PAGE.111「迷子の子猫ちゃん(その4)」

 

 学園の大天空に怪鳥が舞う。

 その風貌はあまりに禍々しく、野性的の度を過ぎた怪物の類。


「なんで……なんで魔物がこんなところにいるんだよ!?」

 王都は魔物という存在が足を踏み入れることは不可能な聖域とまで言われた楽園だ。現に王都の中で魔物が現れたという報告はここ数年では一度もない。


 しかし、今日この瞬間にイレギュラーは発生していた。

 魔族界の住人。理性を持たぬ、人類の脅威でしかない悪夢の獣……“魔物”が大空から人間に襲い掛かったのだ。


「やりやがったナ……鳥野郎!」

 仮面を装着し、制服の上に重ね着しているローブの内側のポケットにしまってあるアクロケミスを発動させる。


 サブマシンガンを取り出すと、大空を舞う魔物相手に乱射する。

 羽蟲のように飛び回るコンドルは大量に飛んでくる鉛玉を避けようとするが、それだけの数を乱射すれば回避が間に合う事もない。


 2匹のうち1匹の翼に弾丸が命中。そこから弾丸は浴びるように命中し、一匹目のコンドルは力なく壁の真下にまで落ちていく。



「あと一匹ッ……!」

 残りも蹴散らす。そう構えた矢先だった。

「ぐっ……!?」

 背中が痛む。サブマシンガンを咄嗟に“片手”で撃ったのが原因だ。コンドルの爪によって引き裂かれた傷が、サブマシンガンを撃った反動で大きく開いてしまった。


 痛みに耐え切れずラチェットは地面に膝をつけた。空から襲い掛かってくるコンドルを前にラチェットは悔しさ全開の舌打ちをかます。


「お前、さっき俺を庇ったから……!」

 ラチェットの怪我の原因は分かっていた。

 先程、押し倒した理由も……突然湧いて出てきたコンドルから身を守るためにラチェットが自ら盾になったからだ。


「……おい! アクロケミスの発動の仕方を教えろ! 俺が助ける!」

 アクロケミスの発動の仕方を教えるよう促してくる。


 ……彼が武器を生成して手渡すという方法があるが、彼の世界の武器をこちらの世界の住人が扱えるのだろうかと一瞬思う。ましてや、年齢もそうは高くない12歳の少女なんかに握らせる武器なのだろうかと。


 ラチェットもちゃんと扱えるようになるまでかなりの回数を重ねたのだ。


 手榴弾を手渡す方法も考えたが、あの高さでは12歳の腕力では届かない。


「……感覚的に教えるぞ。絶対に文句は言うナ? いいか?」

 可能性は低いだろうが……ゼロではないと思う。

「ああ! 分かってる!」

 どうやって発動しているのか。やり方は分からないが、ラチェットは感覚的に教えてみることにする。



「……いいか?」

 意を決して、ラチェットはやり方を口にした。





「まずアイツをぶっ潰す武器を想像しろ。この状況を打破する方法を考えろ。とにかく、やばいと思っている今をぶっ壊したい何かをイメージしろ……そしたら出来る。たぶんナ」


「それで本当に出来たのか!?」

 クロは呆れたように叫ぶ。


「出来たから言ってるんだろうがヨ!!」

 彼の必死さ加減を見るとそうなんだろうが、にわかに信じがたい。


 イメージなんて数えきれないくらいやったことがある。それで発動出来たら苦労はしていないからこそ、クロはその発言に疑惑を持っている。


「……ちぃ!」

 再び、ラチェットはクロの体を包むように抱きしめる。

「ぐっ!?」

 まただ。襲い掛かってくるコンドルから、彼はまた身を守ったのだ。


「おい! お前の怪我酷いんだろ!? そんなに守らなくてもいい! というか、なんで俺を守るんだよ!?」

 少女は怪我を続けるラチェットに怒鳴りつける。離れる様にと暴れるがラチェットは離れる仕草を見せなかった。


「俺の勝手ダロ……」

 背中に飽き足らず、肩にまでダメージを負ったラチェットはついに横になる。

 出血は酷くない。だが、爪が皮膚の奥にまで食い込んだせいか鈍い痛みが交わる。破けたローブから裂けた傷口が晒される。



(どうにかしないと……どうにか……!)

 アクロケミスの本を片手に空を眺める。


 コンドルはもう一度襲い掛かってくるつもりだ。次は致命傷を与えて、その臓器を引っ張り出すつもりだ。距離を徐々に突き放し、助走をつけようとしている。


(じゃねぇと、コイツが……!!)

 クロはそこから動こうとしない。

 自分のせいで。自分が無力な子供なばっかりにラチェットはおわなくてもよい傷を負ってしまった。クロはその罪悪感から動こうとしない。



 倒さなくては。あの魔物を倒さなくては……ラチェットが危ない。



(ぶっ飛ばす武器……頼むから、出てきてくれ……! 頼むから!!)

 アクロケミスの本を片手に必死に懇願する。


(お願いだ、頼む……!)

 アクロケミスに何度も懇願する。何度もイメージする。

 ラチェットを守りたいと心から願い続ける。


(親父の……俺はヒーローの娘なんだ……だから!)

 少女は目を見開く。





(絶対に助けるんだっ!)




 祈りは届かず、アクロケミスは光らない。しかし。



「……!?」

 黒い槍。少女の“影”が形を変え、一本の巨大な槍へと姿を変え天に向けられる。

 ナイフとは比べ物ならない鋭さ。あのコンドル一匹を殺すには度が過ぎるサイズの凶器がすぐ真横に具現化したのである。

 

「……何かわからないけどどうにでもなれ! ぶっ飛びやがれ、鳥野郎が!!」

 コンドルの狙いはラチェット一点。

 あれだけの早さなら狙いも変えられないはず……クロはアクロケミスの魔導書を握りしめながら、意識を空から襲い掛かるコンドル一匹へと集中させる。



 飛んでいく。

 黒い槍はその場で目にも止まらぬ速さで伸びていくと、空から襲い掛かってきたコンドルのクチバシの中から尻尾の先まで貫いた。


 


 標的を捕らえると、影は縮んでいく。

 貫かれたコンドルは、目を見開いたままコンクリートの地に叩き落された。



「や、やった……」

 アクロケミスを抱えたまま、クロはその場で腰を抜かす。


「俺は……! アクロケミスを発動出来たんだ! たぶん!!」

 両手を上げて熱狂する。

 発動できた。たぶん。長年の夢がようやく叶った。たぶん。


 彼女はたった今、たぶんアクロケミスを発動させることが出来たと歓喜の声を上げていた。


「凄いぞこの本! 武器だけじゃなくて、魔衝も再現できるのか!」

「……うるせぇゾ、怪我人の前デ」

 耳を塞ぎながら、ラチェットは少女を見上げている。


「あ! そうだった!」

 クロは慌ててラチェットの元へ。


「大丈夫か!? 怪我は痛くないのか!?」

「お前の声が響いてさっきから死ぬほど痛いデス」

 その理由は嘘であるが、痛い事には変わりない。

 早いところ救助班の誰かくらいは来てほしいものだと願っている。




「あれ、なんでお前たちがここに……って、どうした!?」

 封鎖されていたはずの扉から、クロの担当教師であるカトル先生が顔を出す。怪我をしたラチェットが目に入ると、目の色を変えて飛び込んでくる。


「先公こそ、どうしてここに」


「さっき、空から魔物の遺体が落ちてきたって話を聞いてな。それで様子を見に来たんだが……とにかく、治療が先決でしょ! この状況は!?」

 先生の登場により、ラチェットの応急処置が行われる。


 ラチェットは安心したかのように力を抜いた。


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