PAGE.370「『ただいま。』の凱旋」


 グレンの島を離れてから四日近くが経過した。

 進路方向に異常はなく、王都からも全ての飛行船を受け入れる準備は整っているとの伝達が送り込まれた。


 あとは数時間もたてば王都へ到着する。


「皆、元気にしてるかな~」

 食堂のテーブルでランランと体を揺らすコーテナ。

 学園でよく遊んでいたアクセルにロアド、そしてコヨイ。他にもエージェントであるシアルやミシェルヴァリーにステラ。それに精霊騎士団のイベルなど、早く会いたいと願うばかりの人たちが大勢いる。


 この一年半。ラチェットの手紙と一緒に送られてきた写真を見る限りでは全員元気にやっているようで、もっと強くなるためにと勉強や修行を怠らず日々努力しているようだ。

 早く会いたくて仕方がない。

 コーテナはより早く体を揺らし始めていた。


「コーテナちゃん、髪の毛乱れてるよ?」

 食堂で一休みしていたルノアはふと、コーテナに声をかける。

「え? ああ、これ?」

 コーテナの髪はもとより癖が強く、何処かしら跳ねていることはある。髪の毛の手入れをしていないとよく勘違いをされてしまうが、これでもしっかりと洗って綺麗にしている。その証拠に触ってみると案外滑らかだ。

 だがそんなクセ毛の話、云々の事も別として。

 寝ぐせにしても、ワックスで立てたかのような跳ね方をしていた。起きた後に鏡も見ずにそのままここへ来たのかと言いたくなるくらい。


「いやぁ~。ここ最近、テンションが上がると何故かこうなっちゃって」

「治してあげるよ」

 ルノアは手荷物から手櫛を取り出すと、そっと髪の毛を下ろしていく。

「うん、ありがとうルノア」

 髪の毛に櫛が通るたび、くすぐられているようで面白い声を出すコーテナ。その様子は愛らしい女の子同士のじゃれ合いではあるが。


(トリマーと犬みたいだナ)

 その場にいたラチェット曰く、ペットショップの一風景に見えなくもなかった。

「犬みてぇだな」

 ラチェットの隣に座っていたクロに至っては包み隠さずハッキリと言った。


「あれ、この髪の毛、熱い」

「その髪の毛ね……たぶんだけどボクの魔力が関係してるかもって、ロザンさんが言ってた」

 髪の毛を整えてもらっている中、コーテナは口を開く。

「……魔王の力を使うようになってから、たまに魔力が溢れるようになって。ボクが喜んだり怒ったり気持ちが高揚すると……その魔力が体の外にちょこっとだけ漏れちゃうみたいでさ。その魔力が影響でこうなるみたい」


 魔王の魔力の影響。

 それは心に独自の闇を持たぬ人が抱えるものなら……一瞬にしてその身を崩壊しかねない絶黒の存在。器となる者に壮絶すぎる力を与える唯一無二の魔力なのである。


 コーテナはその魔力の制御には成功した。しかし、今も魔力は体の中で不規則に暴れまわっているようで、こうして興奮するたびに魔力が無意識にあふれ出してしまう事があるらしい。コーテナの髪の毛の乱れはその表れだった。



「コーテナ、お前」

 制御は出来るようになっても、やはりあの魔力は彼女の体を蝕んでいる。彼女はその苦しみに今も耐えている。 

「大丈夫だよ」

 コーテナは心配そうに声を上げてしまったラチェットに視線を向ける。

「もうボクは何処にも行かないから。絶対にボクはボクのままでいるから」 

今の彼女の瞳には強がりという感情は芽生えていない。

 その心にはもう闇は存在しない。仲間、大切な存在達にもう折れることのない意思を表明する。


「だから心配しないで……ボクは、ボクと皆の為に、いっぱい強くなったから」

「コーテナ」

 以前とは違う瞳を見せた彼女にラチェットは胸を熱くする。



「うわぁああコーテナちゃぁああん! 今度は絶対裏切らないからぁ! 最後まで絶対友達でいるからぁああ! 最後まで守り切るからぁあああ!!」

 健気な彼女の姿に涙脆いルノアは手櫛を放り捨てて、大泣きしながら彼女の体を万力のように抱きしめる。この様子、どうやら以前の罪の意識は一年半たった今でも払拭しきれていない様子。

「痛い痛い痛い!? ルノア、ちょっと力強くなったぁあ!?」

 あれだけ大きな剣を振り回しても体が持っていかれなくなったのだ。結構鍛えたのか、ルノアの腕力は少女のそれにしては相当なものだった。


「……お前、本当アイツには弱いのな」

 クロは面白半分で固まっていたラチェットに呟く。

「ほっとけヨ」

 ラチェットは照れ隠しに首をそっぽに向けていた。


(まぁ、当然か。この世界に来てからずっと一緒に冒険をしてきた仲間……家族みたいなものって言ってたからな)

 一年半、ずっとコーテナに手紙を送り続けた。一緒に修行している最中もずっとコーテナの事を気にしていたのをクロは思い出す。

(俺に出来る事。どこまで出来るか……いや、出来るかじゃない。やってやるんだ)

 クロの胸にはペンダントがある。

 大切な父親との思い出の写真が挟まれたペンダントが。


(……恩は必ず返す。それが俺に出来る恩返しだ)

 去り際に嬉しそうな表情を浮かべていたラチェット。そして友達と一緒に笑い合うコーテナ。

 あの笑顔が二度と曇らないように。

 クロは家族の写真が入ったペンダントを握りしめ、改めて心に誓っていた。自分がなすべきことと、描く夢を。


「お楽しみのところ申し訳ないが」

 盛り上がってる中、食堂にアタリスは現れる。

「王都へご到着だ」

「本当!?」

 コーテナはぴゅんと食堂を出ていく。やはり子犬のようだ。


「外の方も、大方盛り上がっているようであるがな」

 意味ありげな言葉を口にして、アタリスは振り向きがてらに唇を怪しく歪める。

「不安な事をアイツの前では言わずに俺の前ではハッキリいいやがっテ」

「ふふふ」

 アタリスは走り去っていったコーテナを追いかけて行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 甲板へと向かって走っていくコーテナ。

「……!?」

 そして、唖然とする。


 停着所から見える街の風景。

 王都の景色。それはかつての災害によって滅茶苦茶になっていた街が綺麗になり以前のような美しさを取り戻している。


 ___だがその先。王都の門を抜けた先の平原地帯。


 遠目で見てもわかる景色。

 

 爪痕。クレーター。そして地割れ。

 非情に荒れ切った、悲惨な大地が濁った砂埃と共に視線を支配した。

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