PAGE.223「殲滅戦空(その1)」


 蘇る箱舟。

 あの艇は今の時代のモノなのか、それとも古代文明に存在した遺産なのか……この場にいる誰もがわからぬ未知の兵器。


 錆び切っていた。最早、乗り物としての機能も果たせない一種の廃墟と化していたはず。

 

 しかし、箱舟は動いた。

 何の予兆もなく。艇は熱を帯び、その翼を広げ飛び立った。

 誰一人として操舵する者はいない。この艇はたった一人で、この孤島の大空へと舞い上がったのである。


「やはり、あの艇は……!」

 未知なる遺産が一人で動いたことに対し、やはり文明オタクであるステラは興奮が収まらない。この歴史的光景をこの目で焼きつけようと迫ることすら考えている。


 当然、その積極的な一面をシアルとミシェルヴァリーが抑えていることは言うまでもない。


「なぁ、気のせいか分からないけどさ」

 アクセルは冷や汗を滝のように流しながら呟く。

「……あの馬鹿でかい砲台、俺達の方を向いてない?」

 空飛ぶ飛行艇の先端にそびえる巨大な砲筒。人間一人押し潰す鉄球を放つ砲台にしては何処か作りが徹底しているし、そびえ立っているようにも見える。


 彼の言う通り、向いている。

 砲筒はクレーターから退避した一同に“光を放ちながら”向けられている。



「……退避ッ!!」

 シアルの即座の指示。

 全員は左右に分断する。来た道を引き返すなんて真似をすれば……あの砲台から放たれる閃光に包まれる。


「よっとぉおお!?」

 スカルはラチェットとコーテナの二人を引き寄せ大ジャンプ。アタリスも三人に遅れないように飛び込んだ。


「死ぬ! 死んでしまうぅうう!!」

 アクセルもコヨイと共にラチェット達とは別の方向へと飛び込んだ。


 残りのメンツもそれぞれ左右に分断し退避する。誰一人として、あの膨大なエネルギーに包まれてなるものかと、回避したのだ。


 目で見なくとも、最早その轟音で分かってしまう。

 放たれたエネルギーは……そこらの魔法とは明らかに似て非なる何かが隠されている事にも。未知のエネルギーを前に立ち向かう勇気を持つ者はいない。




 ……焼き払う。

 閃光が小さき人間達が群がっていた大地を焼き払う。


 真っ白な閃光はそのまま島のジャングル地帯をも飲み込んでいき、危機を察した鳥類に野生動物達は呻き声を上げながらその場を逃げるか消滅を繰り返す。



 あっという間だった。


 ものの数秒で……あの艇は、島の十分の三近くの大地を焼き払ってしまった。


「冗談じゃねぇぞ、おいッ!?」

「……焼き払う」

 アタリスは空飛ぶ艇へと視線を向ける。

 あれは味方でも何でもない。この大地に足を踏み入れた者達を焼き払うだけのガーディアンであるというのなら敵として処断する。


 灼却の瞳は飛行艇へと向けられる。

 真紅に染まる瞳。飛行艇を内側から焼却させんと魔力を注ぎ込む。




 ……燃えない。

 彼女の視線が艇に届いている様子が見えない。炎の一辺が見えるどころか、何事もなく進行への準備に取り掛かっている。


「効いてない!?」

「ならば」

 あの艇には魔術に対する特殊な防護膜が張られているとなれば瞳を直接向けても意味はない。



「外から燃やし尽くしてやるだけだ」


 ならば、艇の周辺。その虚空を次々と爆破していく作戦へとアタリスは切り替えた。


 ここは室内ではないし、崖崩れの危険がある渓谷でもない。周りには一つたりとも障害物が存在しないこのステージであれば、周りを気にすることなく爆破を使用することが出来る。

 鉱山の洞窟一つ穴をあけるには充分すぎる火力の花火が一斉に打ちあがる。人間の身など一瞬で吹っ飛ばす破爆が飛行艇を飲み込んでいった。



 これで撃墜成功か。

 それだけのパワーを披露すれば、ヴラッドの娘など秘密がバレてしまうのではないだろうか。しかし、そんな黙秘を気にしていられる状況ではない。艇を鎮めるためにアタリスは全開の爆撃を飛行艇にお見舞いした。



「……!!」


 誰もが撃墜を予感していた。




 しかし、現実は無情にも。

 “飛行艇の無傷”という最悪な展開を一同に与えるのみだった。




 ……現れる。

 火花の中から、無傷の艇が顔を出す。


「ほほう、瞳が効かないとは……これは面白い」

「面白がってる場合か!!」

 手がバレない限りは絶対無敵と言われているアタリスの魔衝でさえも通じない絶体絶命の危機を前に面白がるアタリスにスカルがツッコミを入れる。


「おいラチェット! 大丈夫なのか!?」

「うぐっ……ううぅっ……!」

 過去にも彼がこのように苦しんだことが何度かある。だが、いつもと違って仮面を押さえつける様に苦しむ姿を見せるのは二度目。

 一度目、それはステラと初めて出会ったあの遺跡の時だ。突然、壁絵画が光りだしたかと思えば、ラチェットもその光に反応するかのように頭痛と眩暈に襲われていた。


 だが、今回の症状は以前のそれとは比べ物にならない。

 あの時はほんの一瞬の眩暈と吐き気だった。だが、いま彼に襲い掛かる頭痛はとぐろを巻くように体を絞めつけていく。


 苦痛。悪夢のような頭痛。

 炎の中。焼き払われる魔女の如く、ラチェットは呻き声を上げ続けている。



「何か出てくるぞ!?」

 アクセルの声に一同が空を見上げる。


 ……まただ。

 

 黒い軍勢。

 飛行機のような何かと、人の形をした軍隊の群れ。


 “影”にも似た何か。映写機で映し出された影のように、黒い軍勢は次々と、地上にいる侵入者に対し、飛行艇から飛び降りていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る