PAGE.384「破滅のアルカナ。人々の惨劇を嘲笑う塔。」


 一枚のタロットカード。投げナイフのようにそれはフェイトの額へと飛んでくる。


 フェイトの光剣を受け止めたカードだ。何の仕込みもされていないカードとは思えない。特別な魔力を込められていることは明白である。カードをキャッチすることは勿論、受け止めることはしない。突然のプレゼントはお断りだとカードに向けて剣を振るう。


「……ッ!?」

 光剣を通して、その衝撃が手首と肩に響く。

 やはりただのカードではない。魔剣で弾いた途端に、棒切れで砲丸を受け止めたような感覚がフェイトに襲い掛かる。弾いたカードは地面に向かって飛んでいき、固められた地盤の大地に突き刺さる。


 ぐらんと肩を落とすフェイト。

 地面に突き刺さったカードに、黙々と目を通す。


「差し上げます。今の貴方には相応しいカードでしょうから」

 カードはやはり“塔”。位置は正位置だ。

 フェイトはタロットを嗜んだことはない。だが多少であれ、お遊びとして何度も見かけたことがあるので地面に刺さったカードが何を意味するかを理解している。


 正位置の塔。

 それは……“破壊、破滅、崩壊、災害、悲劇、惨劇”……その他にも精神的に大きな欠損や被害を及ぼすような意味合いが込められたカードだ。


 崩壊している。今の彼女は破滅している。

 このカードのプレゼントは今の彼女にとってはニトロにも及ぶ着火剤だ。


「……ぁあああああッ!!」

 二刀流。魔力の消費は尋常ではないはずなのに、それを無視してさらに光剣は大きくなっていき、込み上げる魔力もさっきの倍以上のモノへと跳ね上がっていく。

 最早、彼女を鎮火させる方法など何処にもない。コーネリウスの口から告げられた真実、そしてそれを第三者が他人事ように煽り火を被せる。

 どうにもならないはずがない。人間の体では受け止め切れようのない怒りに溺れ、フェイトは突っ込んでくる。


「ふむ、見事な歯ごたえ」

 攻撃をカードで受け止める。

 更に出力を上げたはずのフェイトの魔剣でさえも受け止めてしまった。これだけの殺意をもってしても、ノスタルドは怯える様子を一切見せずに堂々と振舞っている。

「ですが、崩壊してしまった人間の地下などこれが限度でしょう」

「……くそっ、くそぉおおおッ!!」

 もう、彼女の存在は殺意の結晶でしかない。これ以上の着火も意味をなさない。文字通り、崩壊寸前にまで落とし込まれている。


「……いい加減にしろ。魔族共」

 怒りに震えるのはフェイトだけではない。

「お前達は一体……どれほどフェイトを傷つけたら気が済むんだッ!!」

 友人であり、許嫁である少女フェイト。

 数年間。コーネリウスに対しての怒りに見舞われる日々を覚えながらも、その何処かでは彼女への期待を秘めて数年間を生きてきた。

 それを砕かれた。魔族はそれを笑い続けた。こんな冒涜を前にして、黙っていられる男ではない。


「フェイト! 避けてくれ!」

 警告を告げる。それを聞き届けるくらいの意識は残っているはずだ。

「暗示と共に焼き消えろ! 崩壊するのは貴様の方だ!!」

 振るった片腕から業火が波のようにノスタルドを飲み込んでいく。間一髪、エドワードからの警告を聞き届けたフェイトは民家の真上へと避難する。

 光線のように放たれた炎。

 残り火を大地に残しながらも、次第に火の手がエドワードの意思によって消えていく。


「お見事です。かなりの使い手と申し受けます」

 ……だが、効いてない。

 ノスタルドの周りに展開されているのは“魔力の込められたタロットカード”。それが一種の結界を作り、自身の体を炎から守っていたのだ。

「くっ……!」

 怒りに溺れているとはいえ、全力を出しているフェイトが苦戦を強いられた。その地点で察してはいたが改めて舌打ちをする。

 この相手。そう易々とコーネリウスの元へは行かせてはくれないようだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 殲滅兵器まで残り僅か。屋根の上をつたって、コーネリウスは学会の塔へと急ぐ。

 狙いは既に王都の外で暴れているクーガーに向けられている。チャージもこれだけの時間がかかれは発射間近まで装填が終わっていることに間違いはない。

 そして、他の魔族もまだ学会の塔へは到着していない。何らかのアクシデントがあったか、ノスタルド同様に足止めをしている可能性があると見受ける。


「なら、私がやらないとね」

 破壊の命をコーネリウスが引き受ける。両腕に風を集め、半透明の風の刃の形成を始めた。


「到着、不可」

「!」

 敵の気配。感の鋭いコーネリウスはその存在に気づく。

 目にも止まらぬ速さで接近。ブーツに仕掛けられたブレードは喉を狙っていたのだろうか。コーネリウスの寸前でピタリと止まっている。

「お久しぶりですイベル様……息災でございましたか?」

 風の刃で寸前に止めたのだ。精霊騎士団の一人・イベルからの奇襲を。


「……それともう一人!」

 真後ろ。そこからも気配を感じた。コーネリウスはガラ空きだった背後にもう一つの刃を運んだ。

「おおっ! さすが」

 聖水をこれでもかと添付したレイピアの先端がギリギリのところで背中に刺さっていない。あと寸前だったというのに勿体ないとフリジオは苦笑いをする。


「ふふ」

 一度距離を取るコーネリウス。

 目にも止まらぬ速さ。防御が間に合ったとはいえ、ここまで接近を許すスピードを持つ相手は彼女の思い当たる節では二人ほど。

「さすがです、フリジオ様。怪物退治は慣れていらっしゃる」

 もう一人はもとより小柄ですばしっこい。魔族の体ということもあって人間とは並外れた身体能力を持つイベル。それ以上のスピードで対峙にかかるフリジオの執念にもコーネリウスは拍手を送っていた。


「お久しぶりですね、コーネリウスさん。お元気でしょうか」

「フリジオさんこそ、元気そうで」

 同じ風の魔法使い同士。それなりに交流も深めていたようでまずは一礼でご挨拶。

「……どうやら本当に敵の様ですね」

「残念ですか?」

「いいえ? 功績と成り得る強大な敵が現れてくれたおかげで嬉しい限りですよ」

「さすがはフリジオさんだ」

 相変わらずの返答。昔の付き合いなど全く気にする素振りも見せない対応にコーネリウスは素直に面白く笑ってしまう。


「……この空気は実にやりやすい」

 コーネリウスの体に風が集まってくる。

 香りも匂いも窮屈。そして肌触りも体を舐めまわすような気持ちの悪い感触があって不気味。人間にとって害にしか思えない邪悪な風を纏っていく。

「いいですよ。殺したければ殺しにかかってください」

 変装用に使っていたグレンの住民の衣服が風によって引き裂かれていく。


「もう私は、人類の敵なのですから……なので私は人類である貴方達を、殺します」


 人間の肌。そこから微かに表れてくる“魔族らしい模様”。

 破れていく衣服の中から……森の妖精を思わせるような衣装。ボロボロに歪んだ道化師にも思わせる衣服が現れ、コーネリウスの瞳の片方はピエロの面を思わせるように真っ赤に染まり、魔物らしく歪んでいく。


 最小限、胸と局部を隠す程度の解放的な衣装。そこから顔を出す女性の柔肌。魔族の模様らしきものに染まっていくその姿は、官能よりも不気味さを引き立たせる。


「付き合ってもらいますよ」

 フリジオ。そしてイベルは強大な魔力の変化を前に身構える。

「“風の闘士・コーラルド”の力。そのデモンストレーションを」

 コーネリウスのその姿は人間の面影を残していながらも、雰囲気は魔族そのもの。かつてからの大人しさが不穏にも感じられる。

 人類にとっての脅威である“地獄の門”としてのコーネリウスの姿が、ついにこの王都へと晒された。

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