PAGE.357「先の夢を目指した者」


 城塞の砦に追い込まれたロザン。砲丸一つ受け止める硬度の壁を突き破った体には老体には響いたであろう。


 首を鳴らす、背中も数発殴って骨に鞭を打つ。正面からやってきた“将来有望”な若者の一撃を受け止めたロザンは嬉しそうに笑っている。


 久々の再会。といっても数時間ぶり。

 いよいよこの戦いにも決着がつく。何度もお預けにされた展開。


 エキスナ。魔族というには人間の女性によく似た美しい姿。

 衣服越しでも分かる締まった肉体。大地を踏みしめる頑高な肢体。磨き上げられた肌色の皮膚に包まれた筋肉。


 女性に対して、これまでの興味を持ったのはいつ以来かとロザンは今までの人生を振り返っている。ここまで“惚れ”という感情に振り回されたのもいつ以来であっただろうかと。


「……戦う前に一つ、聞きたいことがある」

「何だ」

 エキスナは珍しく無駄口を挟んできたロザンに疑問を投げかける。何か意味のある問いなのだろうかとその質問を受け止めた。


「……主は、“魔力”に恵まれていないな」

「ッ!!」

 ロザンの言葉。それに対し、エキスナの顔つきが変わる。


 その異質さの正体。ロザンは気が付いていた。

 そうだ、このエキスナという人物は……“魔力”が存在しない。魔力という概念に恵まれなかった、この世界で言うには出来損ないの一人であったのだ。


「キサマッ……!」


 エキスナに殺意がこみ上げてくる。

 ロザンに対して向けられるその怒りは“失望”にも近い感情がこみ上げている。


「魔力がないから、どうした」

 拳の構えがより一層鋭くなっていく。

「魔力のない体、そして雌の肉体……取るに足らない相手だと言いたいのか」

「そうは言っておらん」

 これだけの殺意を前にしても、ロザンは身を屈む気配一つ見せはしない。拳は今も手の後ろ、いつでも彼女の一撃を正面から受け止める準備をしている。笑ったままだ。


「……魔力に恵まれていない肉体でありながらも、その技のみで登り詰めた逸材。ここまで男として惚れたのは久々。長生きすれば良い事があるのは本当のようだ」

 ロザンはそっと、拳を突き出し自身の心臓へ向ける。

「私は生まれながらに“魔力”に恵まれなくてな」

 ロザン。グレン最強と呼ばれている所以。


「魔法など、一つも使えんよ。ワシも時代遅れの若造だったさ」


 “その肉体と技のみで強さを証明した”からだ。

 この男は魔力に恵まれなかった。この世界で魔力を微塵も持たずに生まれる存在は本当に稀であり、数えるくらいしか存在しない“この世界の生き物としての失敗作”。


 だが、この男は絶望しなかった。むしろ、その肉体のみを磨いた。

 エキスナ。この目の前にいる魔族と同じように。


「魔力に頼る若者達は軟弱者が多くてな。強者とも拳を交えてきたが常に不敗。死に間際の老体、精霊騎士団にでも喧嘩を打つなんて、うつけな真似をしようと考えたものだが……」


 ロザンは大地を踏みしめる。拳を突き出す。

 殺意を向ける魔族の雌。技のみの女・エキスナへと意思を返す。



「楽しみだ。技のみで強きを屈するその腕……」


「……実に、奇妙な因果」


 エキスナの殺意。それは失望とは違うものへ変わっていく。

 “期待”。そして“願望”。


「あのワガママな王には感謝をしなければならない」


 魔族界。肉体のみで世界を渡り歩いた魔女。

 見向きもされなかった存在に、期待ある存在であると手を伸ばしてきた寛大なる王。面白い存在を放ってはおけない好奇心のみで構成された自由な王。


 その姿を思い出し、エキスナは“感謝の念”を込めて笑顔を浮かべる。


「戦場はあれど、死に場所はないと思っていたがな……!!」


「勝負!!」




 拳がぶつかり合う。


 そこには本当に魔力という概念が存在しないのか。

 互いに種族の枠を超えてしまった者同士の鍔迫り合い。


 二人を覆っていた砦の外壁は、たった一発のぶつけあいで嵐のように吹き飛ばされていった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ___アーケイド城本丸。

 玉座の間へと続く道の途中で待ち構えていたのは四天王の一人・アルヴァロス。


 この世界の希望。そして若き戦士達は既に玉座の間へと向かって行った。王の部下として本来ならば追うべきなのだろう。


 だが、アルヴァロスは追わない。

 それは……王へ対する侮辱、無粋であると考えているからだ。


 それだけではない。アルヴァロスはこの場から離れるわけには行かないと感じていたのだ。この震える情熱をほったらかしにしておくのはあまりに惜しいと。


 少女アタリス。その見た目にそぐわぬオーラを持つ少女。

 アルヴァロスは少女の正体を知る由もない。魔族界でも有名であった怪物ヴラッドの娘であるという事を微塵もだ。

 

 だが、そんな情報は強者同士の世界では些細なもの。ほんの小指一つの微塵な要素に過ぎない。


 強い。ならばそれでいい。それだけでアルヴァロスはそこへ残る理由はある。


 一度アタリスを押していたアルヴァロス。アタリスの能力を通さぬ“情熱にまみれた体”、熱く燃え盛る肉体にアタリスの炎は通らなかった。一度二人の決闘を見た後では、この戦いはアルヴァロスに圧倒的な分があると思えるものだろう。


「……あなたの奥の手、凄く楽しみだわ」

 しかし、あれがアタリスの全てではない。

 

「お預けにされたんですもの。失望はさせないでしょうね」

「では、期待に応えるとしよう」


 アルヴァロスの言葉に応えるようにアタリスは走り出す。


「……“踊れ”」


 片手を天井に掲げる。

 捧げた片手が歪む。蜃気楼のように空間が歪み、次第にその火傷まみれの幼い右腕は灼熱の炎を纏っていく。


 炎に包まれた腕。

 アタリスはそれをアルヴァロスの豊満な胸板に叩きつけた。



「!!」


 アルヴァロスは震えた。




 ……熱い。体が熱い。

 どのような熱も通らない情熱にあふれた筋肉の皮膚が……“真っ黒こげに切り裂かれている”。胸板から飛び出した魔族の体液がアーケイド城のレッドカーペットを汚していく。




「“第四の力”」

 アタリスが掲げる炎を纏った右腕。

「父の真似事ではあるが……如何であるかな?」

 気が付けば、彼女の右腕の炎は“剣”へと形を変えていた。

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