「フェイト!」

 エドワードは魔導書の発動をやめ、フェイトの元へ駆ける。


「では、これにて」

 トドメにまた一つ、タロットカードを握りしめる。最後の一振りとしてカードをフェイトの脳天へと振り下ろそうとした。


「……むむっ」

 カードが彼女の脳天へ触れようとしたその直後。ノスタルドは腕を止める。

「……何との事態か。コーネリウスめ、間に合わなかったか」

 学会の塔。ノスタルドの視線はそこへ向けられている。

「しかし、マックス様まで間に合わぬとは……」

「逃がさんッ!」

 塔を見上げたまま、カードで結界を張る。余所見をしていようとも、“攻撃”の気配くらいには感づける。

「これはこれは」

 隙を見せたノスタルドの元へと飛んできていた小隕石。それを何の苦痛な表情を浮かべることもなく防ぎきってみせる。


「ッ!!」

 しかし、エドワードはその光景を前に動じない。むしろ分かっていると言わんばかりの表情。

「フェイト、一時撤退だ!」

 彼の本当の目的は……フェイトの救出。

 身動き一つとれなくなったフェイトの体を抱き寄せると、エドワードは即座に別の魔導書を発動させる。


「ほうほう」


 光。眩い光が二人の体を包み込む。

 ……物の数秒で、二人の姿はその場から消えていた。緊急テレポートの魔導書は二人を安全な場所へと退避させたのだ。


「逃げましたか」


 二人が消えた。その光景から目を逸らしてはいるものの、感覚だけでそれを感じ取る。ノスタルドは一人静かに、エネルギーが最大にまで充填された殲滅兵器を見上げていた。

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