PAGE.310「これから先の話をしよう。(後編)」
「「~♪」」
突如部屋に押し掛けてきたアリザとスーノウ。
何用かと思っていたが、どうやら散歩のお誘いだったようだ。
これから共に修行をする身。一緒に競い合う仲になるのだからと一種のコミュニケーションの一つの一歩として、三人で下町まで軽く散歩をすることとなった。
アリザは民謡のような歌を口ずさみ、スーノウは口笛を吹いている。
時期も時期のため、夕暮れ時になれば空気も微かに冷え込んでくる。朝っぱらと比べると汗で滲んだ体に心地よい風が気持ち良い。
「改めて、私はアリザ。よろしくね~」
いきなり足を止めたかと思うと、山道の途中で握手の催促をしてくる。
「あ、うん! ボクはコーテナ!」
突然の行動に戸惑ってはいたが、コーテナはしっかりとアリザの握手に応える。
「うんうん、これからよろしくね~」
その握手に応えてくれたのが嬉しかったのか表情に変化がある。目は見開いたままであるが、頬と口が喜びで緩んでいるように見えた。その表情はコーテナのいつもの笑顔に負けないくらいの満面な笑みである。
「じゃあ自分も改めて……自分はスーノウ。よろしく」
握手こそしないが、スーノウもその場で改めて自己紹介。
「うん、よろしくね! スーノウ!」
「ははっ、良い返事だ」
スーノウも元気の良い返事を前に心地がよくなる。
二人とも想像以上にフレンドリーで、初めてこの地にやってきたコーテナに対しここまでよく接してくれている。
何処か芽生え始めていた孤独の感情が、微かに払拭されていった。
挨拶も終わったところで、再び村に向かって散歩をしている。
こんな時間に外に出ても大丈夫なのかと思っていたが、どうやらロザンからは好きな時間に外に出ることを許されているらしい。門限もないらしいので、ある程度自由には行動できるようだ。
「……もしかしてだけど、師匠の言った事で戸惑った?」
歩いている最中でスーノウが声をかけてくる。
「えーっと……うん、まあね」
「そうだと思った。師匠はなんだって口にしてしまう人だからね。それが理解されようがされまいが……その人物が出来るかどうかも考慮せずにね」
スーノウは苦笑いをしながら老人ロザンの話を続けていく。
口で言うのは簡単だ。それに対しての改善策、そしてどうやれば出来るのかという答えをあの人物は吐こうとしないのである。故に最初にこの寺に訪れた修行僧は丸一日混乱するのも当たり前なのだという。
「仕方ないよ~。師匠って、魔法以外なら何でも出来る人だから~」
「そうだね。でも、ちょっとは無理を考慮してほしいものかな。あの人の頭には“無理”という二文字がないみたいだから、仕方はないけれど」
アリザとスーノウも師匠の事で話が盛り上がり始めている。
困ったように語るスーノウに、その師匠の事を無邪気に武勇伝感覚に語るアリザ。
「魔法以外なら何でもできる?」
コーテナはアリザの言葉に首をかしげる。
「そうだよ~。師匠って、この島で一番強い人なんだ~」
アリザが言うには、あのロザンという老人はこの島一番の戦士であると。
ここへ来る前、精霊騎士団の数人にもロザンの事については聞かされている。精霊騎士団全員が口を揃えて強者だと断言。あのサイネリアとホウセンに関しても“異常”と称していたのだ。
「気づいたと思うけど、この島、騎士が一人もいなかっただろう?」
スーノウに言われて始めて気が付いた。
この地の文化は騎士という存在が風景似合わずミスマッチ。いたら不自然な気持ちこそ浮かべるが、どの地域であろうと余程の田舎町でない限りは、王都から配属された騎士の姿を数人は見かけるはずなのだ。
しかし、この島には騎士の姿は一切見当たらず、それどころか数日越しに見回りに来ることもないのだそうだ。
「それは何故か……簡単さ、“師匠”が強すぎるのさ」
その強さは褒めたたえるはずが、苦笑いで称している。
その師匠とやらが戦っている姿を思い出したのか軽く引いているようにも見えた。
「自分達半魔族がこうしてある程度好き放題行動できるのも、騎士の見回りが必要ないのも……あの人の目が光ってる限りは大丈夫だからだよ」
魔物。半魔族。どれほどの相手だろうと遅れない人物。
それがロザンという人物だそうだ。
……オーラこそ感じた。ただのおじいちゃんではない事は肌で感じた。
だが見た目だけ見ると、やはり年老いた老人。アリザが言うには魔法一つ扱えないようだが、そんな人物がこの島どころか、騎士団も口を揃えて最強なのだという戦士には見えない。
「まあ、信じられないと思うよ。最初は自分もそうだった」
コーテナの表情を見計らって察したスーノウは言う。
「ここにいれば、いつかは見れると思うから……その時を楽しみに、ね」
最強の戦士ロザン。
その所以は一体どのようなものなのか。滅多には見れないようだが、この島にいる限りはいつか目の当たりにする。
その時、どんな表情を浮かべるのか楽しみだと、スーノウの表情は愉快な笑みへと変わっていった。
「もうすぐ村につくけど、財布は持ってきた~?」
アリザは自身の財布であるガマ口巾着の小袋を取り出した。
「あっ、うん。ちゃんとここに」
念のためにと持ってきた貯金の一部の入った財布をコーテナは慌てて取り出した。
……財布を取り出した直後の事だった。
「っ!?」
「およよっ?」
二人の手から、“財布を握っていた感触”がなくなっている。
二人はそれぞれ、静かに片手を握り潰す。
しかし、そこにはさっきまであったはずの財布の姿はない。何もない虚空を何度も掴むだけで虚しくなるだけだ。
「え、ええっ!?」
時差で緊急事態に気が付いたコーテナは慌て始める。
「……いけないんだ~」
アリザは首切り包丁を取り出した。
ずっと開いたままの目。表情の変化が微かに見える。
「泥棒はぁ、いけないんだよ~!!」
怒っている。
口もとが歪んでいた。限りなく人形のような無表情に近いが故に、一瞬だけ見えた怒りの表情はゾッと背筋を凍らせる。
首切り包丁を手に取ったアリザは、一瞬だけ物音が聞こえた森の方へと向かっていく。
「追いかけなきゃ!」
「そうだね」
コーテナとスーノウも慌ててアリザを追いかける。
あの少女は見た目通り感情的になりすぎる傾向があるらしい。
楽しいと思えばこちらも愉快になれるような無邪気さを見せる……だが、それとは真逆に起こり出したらそう簡単には止まらない。
事態を解決するまでは怒り狂ったまま。静かな殺気を放ちながらアリザは森の中を駆けている何者かを追いかけ続けている。
「早く謝らないと~……」
持っていた首切り包丁を構える。
「師匠に言いつけるよ~!!」
それを前方の真上へと投げ込んだ。
飛んで行った首切り包丁は進路方向の真上にあった巨大な木の枝へと飛んでいく。
枝切はさみでは伐採不可能な極太の枝。道一つ塞ぐには丁度いいサイズの幹は首切り包丁によって切り裂かれ、一同の進路方向を塞ぐ。
「……っ!」
財布を奪い、アリザの前方を走っていた何者かもそれを前に足を止める。
舞い上がる木の葉。
騒乱としかけた空気が一度張り詰めて静かになる。
「さぁ~、早くお財布を返して~」
片手を差し出すアリザ。
後からついてきたコーテナ達もそれに追いつき、塞がれた道の前で佇んでいる財布泥棒の姿に視線を送る。
……狼の耳に牙。アタリスと同じ背丈の少年。
両手には毛むくじゃら。狼の前足がそのまま人の形になっただけの異形。
「半魔族……?」
人間と魔物のハーフ。
その少年は紛れもなく、半魔族であった。
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