PAGE.337「リザード・ブラザーズ(後編)」
子供達を餌にでもすれば、ほとんどの戦力が動くことだろう。
だが、それはあまりにも浅はかな考えである。大半の村人達が逃げ隠れしたイチモク寺の守りを薄くするなんて事態にするわけがない。
しっかりとロザンは用意していたのだ。
村人には誰一人手出しさせない最強の門番達を。
「ふわぁ~」
「あー、首が痒い」
……強敵というオーラを全く見せない少女二人。
アリザは昼寝の時間を邪魔されたのかアクビをかましている。スノウは変身後に現れた羽が首元に残っていたのか、それが刺さって気持ちが悪いご様子。
気が抜け過ぎていて、緊張感を一切感じさせない二人。
「ひゃっはっは! 門番がいるかもしれないって言われてたけど、女二人かよ!」
「こりゃぁ、楽勝だぜぇ!」
リザードマン三人は自信満々に距離を詰めていく。
一体は爪を尖らせ、一体は牙を剥き、もう一体は兄弟の中でも一番長いという尻尾を鞭のように振り回す。
二人の少女に向かって、三人のリザードマンは飛び込んだ。
「……うるさいっなぁ!」
アリザは即座に武器である鉈を構え、体を変化させる。
そして一閃。
飛び込んできた三体にその一撃が命中する。
「「「ぎゃぁあああっ!?」」」
少女とは思えないパワー。魔族の中でも結構な力自慢のリザードマン達はたった一振りの攻撃で一斉に追い返されてしまう。
一体はその場で着地、もう一体は右手を負傷。
残り一体はそのまま門の外へ。落としてしまったオニギリのように長く続く階段を転がり落ちていってしまった。
「……アイツは私がやるよ」
門の外へ行ったリザードマンを処理する為にスノウも変化する。
両手は怪鳥を思わせる獰猛な羽へ。目元も魔物のように鋭い目つきになると、その地を飛び立ちイチモク寺の外へと飛んでいく。
「行ってらっしゃーい」
体半分が鬼のような魔物の姿へと変貌したアリザ。
不気味な見た目になりながらもその雰囲気は一切の変化がない。退屈過ぎる相手を前にアリザはさっきよりも大きなアクビを晒していた。
「こいつら……まさか、魔族か!?」
「いいや、たぶんだが半魔族だろうな……」
リザードマン兄弟の二人は聞いたことがある。
人間の中には魔族の血を通わせる半魔族というものが存在する。その中には魔族の血が活発になり体を乗っ取られる奴も少なくないという。
だが、魔族の血が活発になった一部の人間の中で、魔族の力を自らの能力として駆使する人間が存在すると聞いたことがある。今、目の前にいるこの小鬼の少女こそがその人物の一人だという事だ。
「お前は寺を探し回れ! 何としてでも村人を捕らえて、占拠するんだ!」
「任せたぜ兄弟!」
右手に傷を負った程度のリザードマンに寺の散策を任せる。
一切の傷を負っていないリザードマンがこの少女の相手を担当することに。油断ならぬ相手だと判断した為に無傷の自身が残った方がいいと考えたのだろう。
「……さぁ、かかってきな! 小娘ぇ!」
「行くよぉ~」
鉈を構えるアリザ。
リザードマンは自慢の牙を剥く。
次は油断しない。今振り出せる最大のスピードとパワーを持ってアリザに襲い掛かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
イチモク寺の外の階段の下。
さすがに丈夫な体の持ち主とだけあって、階段から転げ落ちた程度では大したダメージにはなっていないようである。
「いててぇ……」
だが、何度も頭をぶつけたせいか、クラクラしているようだ。
意識が復活するのにはもう少し時間がかかる。早いところ寺へと戻って、制圧の手伝いへと戻らなくてはならない。
覚醒していく意識。リザードマンは再び階段へ足を置く。
「……アレ?」
ところがどうだろうか。
リザードマンの足は階段どころか、“地面”にもついていない。
浮いている。
体が階段どころか、大地から離れていく。遥か上空へと連れていかれてしまう。
「な、なんだ!?」
思わぬ現象の発生にリザードマンの意識は完全に再生した。状況を理解できない彼は何が起きたのかとあたりを見渡している。
首が痛い。
今思えば首が痛いし息苦しい。何者かに足で首を絞めつけられている。
「はいはい、暴れないでね」
両手が羽に。裸足に下駄だった足元も鳥の足のように変化。スノウだ。
リザードマン一人空へと引き上げていくスタミナ、そして逃がしはしない脚力。大暴れするリザードマン相手にに、バランスが崩れるからやめろと呑気に注意の一つでも果たす。
「こいつ、離せ! 離せ!!」
何度も何度も、爪を尖らせ足を引っ掻く。
「痛い痛い痛い」
棒読みでスノウは繰り返す。
頼むから乙女の生足を引っ掻くのはやめろと声にドスがかかってくる。今すぐにでも痛い目合わせてやろうかと思っているが、この距離ではまだ足りない。
「離せっつってんだろ、このクソガキ!」
「……もう、頭きた」
クソガキという言葉に完全にブチギレた。
更に空へ。リザードマンの体を運んでいく。あとちょっとでもしたら雲の海の中へ飛び込めそうな勢いである。
だが、あまり近づきすぎると呼吸が苦しくなる。
これくらいでいいだろうと距離を見積もったところで、スノウの体がピタリと止まる。
「離せぇー!!」
「離してあげるよ!」
離す。
地面へ叩きつける様にリザードマンを投げ飛ばす。
「本当に離す奴があるかぁああああ!?」
そのまま地面に向かって一直線。
「ぐぉおおおおおおっ_____」
突き刺さる。
「……。」
顔面から石造りの階段に突き刺さる。
まるでダーツの矢のようだった。グサリと刺さったリザードマンの体は硬直したままピクリとも動かなくなる。
震える様子も一切ない。
自慢の尻尾もへたりと地面についてしまった。
「……離せって言ったのは君なのに」
地面に降り立ったスノウは呆れたようにリザードマンの体を眺めていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
イチモク寺の入り口。
「……あれれ、もう終わり?」
そこには息切れ一つ起こさずに立ったままのアリザ。
そして、その容赦ない強さを前に完膚なきまでに叩き潰されたリザードマンがグッタリと倒れている。ダイイングメッセージの一つとして、人差し指で地面に『クソガキ』なんて言葉を残していた。
「うーん、終わりっぽいなぁ」
拾った木の枝で何度もリザードマンの頭をつつく。
動く気配がない。ただの屍のようであった。
「……さぁて」
確かリザードマンはあと一人いたはずである。
「“そろそろ終わってる”と思うけどぉ……見に行ってみよぉ~」
ところがそんな存在に焦る必要もなく、アリザはウキウキしながら残りのリザードマンを呑気に探しに行き始めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
イチモク寺。中庭。
村人達はイチモク寺の地下室にて修行僧達が護衛している。その入り口はイチモク寺の中の何処かに隠されている為に外を探しても見つからない。
「何処だ!? 何処にいやがる!?」
だというのに、リザードマンは外を探し回っていた。
完全に的外れ。馬鹿の一つ覚えで外を探し続けていた。
「早く見つけて、兄貴達の手土産にしたいんだがなぁ」
どうしたら見つかるだろうかと項垂れ始める。
「……寺燃やせば出てくるかな」
そっと立ち上がり、寺を眺める。
リザードマンは口を広げ放火の準備。寺を燃やせば、きっと中から人間達が逃げて出てくるだろうと最終手段を取ろうとしていた。
あと数秒。発射準備は完了していた。
「さぁ、出てきやがれ人間ども、」
「させないよ!!」
飛んでくる。一球。
リザードマンが放とうとしたものよりも一回り大きい火の玉が、イチモクの中からリザードマン目掛けて飛んでくる。
「ぐぎゃぁあっ!?」
リザードマンは火の玉を諸に浴び、吹っ飛ばされる。
「いててて……誰だ!」
いきなり何をするんだと声を上げる。
「……この村の人達には」
動物の耳。動物の尻尾。そして人間の見た目。
その姿は紛れもない半魔族。この村で購入した和服のような動きやすい衣服姿の少女が現れる。
「ボクが手出しはさせないよっ!」
コーテナ。
半魔族の少女が寺から姿を現すと、胸を張って宣言してみせた。
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