PAGE.282「抗う者達(その1)」
のたうち回る大狼。
そして、突然の第三者の介入に固まってしまうロアド。
熱を帯びた大剣が廃れ切った大地を転がっていく。
……ルノアの大剣だ。
病衣を羽織ったままのルノア、そしてその近くには精霊騎士団の一人であるフリジオが笑顔で突っ立っている。
援軍だ。コーテナ奪還のために送られてきた援軍達が追いついたのだ。
思ったよりも早い到着、に騎士団の仕事の速さをロアドは改めて実感する。
追いつかれる前に事を終わらせようと考えていたが……今回ばかりは騎士団の仕事の速さを複雑ながらも感謝することになる。
___自分もそうだが、グラムも助かった。
その援軍にはこの上ない感謝を浮かべた。口にこそしなかったが。
「……あっ」
ルノアは大剣を投げた構えのまま動かなかったが、数秒の緊迫の先、何かに気付いたように動き出す。
「あぁああっ!? 咄嗟に助けるためとはいえ、私の武器を投げちゃいましたぁああ!? どうしよう! 私、どうやって戦えばいいんですかぁあ!?」
馬鹿なのだろうか、この子は。
いや、走って間に合わない距離だっただろうから、その剣を投げ捨てたのは正解だったのかもしれない。その後のリカバリーの事については何か考えているものかと思ったがそうでもない。
正直複雑な心境である。
彼女の判断は正しいとは思われるので馬鹿とはいいがたい。だが、彼女のリアクションを見てしまうと馬鹿なのかと思ってしまう。
慌てふためくルノアはどうしたものかと泣き叫んでいた。
「……!!」
転がっているルノアの大剣。
ドラゴンから数十メートル離れた先にまでとんでいった大剣目掛けて、ロアドは一心不乱に走り出す。
「あれ、借りるよッ!!」
あの大剣、あれは紛れもなく勝利を握る鍵。
あれを使えば、あの魔族にダメージを与えられる。現に飛んできた大剣を諸に叩きつけられた本人はもがき苦しむように地面をのたうち回っている。
皮を溶かす熱、そしてあらゆる巨体をも貫く頑丈な剣。
そこでロアドは考えた。自身の肉体強化魔術を駆使して、あの魔導剣を振り回せば今度こそ頭蓋骨に大打撃を与えられるかもしれない。
その一か八か。文字通り諸刃の剣に勝負をかけるために走り出す。
まだ魔法は使える。魔導書もやられていないし、体の中にはそれに必要な魔力も充分に残っている。
打破してみせる。ロアドはひたすらに走り出す。
『___ッ!!!!』
……そうはいかぬと大狼・ィユーも走り出す。
よくもやってくれたなと怒りを覚えている。怒りのあまり、援軍の存在に気付いていない彼女は今度こそその肉体を丸のみにしてやろうとロアドに向かって走り出す。
「くっ……ダメなのッ……!?」
間に合わない。ロアドが剣へ到着する前に追随を許してしまう。
先程のダメージが顕著に現れているこの状況。あれだけの巨体で四つ足の生物。そんなバケモノから距離を離そうなんて無理にも程がある。
牙が今度こそロアドに届こうとしていた。
「おおっと」
不意に聞こえる騎士の声。
ロアドの体が浮き上がると、そのまま目にも止まらぬ速さ。
まるで瞬間移動でもしたかのように、遠くへ転がっていったルノアの剣の元まで連れていかれる。
「危ないですね。ヒヤヒヤしますよ」
騎士団最速の異名を持つ風の騎士・フリジオの俊足をもってすれば、あんな巨体の生物から距離を離すことなど余裕の範囲内。本来ならば10秒近くかけてようやく到着する場所まで2秒かからずに到着してみせた。
何を考えているか分からないが、大剣に向かって走っている事だけは理解できた。フリジオはそんなロアドを大剣の元まで連れてきたのである。
「あ、ありがとうございます」
「お礼は結構」
フリジオは胸ポケットから短剣を取り出す。
魔物相手には毒でしかない聖水が塗り固められた短剣。それを怒りのあまり我を失っている大狼に向けて投げつける。
「……!?」
短剣は瞳に刺さる。
勿論狙って投げた。狼の動きを止めるのに間違いなく致命傷となる場所へと。
大狼ィユーの動きはピタリと止まった。
聖水の毒が瞳の中から体に回る。絶命までには至らないが、体に麻痺を起こすには充分な量の毒が回り始めていた。
「今だ!!」
ロアドは大剣を握ると、大狼に向かって走り出す。
残った魔力を使って肉体強化。勢いのままに走りぬき、苦しんでいる大狼の頭蓋骨目掛けて飛んでいく。
「これでッ、終わり!!」
頭蓋骨目掛けて剣を突き入れた。
熱を帯びた剣は皮を溶かし、鋭い刃は頑丈な骨をいとも容易く砕いてみせる。
『____ァァァァァァッ』
ロアドはそこから剣を引っこ抜く。
止まる。痙攣が嘘のように止まる狼。
次第に意識がイカれたのか、今度はその一面で暴れ始める。何処に誰がいて、障害物があるのかも理解していない。ただ、アヤフヤに走り続けている。
何れ、その進路方向は崖へと切り替わる。
落ちていく。
……行き場を失った大狼は、深い谷底へと落ちていった。
「やった……!」
満身創痍のロアドはその場で大の字に転がった。
危ないところだった。思いがけない救いの刃に感謝をしつつ、ロアドは次第に意識を失っていく。
「ロアドさん! ロアドさん!?」
ルノアは慌てて少女へと寄り添った。
傷も深いし、息も荒い。早く治療をしなければ命が危ない状況にルノアはこれほどにないくらいに焦りだす。
「僕に任せてください」
フリジオは胸ポケットからあるものを取り出す。
一つは医療魔術用の魔導書。そしてもう一つは小瓶の中に入った謎の液体。
これも一族の間で使用されていた聖水だそうだ。
魔族に対して毒となる聖水と違い、こちらは人間の傷を一時的に和らげるための傷薬としての使用の面を持つ聖水。ダメージの進行を遅らせる独自の薬品だそうだ。
液薬を少女の傷口にかけると、そこへ医療魔術を使用する。
「よし、今度はあの竜を助けてあげなければ」
フリジオは少し困ったような表情を浮かべていた。
人間の治療は簡単だが、魔族の治療とやらはあまり手が出したことがない。人間と仲が良いとはいえ、その生態は魔物と変わらないドラゴンをどうやって治療したものかと困りながら魔導書片手に近寄って行った。
「大丈夫、だよね……」
ロアドは意識を失う寸前に声を出す。
「コーテナ、ラチェット……コヨイにアクセルも」
「コーテナ……コーテナ!?」
ルノアは友人の名を聞き、またも焦りだす。
しかし、ここから離れれば彼女の治療を妨げる。彼女の回復が終わるまではここを動くことが出来ないルノアは動揺したままだ。
「……大丈夫さ」
ロアドは虫の息にも近い声を上げる。
「アイツら、のことだから……絶対に」
ひとまず仕事はやり終えた。自分の役目を終えたロアドはそのまま意識を失った。
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