PAGE.205「一時の平和」


 目覚めた時、そこには見慣れた天井が待っていた。


 ラチェットは深い眠りについていたようである。その眠りは心地よかったのか、体は若干の火照りがあり、瞼も少し面倒くさげに開いていく。


 そこは何でも屋事務所の彼自身のベッドの上だった。

 体は何処にも異常はない。全くと言っていいほど無傷の状態で、意地でも外そうとしなかった仮面もついたままである。


 あの後、何もなかったのだろうか?

 ラチェットは妙な違和感と共に、最早目覚ましくらいにしか使用用途が見つからないスマートフォンを開こうとする。


「ラチェット……」

 いつもスマートフォンを置いてある先に手を伸ばそうとした矢先。

「コーテナ、お前起きて、」

そこには涙目でこちらをずっと見つめているコーテナの姿があった。


「ラチェットー!」

「危ねぇナ!!」


 また心配のあまり飛びついてくるのが目に見えていたラチェットは即座に両手をクロスさせガード。二度も同じ経験をしていれば三度目は絶対にない。


「だから、病み上がりに抱き着くナ! 心配してくれるのはありがたいガ!」

「だってビックリしたんだもん! ラチェットが一人で悪人達の元へ向かったってアタリスに聞いて……そしたら、ラチェットが眠ったまま帰ってきて」


 アタリスがばらした。それを聞いてラチェットは少し舌打ちをする。


 その舌打ちには自分への不甲斐なさも込められている……といっても、一人でアルカドアに牙を剥こうとした矢先、何かしらの被害は覚悟していた。このような結果は避けられなかったとはいえ、面倒事が増えすぎたことに再び舌打ちをする。


「……というかコーテナ。お前の方は大丈夫なのかヨ」

 ラチェットは自分の事よりもとコーテナに聞く。

 ラチェット自身、ケガは全くないように考えられるが、ちゃんとした意味で怪我を負ったのはコーテナであった。心配するのは何方かと言えば、そっちの方だとツッコミを入れる。


「御覧の通り、もう大丈夫です!」

 さすがは王都の最新医療。あれだけの火傷も引っ込んでいるようだし、二日もかからずに完全回復を見せていた。


「……そうか、よかっタ」

 内心、彼はホッとした。


 心から嬉しかったようだ。数日間目を覚まさなかった彼女が、こうやって元気になれたところを目の当たりにできて。


「なぁ、コーテナ。俺は眠ったまま帰ってきたって言ってたガ」

「うん、王都の医療施設で治療してたって聞いて……だから、ラチェットも酷い怪我をしたんじゃないかって」


 王都の医療施設に預けられた。

 全くの無傷の体。そして、あの場にいたであろうメンツ。


 ……ラチェットはまたも舌打ちをした。

 屋上で気を失った時から今に目覚めるまでの記憶はない。だが、これだけ体が安泰な状況の上に医療施設から返されたという事実。彼自身、自分に何をされたのかは明白なままに分かる事だった。


(勝手に体を調べるなら、最初に聞けってんダ……)

 恐らくだが、例の事実のことで体を調べられたのだろう。

 勝手に体をまさぐるのはプライバシーの侵害だとラチェットは頬を膨らませていた。といっても、聞いたところで承諾するつもりは更々ないようだが。


(……魔王、か)

 魔王かもしれない。その疑いがかけられている事。ラチェットはアルカドアの砦での戦いを思い出す。


 あの一瞬。気を失う前に出会った謎の女性。

 体の何もかもをジャックされてしまい、気が付けば見たこともない光を放った魔導書を発動させ、今までとは比べ物にならない火力の装備を持って、この国の叛逆者であるウィグマを焼き払った。


 その力はとてもじゃないが人間のモノではないと思っている。あの光景を思い出すたびに、その例の噂が本当なのではと不安にもなる。


 ……だが彼の中では、自分が魔王だという噂は間違いのような気がしてならない。

 何故ならば、あの時に見た謎の女性は“魔王”というよりも。


「ねぇ、ラチェット」

 コーテナの声。随分と上の空が続いたラチェットも慌てるように気づく。

「やっぱり、ケガが酷いんじゃ?」

「大丈夫だヨ。お前と同じで異常なしダ」


 騎士団達によって調べられているであろう体。

 何事もなく、ここへ帰してくれたということは……きっと体には何一つ異常がなかったのだろう。どちらの意味を取っても安全だという事が証明されたのだとラチェットは思う。


 その事実に対してはひとまずは安堵する。


「おっ、目が覚めたのかい?」

 すると、互いに心配しあう二人の元へ現れる。

「こりゃあ、坊やの分も持ってこないといけないねぇ」

 コーテナの分のお昼ご飯を持ってきた、エプロン姿のオボロであった。


「いや待て。なんで、まだいるんだヨ」

 アルカドアの一件も終わって、ここにいる理由もなくなったはず。約束通り、騎士団に自首をしに行ったはずの彼女が何故ここにいるのかとラチェットは声を上げた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「……というわけで、騎士団には自首はしたのさ。そしたら、事情はある程度調べてたみたいでねぇ……アルカドア関連に関しての罪状は免除してくれたのさ」

 

 目覚めたラチェットはコーテナと共にリビングを降りて、昼ご飯のソーセージと目玉焼きを食べながら事情をオボロから聞いている。


 あのアルカドアの一件にて施設にスカルと一緒にやってきていた事。前もって突入していたラチェット達以外にも騎士団とエージェントが駆けつけていた事。


 まずはアルカドアにて起きたクーデターの結末をオボロから聞いた。


 あの一件後、気を失ったウィグマは地下牢へと投獄され、目覚めるまでは監視の状態になったようだ。



「んで、山岳爆破によって出てきた被害の資金を返すまでは王都からは出られない条件として自由を貰ったのさ」


 アルカドアの一件が落ち着いたあたりでオボロは約束通り騎士団へと自首に行ったのだという。約束は絶対に守る主義だという彼女の嘘っぽい言葉は真であることを証明する為に。


「何やら、私の事を強く弁護してくれた騎士様がいたみたいでねぇ……」


 すると、どうだろうか。

 人形計画に携わっていたノァスロの研究資料によって、オボロも利用されていたことが騎士団の間で既に判明されていた。


 彼女自身は何も知らずに山岳の爆破を繰り返したわけだが……とはいえ、いくら利用されたからと言って、その爆破によって生まれた被害は相当なものだ。そもそもの話、金に釣られた彼女の自業自得である。


 これには無罪なまま片付けるわけにも行かないのである。


 彼女を弁護した騎士。それはおそらく“サイネリア”と“ホウセン”だと思われる。

 あの時の約束を果たしたのだろう。見た目によらず、律義な二人である。


「というわけで、そのお金を稼ぐためにここでお世話になることになったのさ! 王都に罪を償うのは勿論、ここにツケも残しちゃったしねぇ!」

 そういえば思い出す。この女は助けてほしいと口にしただけで、その仕事を終えた後に報酬を渡すとは一言も言っていない。

 結局、何でも屋スカルは命を張って、ただ働きすることになったという事実にラチェットは深く息を吐く。彼女のいうツケは、助けてくれた事への御恩ということだ。


「まぁ、いろいろ迷惑かけちゃったけど、これからも仲良くしようじゃないか」

 オボロはニカっと笑いながら片手をラチェットに差し出す。握手の催促だろう。

 あれだけ迷惑かけておいて随分と軽く済ませようとするものだ。この女は割と単純明快で細かいことはあまり気にしないタチなのだろうか。普段の会話を聞く限り。


 ……スカルもスカルでよくもまあ、受け入れたものである。百パーセント色目で負けたのではとラチェットは正解の予想までしていた。


「まぁ、コソコソやらなくていーんなら、こっちも否定はしねーヨ」

 ラチェットは握手に応えた。

 騎士団に黙って爆弾魔を庇うなんて心臓が痛い日々であったが、その日々からも解放されるのであれば彼女を否定する理由がない。


 呆れながらもラチェットはオボロを受け入れることに。


「話の分かる坊やで助かるよぉ! それじゃ、思い残すこともなくなったし、精一杯働かせてもらうかねぇ!」

 気合を入れているが、それだけの気合を回せる仕事が来るかどうかは分からない。

 何せ、一日中ガレージでコーヒーを飲みながら一日が終わることが多いと言っていたスカルだ。そんな日々に絶望しないことを祈っておこう。


「ちょっとトイレに」

 ラチェットは立ち上がり、リビングから離れていく。


「……」

 ラチェットはそっと胸に手を当てた。

 

“この胸の中にいるかもしれない誰か”。

 その存在。不安じゃないかと言えば……嘘になる。


 ラチェットは溜息を吐きながらリビングを後にした。

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