PAGE.267「思春期死合(その1)」
「どりゃっ!!」
ドラゴンに跨るロアドは巨大な魔族犬を相手に奮闘している。
ロアドはアクセル達と同様に筆記の成績は壊滅的。しかもそれどころか、魔導書の解析なども行えないなど、魔法使いとしての才能は全くと言っていいほど無い。
だが、そんな彼女でも取り柄はある。
この魔法世界には数少ないモンスターテイマーがいるとされている。
それは……その名の通り、本来は魔族にカテゴリーされるはずの生き物を自身の飼い犬として飼い慣らし戦う特殊な家業。
ロアドの家系も、王都の精霊騎士団にその存在と功績を認められる程の実力を持つドラゴンライダーの一族。そして、その娘であるロアドも学園に身を置く立場でありながらドラゴンライダーの仕事を任される才能があった。
家族の中でも人一倍ドラゴンの扱いの手練れであるロアド。彼女の魔衝でもある“動物との念会話”の存在も相まって、彼女は自身のドラゴンとは一心同体。
押している。
人間にとって巨大な壁になるはずだった番犬を微量ながらに押していた。
「いいぞ! グラム!」
ロアドはガッツポーズをしながらも竜を撫でる。
それに対し、人懐っこい性格のグラムは甘えた声を一瞬上げながらも、その後男らしい高らかな雄叫びを上げていた。
このままならば押し切れる。
スタミナ次第では、先に山頂へと向かったラチェット達の助太刀にも迎えそうだ。
「……ムカつくんだよ」
番犬を従わせる魔族の少女・ィユーは眉間に皺を寄せている。
「人間が魔族を飼いならすなんて生意気なんだよ……!」
魔族にカウントされているはずのドラゴン。そんな同胞を自身の犬のように従わせる人間という存在にィユーは執拗以上に歯ぎしりをする。
「それ以上に……人間に飼いならされている、誇りもクソもないドラゴンがさぁ」
かつて、魔族としてカウントされていたはずのドラゴン。
「人間に尻尾振ってるんじゃねぇッ!!」
人間と手を組む魔族。最早、魔族という存在に見向きもしない一族。
その姿にィユーは地団駄を繰り返す。繰り返す歯ぎしりによって、ィユーの犬歯は磨かれるように鋭さを増していった。
「起きやがれッ! 何があっても、そいつを食い殺せッ!!」
鞭打つ言葉を吐くように犬を立ち上がらせる。
「……やっぱり、そう簡単には終わらせてくれないよね」
あれだけ大型サイズの魔物だ。ただ、何発か打撃を与えた程度で沈んでくれるとは思えない。想像通り、この魔物を相手には骨が折れそうである。
ロアドはそっと相棒であるグラムの頭を撫でる。
申し訳ないけれど、今一度無理に付き合ってほしい。あの魔物を打ち倒す剣となってほしいと優しく問いかける。
……グラムはそれに対し、雄叫びを上げた。
この竜の存在は主人あってこそ。牧場での平穏な日々、そして主人と共に飛び立てる王都の美しい青空。
その日々の恩をこのような場面で返さずに何処で返そうか。ドラゴン・グラムは牙を立て再び、ィユーの飼い犬へと爪を立てる。
(……大振りだね。回避しな)
ィユーはロアド同様に念会話にて番犬に指示を送る。
それに従い番犬は攻撃を回避、そのままドラゴンの懐に潜り込む。
(“足の付け根を食らいつけ”……!)
指示通り。
番犬はドラゴンの足の付け根へと食らいついた。
「なっ……!?」
ロアドは慌てて拳を突き立てる。
……急所であった。
ドラゴンの皮膚は鎧のように頑丈だ。だが、体全体が頑丈というわけではなく、腹などその内側は人間の皮膚と同様に柔らかく脆い。
足の付け根部分。このドラゴンの弱点であった。
腹と同様に皮膚が脆い。その上、その重い身体を支えるための柱ということもあって、グラムにとってはこの上ない大打撃であった。
あの少女はこの数分の戦いでその弱点に気付いたのだ。
……アルカドアの資料には、ィユーは数多くの魔物のペットを飼いならしていると聞いている。その数は数百数千を超え、あらゆる種類の魔物の事を知り尽くしているとだけあって、弱点の解析は想像以上に早かった。
番犬の頭をぶん殴る。当然、補強による魔法を発動した後にだ。
いくら人間の手ではどうしようもない巨大な魔物であろうと、これだけの近距離ならば攻撃も届く。補強した拳で頭蓋骨をぶん殴ればどうしようもないはずだ。
(逃げて)
番犬は指示を受け、その攻撃を回避。
「くっ!」
ロアドは逃がした犬を前に舌打ちをする。
「……グラム、大丈夫?」
苦しい声を上げながらも、グラムは主人の声に応答する。
足をやられたことで一気に形勢逆転の兆しが見えてしまった。
「とっとと殺してやるよ……クソみてーに役に立たない種族のペットなんてな……!」
この番犬、魔物という存在でありながら理性がある。
あの少女にそれほど調教受けたのだろう。しかも、数千の魔物の生態を知る彼女自身が巨大な魔物の脳になることによって、その戦闘力をより充分に引き出している。
「焦ることはない。チャンスを伺えば」
「させると思ってる?」
ドラゴンに口で指示を送るその最中。
いつの間にか、その前方のすぐ間近に番犬の姿がある。
(早いっ!?)
「食らいつけ!!」
番犬の遠吠え。
その矢先……番犬はグラムの首元に食らいついた。
グラムは再び急所を狙われたことで大暴れしている。
その苦痛に耐えきれないのだ。しかし、暴れれば暴れるほどに番犬の牙は、脆い皮膚であるドラゴンの首へと食い込んでいく。
「離せ」
足だけではなく、首。
しかも首へのダメージは暴れまわったせいで想像以上に大きかった。グラムはそのダメージに耐え切れず、ついにその大きな体を地に伏せてしまう。
「グラム! 大丈夫!?」
「今だ!」
ドラゴンは動けない。
その瞬間を、ィユーは絶対に逃がさない。
「その“人間”を喰えっ!!」
魔族の少女は大打撃のチャンスを一片たりとも逃がさない。
ドラゴンライダーに飼いならされるドラゴンの戦闘力は相当なものである。しかし、その戦闘能力の高さは……その飼い主の指示があればこそだ。
ようは頭脳である。
その頭脳さえあっという間に壊してしまえば、ドラゴンの戦闘力はあっという間に落ちていく。指示があるかないかで天と地の差が現れてしまうのだ。
所詮は本能のままで生きている生物。
その頭脳を絶つことで……勝負は最早決まったようなものだ。
迫りくる番犬の牙。
姿勢を崩してしまうグラムによって自身もバランスを崩してしまうロアド。とても番犬の奇襲を受け止められる余裕はない。
番犬の口が開く。
その人間の頭蓋に目掛けて……本能のままに飛び込んでいた。
「……っ!?」
ィユーは驚愕する。
届いていない。
番犬の牙が……人間を飲み込む前にその場で止まってしまったのだ。
“受け止められている”。
不安定な姿勢で上げながらも、ドラゴンが主人を守るために腕を番犬の顔面に伸ばしている……!!
ドラゴン。その存在には、人間は勿論その他の種族も絶対に触れてはいけないものがある。
それは“逆鱗”だ。
このグラムにとっての逆鱗とは、当然、自分を今まで可愛がって来てくれた主人の存在である。これだけでこのドラゴンにとってはトリガーとなってしまった。
まだ気を失わせていない。事を急がせたことで、ィユーは局面をひっくり返してしまう。
かろうじて意識があった状態。主人に牙を立てる番犬の姿を見たグラムは激昂。まだ残っている体力の限りを使って番犬の顔面を取り押さえ、そのまま姿勢を立て直し、地面に叩きつける。
「グラムっ……!」
そして、“燃やす”。
口から吐き出される地獄の業火。
ゼロ距離で放たれる極熱が、番犬の巨体をあっという間に燃やし尽くしていった。
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