PAGE.207「修羅と呼ばれる鬼」

 王都の小さなレストラン。

 昼食の時間頃ということで、いつも通り食事を取りに来たサイネリアとホウセンが昼限定の大盛メニューを腹九分目にまで放り込んでいる。最早、日常茶飯事の光景である。

 腹九分目なんて例えを出しているが、テーブルの上は既に五十枚近くのお皿が積み重ねられている。一体どのくらいのカロリーを摂取しているのかと疑問に思いたくなる。精霊騎士団は内に秘める魔力も増大なら、胃袋も特大サイズと言うべきか。


「なぁ、ホウセン。知ってるか?」

 今日の日替わりメニューである鶏肉のソテーをフォーク一つで串刺し、勢いよくかじりつくサイネリア。

「どれをだよ」

 いつも通りの対応をしながら、彼専用に用意されたボウルの中のスープを一瞬で口の中に流しこむホウセン。


「……ここ最近、腕のある騎士達が何者かによって斬り捨てられているっていう“辻斬り魔事件”のことだよ」

 サイネリアは今回掴んだ噂の内容を口にする。

「ああ、見た見た。報告書で見たわ……っていうか、お前最近知ったのかよ。その話、数か月前から報告書に書いてたぞ?」

「私は報告書を読まねぇーんだよ」

「おいおい、仮にもトップ組織のメンバーだろ、お前……」

 こんな人物がトップの一人だと知ったら大変だぞとホウセンは呆れる。

 報告書はクロヌスの騎士達にとって有益な情報が山ほどあれば、同時に危険が及んでいる情報が雪崩れ込んでくることもある。目を通すのは当たり前だというのに、彼女はそれが面倒なために読まないそうだ。


 届けられた書類は大半が机に山積みになってると思われる。


「……今月でもう四十人だ。一応目撃者はいるらしいな」

「ああ」 

 ホウセンはレストランのサービスであるパンの間に鶏肉のソテーを挟み、それを一口で放り込んでしまう。


「まるで“鬼”のような奴だったって言ってたな」

 口の中に物を放り込みながらホウセンは喋る。……皆は口の中に物を詰めながら喋るのは絶対にやめよう。


 話を戻すが、ここ最近、王都の外の街で発生し続けているという辻斬り。その標的のほとんどが腕に自信がある者、もしくは腕が評価されている名高い騎士達のみであり、ここ数カ月ではその被害が頻繁になってきたのだという。

 彼女の言う通り、今月でもう四十を超えている。一日に一人は必ずやられているという非常事態だ。


「被害者の大半が致命傷、だっけか」

「ああ、生きてる奴が多いのが奇跡なのか……それとも、その辻斬り魔の意思なのか」

 運よく生きているのか、それとも生かされているのか。

 どのみち、騎士としては屈辱でしかない運命を味わっているのがほとんどである。傷だけを残し、生き恥を晒されているのだから。


「近いうちに王都にも顔を出すんじゃねーかな?」

「はっはっは、だとしたら是非とも俺がお相手したいものだ」

 戦闘馬鹿であるホウセンは辻斬り魔の挑戦を正面から受けると断言。

 相変わらずの返答にサイネリアは呆れたように溜息を吐く。背筋も凍りそうな強者の存在の脅威が現れたとなると、この男は危機感どころか、歓喜の表情を浮かべるのだから、何処か感覚が狂ってる。


 面倒な相棒を持ったものだとサイネリアは思っているのだろう。同じような事をホウセンから思われているなんてこと考慮もせずに。


 昼飯を終え、互いに料金をテーブルの上に置いておく。

 今日もレストランの店員の後片付けが大変そうだ。それだけの量の皿の山を背に、二人はレストランを後にした。


「それじゃあ、今日も見回りを……」

「あっ! 師匠!」

 ホウセンがレストランの外に出ると、元気の良い女の子の声。飼い主へと擦り寄ってくる小型犬のように懐っこい仕草を見せながら、その少女は近寄ってくる。


「おっ、コヨイじゃないか」

 師匠という言葉を否定もせずにホウセンは彼女に挨拶を返す。


「おっ、監視対象にカミカゼ野郎も一緒か」

「いい加減名前で呼べヨ」

 コヨイの近くにはラチェットとアクセルもいる。

 三人とも学生服を着ていない。ラチェットは外で冒険していた時の衣服だし、アクセルとコヨイの二人も私服である。


 アルカドアの事件は幕を閉じたものの、学園の再開にはまだ時間がかかる。

 それ故にラチェット達は暇つぶしにといつものメンバーで集まっては、互いに勉強や特訓などに付き合っているようである。大半が遊びで時間を潰しているような気もするが。


「師匠! 今日の特訓も楽しみにしています!」

 両手をグっと気合十分。ここまで可愛らしい彼女の姿も珍しい。

「ああ、そういえば今日か!」

 ホウセンは思い出したように腕を叩く。


「お前、弟子との約束くらい覚えててやれヨ」

「いやいや、最近仕事が立て込んでたから、ついな?」

 申し訳なさそうにホウセンは笑っていた。お詫びついでにとコヨイの頭を撫でまわし、コヨイはそれを拒否する事もなく、受け入れている。


 戻ってきた平和な日常。

 何気ない会話をしながら一同は盛り上がっている。


「……ん?」

 サイネリアは気づく。


「ほほう、ふーん」


 そんな様子を眺めている一人の影。異様な立ち振舞い。


 睨みあう二人。

 嵐の前の静けさとは……このことを言うのだろうか。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 同時刻。ブリッジにて。

 ブリッジの中央には沢山の商人達が集まっている。何かを取り囲んでいるようだ。


「先輩! しっかりしてください!」

 包帯片手に治療を続けるプラテナスの姿。

 その隣では商売道具である医療用具を無償で提供してくる商人の姿が数人。彼等も慌てるように治療の手伝いをしている。


「もうすぐ医療班が来ますから! だから、しっかりしてください!!」

 焦るプラテナスの声。


 集う商人たちの間。


「ごめん……プラテナス……!!」

 胸を大きく斬り裂かれた、ディジーの姿であった。

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