PAGE.368「雲間の中の休息(前編)」
五日後。伝書鳩の報告を受け多少の遅れがありながらも、グレンの住民全てを一時的に島から避難させるための飛行船が到着する。
全部で二隻。移動の際に不都合なども特に確認されず、すぐにでも王都に向かって一直線。滞りなく移動は開始された。
「おおぉ~、動くとまた迫力がある!」
グレンの住民たちが避難した飛行船とは別。ラチェット達が所有する精霊皇の飛行艇の操舵室。雲間を避けて海の彼方を進んでいく風景に感服を覚えるコーテナ。
「なんかこう……グォオオオーーというか! 何か胸にドカンと来るというか凄い!」
「擬音が凄そうだからとりあえず興奮してるのは分かっタ」
圧巻としたこの景色は、そこらの観光ガイドブックにも載っていない貴重なものである。そこらの飛行船とは違う古代兵器の操舵室の風景などそう拝むことなど出来ない。
「だろう? 私も最初にこの船に乗ったときは興奮したものさね」
操舵室にて風向きの確認などを行うのはオボロの仕事のようだ。舵を手にしながら大笑いをするオボロの姿はまるで船長のようである。
「いやはや、とんだお宝を手に入れちまったものだねぇ!」
「管理は任せてるが差し上げてはいねーからナ?」
精霊皇が使用していたという飛行艇。それは今の技術とはまた違う“古代文明の更に前の文明”によって作られた、“記録に残らなかった乗り物”。
学会でさえも未開拓であったお宝を前に興奮するオボロには釘をさしておく。これはあくまで精霊皇のものであって、借り物であることをしっかりと。
「凄いなぁ~! そんな昔の文明の乗り物の管理も出来ちゃうなんて! やっぱりオボロは物知りだよ!」
「最初は何が何だがと訳分からないモンだったけど、学会の皆様のご協力でようやく動かせたってわけさね。動かし方さえ覚えてしまえばあとは手足のようなものよ」
この飛行船の技術は今の学会のメンバーでさえも解析不可能な部分が半分以上もある。動かすのも相当苦戦したようだ。
「まっ。こっちは命令するだけで、ほとんどはあの六面体が動かしてるんだけどね~」
船の自動操縦や起動。そして魔力供給など全方面でのシステムを管理してくれているあの六面体のマジックアイテムがなければ今頃起動すら出来ていなかったはずである。
「どうして飛行船の事に詳しいの?」
「ああ、それはね」
「コイツ、トレジャーハンター時代に一隻泥棒したことがあるみたいデナ。一部の国では有名な泥棒とお尋ねモノだったって武勇伝みたいに自慢してたゾ」
「あははは……」
飛行船の 技術はその際、一発勝負で身につけたものだと聞かされていたラチェット。ベラベラと話されたオボロはそのことに関して照れながら苦笑いをしていた。
良い子ちゃんであるコーテナを前には、それは黙っておいてほしかったようである。現にコーテナは『悪いことしちゃだめだよ』と怒り始めていた。
「おっと」
苦笑いで焦るオボロを横に、ラチェットはお腹を鳴らす。
船が到着したのは昼を過ぎたころ。そこから荷物の出し入れなどで数時間を用いり、気が付けば夕暮れ時に差し掛かっていた。時間的にもお腹に物を詰め込みたい時間である。
「そらそら、良い子ちゃん達はごはんの時間だよ。ここは私に任せて、二人はとっとと食堂にでも行ってきな」
オボロは両手を叩きながら、二人を操舵室から追い出した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
食堂。この船には当時結構な乗組員がいたのか、ラチェット達のメンツを含めるにはあまりに多すぎる座椅子とテーブルの数。
隅っこの席にてラチェットとコーテナ、クロにルノアと揃ったメンバーがスカルの特製スパゲティーを晩御飯にお腹へエネルギーを蓄えていた。
「あれ? アタリスとフリジオは?」
「風にあたってくるってよ。アイツラ、結構早めに食べに来た」
最早、エプロン姿がサマになってしまったスカル。ロックンロールな服装に主婦が使っていそうなエプロンだなんてアンバランスの光景も見慣れてしまった。
どうやら先客二人は既に食事を終えて、甲板で一休みしているらしい。
「……大丈夫だったんでしょうか?」
ルノアはご馳走様の合掌をしたところで、口元についたソースを紙ナプキンで吹きあげてから口を開く。
「ロザンさん達を置いて行って」
島を出る前。ロザンと数名の修行僧は島に残ると言い出したのである。
寺を空けるわけにはいかないと断固同行を辞退していた。それ以外にも、皆が帰ってこれるようにと、ある程度の後片付けくらいはしておくと聞かなかったようだ。
あの出来事の後だ。彼らを残しておくことには不安は残ってしまう。故に、一時期の間だけ、ソージ達カルボナーラの面々も島に残ると宣言していた。
今、島に残っているのはロザンと数名の修行僧。そしてカルボナーラの面々。頼りになるメンツではある。
だが、アーケイドの軍勢を見た後だ。
ルノアは若干の罪悪感を浮かべながら、ひっそりと不安を口にする。
「あんなに大地を踏ん張って堂々と言われちまったらよぉ。そりゃ無理やり連れて行けるわけもないしなぁ~」
グレンの島。村の主であるロザン。
その責務をしっかりと全うする。かつてのような生活を取り戻す為に、主として出来る仕事をすることを彼は選び、島に残ったのだ。
「すげぇ爺さんだぜ。騎士団の奴らが言ってた通り、頑固で馬鹿強い奴だったよ」
かなりの年配だというのにその根性と体力には感服する。完全なる復興は難しいかもしれないが、宣告通りある程度の回復はさせてしまうのではと期待まで浮かべてしまうあたり、彼の存在の素晴らしさが伺えてしまう。
「島の方には王都騎士がたまに支援を送るらしイ。グレンは大丈夫だと考えてもいいだろう……それよりもダ」
ラチェットは険しい表情でホットココアを口にする。
「俺達が離れてる間に……“王都”で一悶着あるってのが気になるナ」
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