PAGE.291「聖界異譚・運命の日(その3)」
二人はしばらく動けなかった。
魔王の力、精霊皇の力。それぞれ力に耐え切れず肉体が反動を覚えていた。
「お前サ……戦う前、実は意識あったダロ?」
「やっぱり分かる?」
「当たり前ダ……どんだけ一緒にいたと思ってるんダ」
座り込んだままの二人。ラチェットはコーテナの瞳を指さす。
「嘘ついてるって、目を見て分かったゾ」
「……ボクって表情に出ちゃうのかなぁ?」
「さぁナ、ひとまず言えることは、お前は嘘をつくのがド下手ってことダ」
迫真の演技であったかもしれない。だが、常に用心深いラチェットを騙すにはまだ工夫が必要だった。魔王に意識を乗っ取られたような喋り方は全て演技であることをラチェットは見抜いていたのだ。最初から。
「……本当にいいの」
「何がだヨ」
「ボクのために、君も追われる身に」
「……道連れにするかもしれないって言葉、覚えてるカ。お前が口にした言葉だヨ、俺はそれをハッキリと承諾しタ。今更ダロ」
例え、意識を乗っ取られている事象が本当であったとしても、やる事は変わらなかったと思うけれど。
「……さぁ、休憩は終わりダ」
フラつきながらも立ち上がる。
「俺達の旅は……まだ、これからだろうガ」
こんなところで長い時間立ち往生を食らっている場合ではない。ひとまずは騎士団が到着する前に、アタリスにアクセル、そしてロアドとコヨイの四人に合流しなくてはならない。
これからどうするのか。じっくり話し合うのだ。
ひとまずの危機は去ったものの……コーテナがこの世界の脅威であることは変わらない。恐らく、彼女の身体の中には今もなお、魔王の魔力とやらが根付いているはずである。
「行くゾ、コーテナ」
手を差し出す。
一番体力的にも限界が近づいているのはラチェットの方である。しかしラチェットはそんなことお構いなしにコーテナを気遣っていた。
「うん」
コーテナはそっとラチェットの手を握り立ち上がる。
デスマウンテン。翻訳すれば死の山と言われているだけの事はあり、空気があまりにも美味しくない。長居はお断りである。
コーテナの腕をラチェットは自身の肩に通す。お互いが倒れないように支え合い、四人の元へと向かう。
「……あっ」
またこれから始める。
そう約束した矢先に……コーテナは足を止める。
「……ッ!!」
ラチェットもコーテナに続いて足を止めた。
「それが、貴方の答えなんですね」
彼等の進行先、向かう先に立ちはだかる。
“騎士団”。
王都を救うため、国を救うため、騎士団達が雁首揃えて二人の進路方向を塞いでいる。その包囲網は完璧なものであり、満身創痍の彼等では突破など出来るはずもない。
「……」
騎士団の中央にいるのは、その部隊を引き連れた騎士団長ルードヴェキラ。その横には従者の騎士であるエーデルワイスもいる。
「ラチェット君、私達は、」
「来るなッ!!」
ラチェットは咆哮する。
「近づいてみろ……一瞬でもコイツに触れてみろ……コーテナの首を狙ってみろ!!」
満身創痍だと言ったはずだ。既に彼の体力は限界。
「ここにいる奴等全員、死んでも許さない……ッ!!」
だからこそ、それだけ叫べば当然体力の限界も近づく。
騎士団から感じ取った敵意。それを前にラチェットは何の抵抗も出来ることなく気を失ってしまう。
「俺はっ……こいつ……をっ……、」
最早、その姿は人形のようだった。
コーテナの肩からそっと離れたラチェットは、力なくその地に倒れてしまう。
「ラチェット……ラチェット!!」
コーテナはラチェットの体を揺さぶる。
「ラチェット! いやだよっ! ラチェットッ!!」
呼吸はしている。しかし、どれだけ叫ぼうとも彼は目を開くことはない。
「……」
騎士団長ルードヴェキラは剣を手にラチェットの元に迫る。
彼のやったこと、この世界の脅威となりかねない魔王の器を引き連れ逃亡しようとした罪は、生きては許されぬ重罪である。ラチェットは既に、国家反逆罪にも相応する大きな罪を背負ってしまったのだ。
極刑。死刑にも値する。
ルードヴェキラの視線はコーテナにではなく、ラチェットへと向けられていた。
「やめてっ!」
倒れたラチェットの目の前にコーテナは両手を広げ立ちはだかる。
「お願い……ラチェットだけは! ラチェットはボクを助けたかっただけ……この世界にとって許されない事をしたかもしれないけど……でも!!」
「どいてください。コーテナさん」
ルードヴェキラは今もコーテナに対し、敵意を向けている。
この国の脅威。この世界の災厄。かつての地獄、千年前の戦争の再演となるであろう火種を前に剣を向けている。
「……ボクだけのはずだ。ボクを殺せば全て終わるんだよね! だったらッ!!」
「コーテナさん」
震える少女の体にそっと、エーデルワイスが触れる。
「大丈夫ですよ」
「えっ……?」
コーテナをそっとどかせるエーデルワイス。そして倒れたラチェットの元へ、剣を手に取ったルードヴェキラが一歩ずつ歩み寄ってくる。
「……ラチェットさん」
ルードヴェキラは彼の名を呼ぶと、剣をしまう。
「貴方の覚悟、見届けました」
胸に手を当て、地に片足をつけると少年に一礼する。
「応急班! 急いでこの方の治療を……そして、彼女にも」
「えっ、ええっ?」
何が何だか分からない。コーテナはパニックになり始めていた。
国家反逆罪にも相当する罪を背負ったはずのラチェットはその場で極刑は執行されず、ましてや世界の脅威となりかねない少女にも手は出さない。
騎士団達は少年少女を優しく介抱する。
「ねぇ、どうして……」
「詳しい話は、王都でお話します」
ルードヴェキラは騎士団を引き連れ、デスマウンテンから離れていく。
「今は、貴方の大切な人との約束をしっかり守りなさい」
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