PAGE.332「熱情闘族・アグル(その3)」
魔力の強化も何もしていない。ただの純粋な拳が、ロザン目掛けて飛んでくる。
迫力だけでも圧倒される。その拳に触れずとも、身を削られそうな気迫だ。
「……いい」
ロザンは“身動き一つとらない”。
「いいな」
ただ、動かすのは左手のみ。
心臓へと近づく殺戮の拳に、そっと盾として左手を添えた。
「……っ!」
「___ッ!?」
ただ、拳を受け止めただけ。
だというのに、二人の周りに“突風と感じれるほどの風”が立ち込める。
「くっ……!」
抉れた傷口に響く。フリジオは吹っ飛ばされない様に体を踏ん張る。
「「ぎゃぁああ~!?」」
トカゲ兄弟はその風圧に耐え切れずに再び真後ろの果実の山へ。
汁の混じった甘すぎる果肉。顔面から突っ込んだが故に口の中が果肉まみれになった。
「「ぷはぁ!? 甘いッ!」」
トカゲ兄弟はこれまた間抜けに果実の山から顔を出す。売り物の果物を口に含んだまま。
「へぇ……こんな人間が」
アルヴァロスも波動に耐える。目の前にいる最強の老人を前にエキスナ同様に心が揺れる。
「相当磨いたな。その拳」
「受け止めたか……貴様、本当に老体か?」
拳を引っ込めようにもロザンがその手を離させようとしない。
「今年で傘寿だ」
がら空きのボディ。
“殺意一つ感じさせずにロザンの拳がエキスナの腹部に入り込んでくる”。
「……ッ!!」
当然、エキスナはそれに気づき受け止める。
またも波動。しかも今度は先程と比べ物にならない風圧だ。
「うっ!?」
フリジオはついにその場にしゃがみ込む。
「「うわぁああ~」」
トカゲ兄弟は果実の山と共に飛んで行ってしまった。
二人の強者。
拳のみでその強さを訴える戦士同士の戦いは互いに熱を上げていく。
「……まだ終わりではないよな」
「当然だ。これからだろう」
「それは嬉しい限り」
「こちらのセリフだ……!」
互いに距離を取り、構えを取る。
一発。確実な一発をぶつけようと呼吸を整え始めていた。
(……止めるなら今ね)
しかし、戦いの鐘が鳴ろうとしたその手前。
「エキスナ! 止まりなさい! 目的を忘れたのかしら!?」
「……ッ!!」
エキスナの体がピタリと止まる。
「……むむっ?」
それに気づいたロザンも拳を止める。
固まるエキスナ。困惑する観客達。
何処か気持ちの悪い空気の中、アルヴァロスは押されることもなく堂々と口を開く。
「今日は挨拶だけ! 本格的な襲撃は後日と言ったはずよ! ここではまだ力を抑えなさいと“大王様からも言われているでしょうに”!」
「……くっ」
エキスナはもの惜しげにその場から戻ってくる。殺意の籠った拳を、引っ込めて。
「そう残念に思わないで……全力で戦う日はいずれ来る。それまでは我慢なさい」
「……言われなくても分かっている」
言わないと止まらなかった癖に。
「全くもう」
アルヴァロスは何処か我儘な態度を見せるエキスナを可愛いらしいと見つめていた。
「というわけで今日は挨拶程度。三日後にお世話になるから……覚悟なさいな」
アルヴァロスは道端で果実と共に伸びているトカゲ兄弟二人を回収。米俵のように担ぐと、エキスナと共に城へと戻っていく。
「三日以内に、そっちから門を叩いてもよろしくてよ? 相手になってあげるわ」
「……何、大将はわしではないからな。若者達の意思を待つとするよ」
ロザンは笑みを浮かべ、後ろ姿のエキスナを眺める。
「そこの強き者よ。次は“全力”だ、よろしいな」
「……ああ、いいだろう」
エキスナは見返り宣告する。
「その命、私がもらい受けた」
数日後の挑戦状。
戦士同士の口約束を終えたところで、彼女は満足げにアルヴァロスと共にアーケイドの居城へと戻っていった。
「……さてと」
ロザンは傷ついた騎士の元へ。
「動けるか?」
「すみません、精霊騎士だというのにカッコ悪いところを」
「見下さんよ。逃げ出さずに村を守ろうとした正義をな」
フリジオに肩を貸し、村へと戻っていく。
「三日、ですか」
三日というタイムリミット。
「ロザンさん。コーテナさんは、」
「心配するな」
この緊急事態にどうすべきか、考える必要はありそうだ。
「お前もずっと彼女達を見守ってきた。だからこそ、分かるだろう」
「……ええ、そうですね」
戦争。あまりにも大掛かりな挑戦状。
次の戦地として選ばれたのは……南国のパラダイスとも言われる田舎島。
「彼女はいい。あとは、」
島の向こう。闇雲の中、水平線の向こうで輝く太陽。
その先の世界。その先の向こうで待つ“希望”。
舞台が整いつつある。
そして、あとは____
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