PAGE.208「辻斬り魔は笑わない(その1)」


「ごめんね、買い物に付き合ってくれて……怪我は大丈夫なの?」

「大丈夫! もうこの通りさ!」

 珍しくラチェットとは別行動を取っているコーテナ。今日はルノアの買い物に付き合っているようだった。

 

 買い物の内容は主に、ルノアの武器を調整するための魔導書の欠片や砥石など、一人で持つにはちょっと大荷物のものばかりだった。


 ラチェットにも手伝ってもらおうかと考えていたが、彼は彼でアクセルと約束があったようである。だが、こういった力仕事には自信があるコーテナは文句の一つも吐かずに彼女の荷物を運んでいた。


 荷物を抱えて平気な姿を見せるあたり、彼女の怪我は完治したようだ。

 想像以上の回復スピードにはルノアは勿論、ラチェットも目を点にして驚いていた。


「そろそろお昼御飯にする?」

「そうだね! ボクもうお腹ペコペコだよ~」

 年相応の女の子らしいトークは見ていて微笑ましいものがある。

 奴隷時代、強く夢見ていた学園生活。そしてそこにいる生徒達と友達になって何気ない会話で盛り上がったり、一緒に買い物をしたりなど……その夢が叶った事にコーテナは幸せのあまり笑みを浮かべている。


 本当に幸せそうな表情だ。

 ちょっと間抜けな雰囲気のほんわかとした笑顔。


 女子二人は小腹を満たす為に何処かお店を目指した。


「……むむ?」

 美味しそうなお店がないかを探す手前。

 ルノアは道の端っこにて、ある存在が目に入る。


「うぐっ、あああ」


 人だ。

 ルノア達よりもかなり身長が低い。青い髪の小さな女の子がその場で倒れている。


「うわわ!? 大変だ!?」

 コーテナもそれに気づいたようで少女の方へと体を寄せる。ルノアは突然の光景に数秒近く固まっていたが、コーテナに驚いて即座に体を動かした。


「ねぇ、大丈夫!?」

 大声で少女を呼ぶコーテナ。

 ……少女は小刻みに震えている。コーテナの声に反応したのか、静かに腕をあげてくる。


「おなか、すい、た……」

 少女はその言葉を吐いたと同時に再び気を失った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 昼食を終えたサイネリアとホウセン。そして、いつも通りアクセルの特訓に付き合おうとしていたラチェット達。

 そんな彼らの前に、ローブ姿の何者かが現れる。


 サイネリアの視線から放たれる威圧。彼女の静けさに妙な心地を覚えたのか、一同のこちらに視線を向けてくる謎の人物に気が付いたようだ。


「お前、何の用だ」

 サイネリアはローブの何者かに返答を求める。


 静かな空気の中、怪しげな風が吹き荒れる。

 その瞬間、ローブが大きくめくれ、その中に隠れていた“凶器”が姿を現す。


「「「!?」」」

 ラチェット達はローブの隙間から見えた、その凶器に戦慄する。


 それは、刀である。ホウセンとコヨイが使用しているものと全く同じ、“日本刀”を思わせる見た目の剣である。

 

 ___その剣は真っ黒だった。

 真っ黒な剣からは赤い雫が零れている。その濃厚な黒が混じる混濁とした赤の液体の正体はもしかしなくても血液だ。

 あの黒い錆は間違いなく血液が固まったもの。しかし、刀は腐る気配を一切見せておらず、むしろ綺麗な形のまま。


 赤い雫を垂らす刀を見せる何者か。

 その姿を見た一同は一斉に身構え始める。


「……ほう、匂うな。“魔族の匂い”だ」

 ホウセンは顎に手を置き、問いかける。


「流石は騎士団と言ったところか。感覚だけで俺を魔族と見抜いたか」

「いいや、当てずっぼうだ」

「……」

 ホウセンの対応にローブの何者かは指摘を返そうとしない。

 声からして男であることは分かった。しかし何故だろうか、人間と同じような声を発しているというのに……そこからは妙な冷気と不穏な空気を感じるのは。


 刀をチラつかせ、ローブの男は近寄ってくる。


「おっ、やるなら相手をして」

「師匠、ここは私にお任せを」

 前に出ようとするホウセンよりも先に、刀を抜いたコヨイ。


 静止の声を上げる間もなく、コヨイは刀片手に突っ込んでいく。この街に突如として現れた謎の無法者に勝負を挑むべく、好戦的な性格を剥き出しにして。


「特訓の成果、お見せいたしましょう!」

 コヨイは精霊騎士団であるホウセンの元で直接指導を受け、刀を使った戦闘術を身に着けてきた。

 彼女は生まれながらに戦いのセンスがあるらしく、ホウセンもそれは太鼓判を押していた。下手をすれば、その辺の騎士よりは実力が高いとされている為にホウセンは彼女の腕に自信を持っている。


「行きます!」

 刀を片手に接近するコヨイ。

 さすがのスピードだ。目にも止まらぬ速さで距離を詰めていく。


「……っ!」

 だが、コヨイを高く評価しているホウセンでさえも感じた予感。

 コヨイが寸前にまで近づいているというのに刀を振ろうとしないローブの男。


しかし、無防備に見えるはずのその姿は……一切の“隙が無い”。


「待て、コヨイッ! “お前じゃ無理だ”ッ!!」


 感じ取った威圧。

 目に見えない殺気。この場では計り知れない度量の気配。


 ホウセンは弟子に引き下がるよう声を上げる。それは数多くの修羅場を踏んできた師匠からの決死の忠告。ほんの数秒でしか与えるチャンスの残されていない撤退の猶予の勧告。


 だが、その声が届くにはあまりにも遅すぎるうえ、ホウセンと同じく好戦的なコヨイはたった一度聞いたところで止まるとは思えない。


 突っ込んでいく。

 止まることなく一直線に男へと刀を振り下ろす。



 鉄と鉄がぶつかり合う音。

 

 一同は刮目する。




 握っている。

 ローブの男は……馬鹿力のコヨイの斬撃を片手で握って受け止めている。


「っ!?」

 今、確かに鉄同士がぶつかる音が響いたはずである。一番間近にいたコヨイでさえもその音には耳を塞ぎたくなる轟音だった。

 ところが、男は足一つ動かすことも、刀を振り下ろすこともなく……ただ、その片手のみ。片手を軽く動かしただけでコヨイの斬撃を受け止めてみせたのだ。


「子供の割には筋がいい。だが」

 鋼がぶつかり合う音の次に響いたのは肉を打ち付ける鈍い音。

 ローブの男の膝蹴りがコヨイの腹部へと大槌のように減り込んでいく。


「ごっこ遊びの限界などたかが知れている。付き合う気はない」


 コヨイは苦しみの声を上げる間もなかった。

 悲痛に顔をゆがめる事さえもなく、コヨイの体はすぐ近くのレンガ造りの家の壁に叩きつけられる。


 壁が減り込む。レンガが崩れ落ちる。


「コヨイっ!?」

 アクセルは慌ててコヨイの元へ駆けつける。

 ……遅れて駆けつけたラチェットはコヨイの胸と腹、そして喉に手を当てる。


 息はしている。心臓も動いている。戦闘不能には追い込まれたが致命傷のみで済んでいる。ショックのあまりに気を失っているだけのようだ。


 たった一撃。

 一対一の喧嘩では騎士も顔負けの実力を誇っていたコヨイがたった一撃でやられてしまった。しかも、刀を使った攻撃ではなく、素足による蹴り上げのみで。


「お前が……今の世代か。鋼の騎士」

 軽い露払いを終えたローブの男はホウセンに話しかける。

 先程襲い掛かってきたコヨイには目もくれない。この男にとっては、不意に飛んできたハエ程度にしかとらえていないのだろう。


「鋼の騎士と知っての言葉」

 精霊騎士団。それは、先祖代々精霊の力を受け継いできたクロヌス最強の騎士団。

 ホウセンは鋼の精霊の力を受け継いだ騎士。彼の言う鋼の騎士とはその言葉を表している。


「俺に勝負を挑みに来たようだが……何者だ。お前」

 数多くの騎士達を斬り捨て、更には王都にまで足を踏み込んでくる命知らず。

 そんな魔族の戦士。当然ホウセンが興味を抱かないわけがない。世界に喧嘩を売ってきたこの剣士は一体何者なのかと問いかける。


「……【地獄の門】という言葉を知っているな」

「!?」 

 その言葉を耳にした途端、サイネリアの顔色が変わる。

 サイネリアだけじゃない。質問をぶつけたホウセンも同様である。


「……俺の名は、サーストン」

 魔族の男はローブを脱ぎ捨てる。


「地獄の門が一人・《鋼の闘士》だ」


 和服のような衣服を身に纏っている。上半身は肌が見えるようにめくっており、その胸と背中には大きな傷が一つずつ残っている。


 真っ白な肌。まるで鋼そのものを思わせる透明さ。

 人間らしい筋肉、人間らしい顔つき……しかし、その顔は無表情でありながらも、人間全てを恐怖させてしまう威圧的な形相。


 額に生える二本の角。薄紅色の化粧を思わせる模様。

 その姿は噂に聞く……鬼そのものであった。

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