PAGE.166「愉悦の不安」


「南西エリア、姿を確認できません」

「北東エリア、同じく」

「北エリアもそれらしき姿は」


 城の中庭にて、騎士達が報告をしている。


「まだ外に出たという報告はありません。しらみ潰しに探しなさい!」

 精霊騎士団が一人クレマーティ。

 彼はエーデルワイス同様、騎士団の中では少し特別な扱いを受けている騎士の一人である。基本的には指揮や政治関係の役職に任命されており、ホウセンやサイネリアのように直接現場に赴き鉄槌を下すことは少ないとされている。


 精霊騎士団は例の爆弾魔の姿を探すのに必死である。

 爆弾魔の特徴、見た目を描いたスケッチはエージェントであるシアルから回収している。その人物は学園の生徒達による目撃証言の人物と一致。王都の外に逃げる前に確保する方針となった。


 少し遅くなったが指名手配の通告を街中に張り出している。そして王都の騎士団総動員による捜査網。そう易々と外には逃げられない。むしろ、見つかるまで時間の問題と言ったところだろう。


 王都の門も今以上に警備のレベルを上げている。精霊騎士団のメンバーであるディジーとプラテナスが率いる騎士隊が、東西南北全ての門に張り込んでいる。その騎士隊からもそれらしき人物が外に出たような報告はない。


 まだ、王都の中にいるはずである。

 早いところ爆弾魔を捕縛し、精霊騎士団も魔物の大量発生の原因調査に可能な限りの兵を回したいわけである。そちらの方にはエージェント達が手を回しているが、あまり負担をかけるわけにはいかない。


「一体どこに……」

 クレマーティは少々の焦りながらも、その見た目だけは常にクールで冷静。自身の手を顎に置き、他に探していない場所や、人間を隠すのには丁度いい場所がないかどうかを徹底的に探している。



「大変そうですね。クレマーティ」

 外の見回りから帰ってきたフリジオ。中庭に顔を出したかと思ったら、面倒な事態に頭を抱えているクレマーティへ軽い挑発を仕掛けてきたではないか。


「他人事のように言わないでほしい。何か情報は掴めたのか?」


「見つからないね。といっても、僕はあの麗しのお嬢様にしか興味がないけれど」


 ……クレマーティはフリジオの自分勝手さに頭痛がする。

 フリジオは他のメンバーとは違って特別な任務を与えられている。それはヴラッドの娘を自称する“アタリス”の監視。それにこの任務は彼の家柄とポリシーの問題でフリジオ自身が強く願っているものである。


 そのためにフリジオはアタリスの監視と尾行でほとんど精霊騎士団の任務には顔を出さない。


「ふふふ」

 フリジオは気味の悪い笑みを浮かべながら中庭を去っていく。


「……フリジオ、何か良いことでもありましたか?」

 その笑顔を見たクレマーティは不審な顔で彼を呼び止める。

 その質問は少しばかりトーンが重く、普通の民間人が聞いたら背筋が凍り付くような話し方であった。



「ああ、今日もそのお嬢さんとお話しできたからね……」

 アタリスの事。彼自身の夢のために殺すべき存在である彼女を愛おしく想うフリジオの不気味な笑顔が一瞬だけチラついていた。


「……」

 クレマーティは魔導書を開く。

 マジックアイテム。この世界でいう通信機の仕掛けを持つ魔導書だ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 精霊騎士団の数名かが円卓の間へと呼び寄せられる。

 基本的に王都内の見回りを任されているは騎士団の無法者ことサイネリアとホウセン、そしてクレマーティと同じく特別な扱いを受けているエーデルワイスとその妹のイベルだ。


 急遽、五人の精霊騎士が円卓の間へと集結することになる。これは王や騎士団長による招集以外では珍しいことである。



「どうかしましたか、クレマーティ?」

 突然の呼び出しにエーデルワイスは疑問を。


「ワイス、それにイベル。調べてほしいことがある」


「構いませんが……一体何を?」


「フリジオの事だ。何か企んでいるかもしれない」


 “フリジオが何か企んでいる。”


 この言葉をクレマーティが口にした途端、エーデルワイスとイベルの目つきがさっきと比べて鋭くなったような気がした。同じくして話を聞いていたサイネリアとホウセンに関しては、面倒ながらも面白そうに聞いている。



「今日のフリジオは妙に機嫌がよかった……奴が笑みを浮かべている時、それは何か企んでいる予兆であることが多い。このタイミングでフリジオが笑いたくもなる秘密となれば」


「爆弾魔。もしくは魔物の事のどちらかの情報を知った……?」

 エーデルワイスはものの見事な推理をする。


「さすがワイスです。御察しがいい」

 話が早く済むことにクレマーティは胸を撫でおろす。


 フリジオは精霊騎士団に加入してから数年とまだ歴が浅い。そして、彼は家族に対して異常なまでの崇拝心を抱いている。それ故に、彼らのような英雄へと名を馳せるために一人暗躍することが多い危険人物と呼ばれている。


 彼が笑った時。彼が愉快になっている時。

 その時は大抵何かを企んでいる。彼の胸を満たす何かを見つけたときにその笑みを浮かべる。


 彼の夢が叶う何かを見つけたときは……不気味な笑みを見せる。

 その笑みを見せたのは今日だ。彼は何か特別な情報を掴んだのかもしれない。


「少しでいい。彼の様子を見てほしい。日がたてば、私から聞き出す」


「分かりました。お任せを」

 エーデルワイスはその任務を承諾する。

 エーデルワイスとクレマーティの立場は精霊騎士団の中でも高い方であり、この二人の立場は同じようなもの。そしてお互いに担当している仕事は王や騎士団長の護衛などと相当大きなものだ。


 クレマーティの引き受けている仕事は相当な精神と体力を使う。それを把握しているエーデルワイスは何の反対もせずにその仕事を引き受けた。騎士団長である彼女が外出をする予定は長い間ない。その間なら引き受けることは可能だった。


「頑張る」

 イベルもクレマーティの任務を受けた。



 エーデルワイスとイベルの二人は事の内容を聞いてから、円卓の間を出て行った。



「んで、私たちは何だよ?」

 サイネリアは椅子に座りながら耳をほじっている。さっきの礼儀正しい彼とは90度真逆の行儀の悪さである。


「……何でも屋スカル。ここに向かってほしい」

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