PAGE.222「グレイゾーン・ジャングル(後編)」
孤島を発見したのは一週間前の事だったという。
島の調査を行っていた彼らが発見したという謎の物体。賞金稼ぎのギルドのみで調べるのは何処か不安があるというソージの判断。その物体とは……
“飛行艇”であった。
車や列車と同様、この世界には幾百幾千の人間を運んでくれる乗り物、空飛ぶ箱舟・飛行艇であった。
ここ魔法世界クロヌスでは飛行艇という存在も至極当たり前の存在。これまた貴族御用達、一般市民からすれば手の届かない存在ではあるモノの……認知的な意味では珍しいものではない。
そんな当たり前のものが発見されただけ。だというのに、何故王都のエージェントなどに要請を求める程の出来事だと彼は判断したのか。
ソージを含めた一同は壮大なクレーターを慎重に降りていく。王都に存在する王城に相当する広さのクレーター故に底はそれなりに深い。足を滑らせて転がっていかない様に、この絶妙に急な坂を下っていく。
「これは一体……?」
さほど珍しくないはずの飛行艇を前にステラは目を凝らしている。
「飛行艇、なのか?」
「飛行艇、だと思う」
シアルとミシェルヴァリーでさえも首をかしげる始末。
エージェントだけではない。
コーテナとスカルにアタリスは勿論、王都に長い事在住しているはずのアクセル達にフェイト一同でさえもその飛行艇を前に物珍しい目で眺めている。
魔法世界に住まう一同は地面から顔を出している謎の飛行艇の艦首を前に声を上げている。
ただ一人。
その中でただ一人だけ、その飛行艇を前に違うリアクションを見せる人物がいる。
(これッテ……)
ラチェットだ。
この世界の住民ではないラチェットがただ一人、その飛行艇を前に固唾を呑む。
(“戦艦”って、やつじゃねーのカ……!?)
___見たことがある。
___肉眼で見たことがあるわけではないが、テレビの特集や雑誌などでその姿は幾度となく目を通したことがある存在。
___“戦艦”だ。
___しかもその姿は魔法世界特有の姿とかではない……紛れもなく“日本国に存在する戦艦”のデザインに全くと言っていいほど、告示している姿である。
これは単なる偶然のデザインの一致なのか。
こみ上げてくる。
その衝撃的な風景を前に、ラチェットは思わず冷たい汗を流してしまう。
(……いや、まさかナ)
雑誌で多少見たことがあるだけ。戦艦などそういったミリタリーのマニアではないラチェットはきっと気のせいであり偶然であると言い聞かせる。
良く見てみれば、その飛行艇の艦首にはあり得ない数の砲弾に、ロボットアニメにでも出てきそうな巨大なレーザー光線を放ちそうな砲筒が見える。
日本の艦隊にそういった桁違いなスペックを持ったものは存在しない。ここまで狂ったような重火器を詰め込んだ艇は現実的にあり得ないはずである。
「早く始めたくて仕方ないわ」
艇の艦首に触れながら、興味良さげにステラは呟く。
「まだ中は見てないからな。入り口を探して皆で探索しようぜって話よ」
「ワクワクが止まらないわね……!」
ステラは研究者のサガか、未知なる存在を前に息を荒くし始めている。
アクセルやスカルも見たことがない存在を調査するという仕事を前に、秘密基地を探検するような気分で少年心をくすぐられる。
本腰を入れたほうがよさそうだと数名も軽いストレッチを始めている。
今まで発見されたことのないタイプ。この飛行艇はもしかしたら古代文明に関係する何かかもしれないと動揺が止まらない。
新たなる歴史の目撃者となるかもしれない。
一同の士気がここにきて上がり始めていた。スタミナを奪おうと大笑いしていた太陽がなんぼのモノかと一気にテンションを取り戻したではないか。
「それじゃ、始めるか!」
入口を探す為に艇の周りを探る。
まずは何処に入り口があるのかを探すのが先だ。
(……)
日本の戦艦に酷似した巨大な飛行艇。
その姿を前に、ラチェットも自然と足を進めていく。
(これは一体)
そっと艇に触れる。
なぞるように。紙にそっと触れる筆のようにスラっと艦首の胴体を払った。
(……ッ!?)
瞬間。光る。
彼の視界が真っ白に。また光に包まれる。
「がっ……!?」
目を抑えながら艇から離れていくラチェット。その閃光による脳へのショックからか、以前のような凄まじい頭痛と眩暈、そして吐き気が襲い掛かる。
「ラチェット!?」
彼の異変に気付いたコーテナが寄ってくる。
「おい!」
「小僧、どうした!?」
スカルとアタリスも焦るように彼の元へと寄ってくる。
「……ッ!?」
離れていく。
その場にいた一同がこの周辺で“起き始めている異変”に感づいて距離を取り始める。
見たことがある。
この風景を、ラチェット達は一度見たことがある。
錆び切っていた鋼の胴体。最早動くことすらも叶わないであろう骨董品。
そんな飛行艇の体、その表面に“真っ赤な碑紋”の文字が浮かび上がる。古代文明の遺産が眠った遺跡で発見される古代文字が次第に艦首全体を染め上げていく。
「なぁ、これ……」
震える大地。
「動いてないか……!?」
アクセルはその異変に気付く。
「全員離れろ! すぐにだ!!」
ソージは一度艦首から離れるようにと一斉に指示をする。
ステラ達エージェント。アクセル達にフェイト一同。
そして、何でも屋スカルの面々も苦しんでいるラチェットを連れて、謎の飛行艇が眠っている大きなクレーターからの脱出を試みる。
全員の協力を得て、アリジゴクのように一同を飲み込もうとするクレーターから駆け上がっていく。急がなければ大惨事は免れない。
“何故か一人で動いている飛行艇”。
眠っていたはずの飛行艇が蘇ろうとしている……動くはずのない“遺産と思わしき何か”が咆哮を上げながら、地上へと姿を現していく。
全員、クレーターから駆け上がることに成功する。
息を切らし、一同は天を見上げる。
「……なんじゃ、ありゃあ」
スカルはその姿を見て戦慄する。
彼だけじゃない。その場にいた一同はその姿を前に言葉が詰まる。
冷静さを欠くことはしないフェイトも、普段から焦る様子を見せないアタリスでさえも。その姿を前に動揺を見せている。
艇だ。飛行艇だ。
古代文明の書物にも、ここ最近の乗り物図鑑や技術の文献にすら乗っていない代物。この世界にいる誰もが見たことないタイプの巨大な飛行艇。
(あれハ……!)
視界を取り戻しつつあるラチェットは、天に姿を現したその飛行物体を前に確信する。
(やっぱり……“戦艦”……ッ!?)
武器や装飾。それこそ知っているそれとは全く違うものの……。
その姿は紛れもなく、彼の住んでいた世界の国……【日本】に存在していた“戦艦”と全く同じ見た目の艇であった。
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