第12部 青春共想曲(<終節>果てなき永遠)

PAGE.254「非常事態(前編)」

 結界は安易に破った。もう、彼を拘束するモノは何もない。


「行くぞ小僧、準備はよろしいな? まぁ、聞くまでもなく行くのだがな!」

「お、おい、ちょ、まっ」


 アタリスの手を握り、一緒に高台の部屋から飛び降りる。いや、拉致に近い形で連れ去られてしまったというのが正解だろうか。


「ヒィイイイイッ!?」


 スカイダイビングを体験したような気分になった。ああいった高台から飛び降りるという真似は今まで経験したことないために、ラチェットの心臓はバクバク言っていた。


「これくらいで情けない」

 地に降りた頃には、涙目で悲劇を訴えるラチェットの姿があった。情けない男の泣き顔にアタリスも愉快気に笑っている。

「……どうするつもりダ」

 ラチェットは心臓を押さえつけ立ち上がる。


「俺には精霊皇の力が何もない。どうすることも出来ないゾ」

「何もこの世から消えたわけではない。まだ存在するのなら奪い返せば良いだけのコト」


 簡単に言ってくれる。彼もそう思う事だろう。


「……いいのカ? 精霊騎士団を敵に回す事になるゾ」

「それはそれで面白いではないか?」


 精霊騎士団を敵に回す。

 それはかつて、彼女の父のヴラッドが成し遂げた事だ。


「父と同じことが出来るなど……むしろ、心が躍る。父を超えるのならば、まずは父がやった事くらいは出来なくてはな!」


 彼女からすれば、それは夢、野望の一つに他ならない。両手を広げ、何でも来いと言わんばかりの肝の深さには最早唖然すら覚える。


「……相変わらず狂ってるナ、お前」


 呆れている割には、ラチェットは思わず笑いが出る。 

 この少女への生意気な気持ちがここまで心強いと思った事があっただろうか。頼りがいのあるアタリスの存在に、思わず安堵してしまえたようだった。


「力を取り戻した後にコーテナを連れ戻し、騎士団の手の届かない何処へ逃げるかを考えるぞ。そこでコーテナの中に眠るという力をどうにかする手段を見つけて」


「残念ですが」


 ラチェットとアタリスの前に現れる。


「叶いませんよ。コーテナ嬢を連れ戻すという願いは」


 精霊騎士団が一人フリジオ。

 誰よりもアタリスに対し、粘着質のある人物がクスリと笑いながら、彼らの逃げ道の脇で背もたれながら佇んでいた。


 精霊騎士団の中でも執拗以上にアタリスの事を追いかけていたフリジオ。

 彼は英雄になりたがっている。彼は一族に相応しい名誉を得るために、ヴラッド一族の生き残りであるアタリスの監視を行っていた。精霊騎士団のメンバーに『やりすぎだ』と言われても尚、改めることもせずに。


 アタリスの好き勝手を、当然の如く彼が見逃すわけもない。

 彼女の行動を全てわかっていたかのようにフリジオはニコニコ笑いながら立ちはだかっている。


「……マナーはおろか、空気まで読めぬか」

 アタリスの瞳が真っ赤になる。

 ここで足止めを食らっている場合ではない。こうしている間にもコーテナは処刑場へと連れられて行く。


 予定時刻はもう近い。

 確実に殺すつもりでアタリスはフリジオを睨みつけていた。


「空気、ですか」

 フリジオは服の中に手を伸ばす。


「皆さんにもよく言われますが……“これ”もそうなのでしょうか?」


 服の胸ポケットから何かを取り出すと、それをラチェット達の方向へ投げる。


 聖水の塗られたナイフか、それとも魔族に対し効力のある何かを込められたマジックアイテムか。何はともあれ、ラチェットとアタリスは身構えた。


 ……フリジオが投げた物体が地面に転がる。


「!!」

 それは予想もしていなかった品々だった。






 “仮面”と“魔導書”。

 ラチェットが力を得るために必要な品々だったのだ。


「ねぇ、アタリス嬢?」


 してやったりと言わんばかりの表情、フリジオは困惑するラチェットを笑う。


「……何の真似だ?」

 これにはアタリスも身構えた。


 コーテナの始末の邪魔、アタリスの撃退。そして、世界の破滅に肩を貸そうとする裏切り者の始末……どの行動も彼にとっては名誉を得るための絶好のチャンスだ。


 しかし、彼がやったのは“真逆の行動”。

 二人の逃避行に肩を貸すような行動であったのだ。


「コーテナさんですけど、処刑の時間は予定よりもかなり先になりましたよ」

 仮面を拾い上げるラチェット。そして、何もないことに違和感すら覚えるアタリスを眺めながら、今の状況をフリジオは黙々と呟き始める。


「……彼女は何者かに攫われました」

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