PAGE.274「冥土の蕗ノ薹」


 冷気はさらに上昇する。

 身代わりに使った上着を失ったおかげで薄着のアタリスはその肌寒さを直に体感している。次第に溢れる冷や汗も数秒ちょっと経てばあっという間にガラスのように固まってしまう。


「はぁア___くはぁアアアッゥ……__!!!」


 白い霧の中。その姿を現す。

 本来の力。隠していた力をフルに発揮する為に暴露する本当の姿。それはそこら中の魔族だけではなく、当然“地獄の門”である彼女等にも存在する。


 ドレスは消え去りその体は魔族そのもの。

人の形はしているが、ファンタジー小説に登場するガーゴイルを思わせる風貌へと変貌している。


 そんな悪魔の体には無数の紫の宝石が彩られている。


 両腕と胸に鎧のような籠手として。頭には兜のようにも見える王冠のような飾りとして、そして下半身は玉座を思わせる巨大な紫色の台座によって埋め尽くされている。


 玉座に腰掛ける女王の印象というよりは……“王の城そのもの”の姿へと変貌したと表現した方が正しいだろうか。


 これが、クリスモンヅの本来の姿。

 数多くの人間を絶望に叩き落とす、未知なる力を秘めた“真境地”の姿である。


 最早、彼女より高い座につくことは許されない。

 クリスモンヅは宙に浮きあがる。あたり一面白銀の世界となったこの場は完全にクリスモンヅのテリトリーとなった。風船のように浮き上がる女王は今も尚、表情を歪めないアタリスを見下ろしている。


「……これだけのものを見せつけても、まだその目を見せるか」

 クリスモンヅは口元を歪ませる。

「強がりだな。気にいらない」

 彼女の中では余裕が生まれ始めていた。

 魔力の量の差。アタリスが体に秘めている魔力の量はそこら中の魔法使いや半魔族と比べても桁違いのスケールである。


 しかし、地獄の門を前にすればそれはスズメの涙だ。

 真の姿を晒したことのより秘めていた魔力が元に戻る。クリスモンヅもその魔力の差の歴然さに気付いている為にアタリスの態度には余裕を見せ始めている。


 だが同時に虫唾も走る。

 これだけの魔力の差を前にしても、絶望の表情一つ浮かべようとしない。助けを乞おうともしない態度に余計に苛立ちを覚えている。


「強がり? 違うな」

 アタリスは瞳を赤に染め上がる。

「本来の姿を晒してくれたことで、余計に昂ったものさ」

 灼却の瞳。紅蓮の視線がクリスモンヅを捕らえた。





 だが、何も起きない。

 ついには燃えカス一つ現れない。煙一つ現れない。


「……!」

 ならば次はと、虚空を爆発させる。

 一発程度では済まさない。先程の爆破でダメージが通っていることは分かっている。ならば確実に仕留めてみせると何発も虚空を爆破した。






「その程度か?」

 だが、駄目だ。

 ついには爆発の衝撃すらも吸収してしまう頑丈さ。アタリスの攻撃はどのような手段を使っても届かなくなってしまっていた。


 それだけの高みを見せつけたのだ。

 魔王直属の部下。世界最強の魔物の一端である地獄の門の厚さ、そして超えようのないその高さ。その絶望的な風景をこれ見よがしにクリスモンヅは見せつけた。


「……終わりだな、愚民」

 クリスモンヅが片手を突き上げる。


「!」

 地面から生える串刺しの槍。氷の柱。

 逃げるアタリスを追って次々と生えてくる処刑用具。このテリトリーから逃げようにも、凍り付いていく体からか次第に自由が奪われていく。

「ぐっ……!?」

 蝕まれていく体。アタリスはついに足場を滑らせてしまう。冷たい大地に転ぶアタリスはすぐさま立ち上がろうと奮起する。


「おっと」

 だが、それは許さない。

 

 立ち上がったアタリスの体に……大地から生えてくる氷が纏わりつく。

 それは手綱のようだった。マイナスゼロ以下の極寒の温度も相まって、その拷問はアタリスの再生能力をもってしても熱を奪っていく。


「くくっ」

 下半身と両腕の自由が奪われたアタリス。マイナスの低温によるダメージがついに肌へ通って来たのか体が火傷を帯びていく。

 真っ赤に染まっていく。次第に足と両手に感じていた感覚が冷気によって凍死したように消えていく。


「かはっ、ハッハッハ……」


 だが、アタリスはまだ笑う。

 いつも通りの悪戯な笑みだけは何があっても崩そうとしない。



「そこまでの傲慢。ほほう」

 崩れようのない表情を前にクリスモンヅの怒りが次第にほどけていく。


 ここまで行くとむしろ関心を覚え始めていたようだ。


「見事と言いたくなるな」

 それは賞賛であった。

「何故だ。何故、そこまで絶望しない」

 そして興味を告げる。

 既にクリスモンヅは勝ちを確信している。魔力の差をもってしても彼女の勝利は絶対にありえない。嬲り殺す前にせめて一言くらいはと声をかける。


 魔族にとってそれは名誉なことなのだろうか。

 あれだけ傲慢な態度を持っていたクリスモンヅが行動を改めたのである。


「……友さ」

 その身体が冷気によって自由を奪われつつあったとしても……いつもの態度で女王の言葉に応える。


「友の期待に応えたい……それだけだ」

 友。それは一体誰の事を指すのか。



 あの少年か。或いは少女か。

 アタリスは友と認めた存在のためにその態度を改める様子を見せようとしない。見ていて安心する強くて格好いい姿。


 最強の一族。ヴラッドの一人娘として。

 その友の期待には応える。それが彼女の返答であった。


「必ず助けてみせる」

 助けてみせる。いや、必ず助ける。

 そんな時、いつも大人な態度を見せる少女がボロボロ弱音を吐いてる姿を見れば、あの心優しい少女はどう思うのだろうか。


 友の傷つく姿を嫌う。

 それは、ラチェットとコーテナ。少年少女のやり取りを見ていれば嫌でもわかる。



 不思議なものである。それとも、これは父親に似ているという事なのだろうか。爺やもこの少女は、かつての主人であったヴラッドによく似ていると口にしていた。


 友を想うその姿。

 自然とその心も、彼女には芽生えていたのである。



「……なるほどな」

 クリスモンヅの頬が緩む。

「なら……少女の真実を知れば、その顔も少しは絶望に変わるか」

 またも、クリスモンヅの口が酷く歪んでいた。


「何だと」

「教えてやろう愚民。我々が彼女を連れ去る理由を……何故、彼女が器に相応しいと言われているのかを」


 これは、クリスモンヅにとって。


 “トドメの一撃”。

 絶望を与える冥土の土産としての爆弾であった。

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