PAGE.65「自由な日々(その3)」


 ラチェットが気を失ってからの事の一端。

 洗脳という恐怖から子供達を解放するため。その妄執と憤怒のためだけに振り回されるコーテナを救うため。そして友を傷つけた償いを与えるため。


 あの男はこの世から姿を消した。

 炭はおろか、塵一つこの世に残さなかったとアタリスは口にした。



 ……コーテナはその話になるとやはり無言ではあった。アタリスの願いであったとはいえ、自身の事でその手を汚させたことに罪を抱いているようだった。


「コーテナ。何度も言うが気にするな……私の事は今更だ」

 アタリスは過去の自身の行いを口にすると、皮肉気味に笑っていた。


「……半魔族の二人は?」

「近くのベッドで寝ているよ。二人とも大丈夫だって」


 死に物狂いで手に入れた資料には、洗脳魔術の事について記されていた。

 洗脳を行うには魔導書の破片を体に組み込むこと。そして、”魔導書を使用”して洗脳した少年少女の体を動かすというものであった。


 村長の体を燃やしたことにより、魔導書もこの世から姿を消した。

 あの二人は洗脳という苦しみから結果的には解放されたのである。


 ……少し気がかりなのは、洗脳されていた時の記憶があるかどうかだ。

 自身の意思で殺したわけではない。だが、自身の手で下してしまったのは事実である。その記憶が残っているのだとしたら、その子供達は永遠にその罪に付きまとわれることになる。


「なぁ、二人の記憶は」

「二人とも覚えていないようだ」


 ラチェットが気を失っている間、ハミングが目を一度だけ覚ましたらしい。

 話をしてみれば、何故ここにいるのか全く記憶がなく、今まで何をしていたのかも覚えていないようだった。


「そうか……」

 ラチェットはベッドで再び横になる。

 まだ体が痛む。数日は安静と言われていて、もうしばらくは安静にしていないといけない。



「あっ、起きたみたいだね」

 情報屋ベリーも会話を聞きつけ、ようやく顔を出す。


「どうだい? 魔導書を使った魔法だから、本格的な治療にはならなかったけど」

「問題ない。充分」

 助かっただけでもありがたいと言っておく。

 それどころか、あれだけの傷を数日近くで治してくれたことに感謝の気持ちでいっぱいだ。


「あと一日ぐらいは面倒見てやるから、しっかり寝といてね」

 ベリーは上着を脱ぎ捨てると近くの椅子に腰かけ、タバコを吸い始めた。


「悪いな。助けてもらって」

「気にしないでいいのよ」

 スカルからのお礼にベリーは軽く返した。


「……ところで、あの子達はどうするの?」


 ベリーが本題に入る。

 そうだ、問題はそのことだ。


 あの少年少女はこの街で騒動を繰り返した。その顔を覚えている者もおそらくだが少なくはない。

 場合によっては追われる身にもなる。そして、自身の犯した罪を知れば、精神的にも追い詰められることは免れない。


「ねぇ、ボク達で面倒を見てあげられないかな?」

「そうしてやりたいが……」


 面倒を見てやりたいところだが……結構な資金を失ったスカル達に、これ以上の人数の面倒を見る余裕は残されていなかった。


 ___どうしたものか。

 この少年少女に生きる自由は残されていないというのか。


「……ねぇ、あの子供達、私が貰ってもいい?」

 情報屋ベリーが片手を上げて提案をした。


「貰うって、どういう」

「いやね、この街は治安悪すぎて体が持たないんだ。それに情報も掘り尽くしちゃったから場所を変えようと思っててね……それに私も、この街では結構なお尋ねものなわけよ」


 とある魔法研究会の情報を奪ってきた。バレるものなら指名手配は免れない。世界の闇を暴くというには、それだけのリスクを背負うという事だ。


 影の世界は勿論、表の世界でも彼女は立派なお尋ね者。こうやって隠れ潜んでいるのも、それが理由の一つ。

 情報もないのならこれ以上の滞在は不要。この街から存在を悟られない遠くの地へと場所を変えようとしていたようだ。


 ……だから、彼女は提案した。

 この街から離れるのだから、都合が良いと。


「場所を変えて商売しようと思ってるんだけど、ちょうど人手が欲しくてさ……どうせ追われる身なら、同士で仲良く面倒見てあげるよ」


 子供二人くらいなら雇う余裕は彼女にはあるという。

 何の問題もない。幸せにできるかどうかは分からないが、そのあとの事は全部任せてほしいとベリーは気取っていた。


 ただ、問題は人間嫌いだというハミングの気持ち次第であるが。

 ……しかし、今のところそれが最善の方法だろう。


「ありがとうございます」

 コーテナは頭を下げ、ハミング達のお礼を代わりに告げる。

「だから、気にしてくていいってば」

 褒められたものではないし、気にしないでほしいとベリーは口にした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 その日の夜。

 明日に備えてラチェットはベッドで横になっている。


 小麦粉を王都に届ける仕事があったのだが、今回で大きなタイムロスが生じてしまった。そのロスを取り返すためにも万全の状態にまで回復することを頭に入れる。


 だが先程まで眠っていたせいか、目が覚めてしまった。

 ラチェットはふっとベッドから起き上がると、情報屋ベリーの部屋から外に出る。


 鼻に厳しい匂いが漂う下水道。埃の充満した空気に錆びた匂いで刺激される。

 美味しい空気を一度吸いに行こうと、一瞬だけ下水道から顔を出す。


「あっ」

 外に出ると、ラチェットはある人物が目に入る。

「おっ、ラチェットか」

 スカルだった。

 彼は煙草を片手に満月を眺めている。


「もう大丈夫なのか? というか、あまり外に出ると面倒な事になるぞ?」

「そのセリフ、そのまま返してやるヨ」

 目撃者がいるかいないかでスカルもお尋ね者に入っている可能性の一つはある。

 ラチェットは呆れながら、タバコを吸っているスカルの横でしゃがみ込む。


「……ちょっとばかり、美味い空気を吸いに来ただけダ」

「あっはっは、あそこは空気が不味いからな」

 スカルも一服ついでに息継ぎにきたようだ。

 美味しい空気、涼し気な空気に満月で照らされた夜空。こんな幻想的な風景を背景にすれば、世紀末なダウンタウンも色良く見た目が変わるモノである。


「なぁ、ラチェット」

 無言のままなのもアレなのでスカルが口を開く。

「……お前さ、実は俺の事疑ってたりした?」

 今回の一件。

 ひとまずの安息で解決した一件をわざわざ掘り返す。


「どうして、それを聞くんだヨ」

「いやぁ、気になったものだからさ」

「……実は思ってた。ほんの少し、警戒してた」

 

 正直な気持ちをラチェットは吐露する。


「お前は俺達といた方が利益があると思って一緒に行動してル……だが、今回はあんなのを敵に回すのは流石のお前でも都合が悪いと思ってた。大金の一つでも積まれたら平気で裏切るんじゃないかと思ったのサ。何せ、気安く仕事を一度放棄した男だからナ」


「あっはっは、言われ放題だぜ」

 困ったようにスカルは煙草を煙を吹かす。


「安心しろよ。あんなクソみたいな奴だったら平気で裏切るが……お前等みたいな奴だけは絶対に裏切らねぇ」

 タバコをその場で踏み潰すと、深く背伸びをする。


「俺はそこまで腐った人間になったつもりはねぇからな」

「堂々と”裏切る”なんて言葉を口にする奴が言えるセリフか、それ」

「ははっ、相変わらず面倒だな」


 二人はパイプ部屋へと戻っていく。


「……だが、良かったよ。すっかり元気だな、お前も」

「おかげ様でナ」


 美味しい空気はほとんど吸い込んだ。明日にもこの街から姿を消すために今日はしっかりと睡眠を取って、体力を補給することにした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 パイプ部屋に戻ると、それぞれに用意された寝床へ。

 アタリスは近くのソファー。スカルは一回り大きいパイプの上で枕片手。コーテナは情報やベリーが使っているベッドの近くの絨毯で横になっているようだ。


 ただ一人ベッドを使っているのが申し訳なく思う。

 ラチェットは今度こそ眠ろうかと瞳を閉じる。


「ラチェット、起きてる?」

 ……と思いきや、深夜に客人がやってきた。


「起きてるヨ」

「ごめん、ちょっとだけいいかな?」


 コーテナがそっとラチェットの元へ近寄っていく。


「……ありがとう。二人を助けてくれて」

 頭を下げて、少年少女を助けてくれたことに改めてお礼を言う。

 起きてすぐの時はドタバタしてた上に気も動転していたのでお礼を言いそびれた。それを思い出したコーテナは慌ててラチェットの元へやってきたようである。


「それともう一つ」

 コーテナは去る前に質問を一つ。

「どうして、ボクのワガママを聞いてくれたの……?」

 今回の一件はコーテナの私情だった。

 少年少女を助けたところで何の利益もない。骨折り損のくたびれ儲けの儲けもない話だったというのに、それに応じたラチェットに理由を求めていた。


「さぁナ」

 ラチェットは適当に応えた。


「アイツが気に入らない。それだけサ」

 実際本当の理由である。

 あの男の事を思い出すだけでもむかっ腹が立った。その上、骨折りとくたびれの原因でもある一件を一方的に起こしてきたことで再び彼の頭に怒りの火がついた。


 そんなくだらない理由だと告げる。


 ……だが、本当は。

“自由を奪われた子供達の苦しみを無視できなかった”。


 ラチェットはそれを口にこそしないし、意識もしていない。

 無意識による感情。その感情に従ったまでである。


「くすっ」

「何がおかしいんだヨ」

 仮面をつけたまま、コーテナをベッドから見上げている。


「ううん……今日は本当にごめん。ボクのワガママに付き合わせてこんなことに」

「バーカ、付き合ったのは俺ダ。お前が謝ることじゃねぇヨ」

 コーテナに軽く毒を吐くと、布団を顔に被せる。


「申し訳なく思うなら、王都についた時に何か美味い飯の一つでも奢りナ」

 相変わらずだ。彼らしい返答である。

「……本当に良かった。君を信じて、本当に良かったよ」

 微笑みながら少女は少年の毒に微笑んだ。


「早く寝ロ」

「はーい」

 コーテナはラチェットの言葉にうなずくと、再び寝床へと戻っていった。


(やれやれ……)

 ソファーに横たわっていたアタリスは静かに瞳を開ける。


(本当に、素直じゃない小僧だ)

 素直になれない人間。何処か言葉に棘を残す。

 そんな仕草に愛おしさを覚えている。



(まあ、人間とはそんなものだ)

 やれやれと呆れつつも、少女は再び眠りについた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


=魔法世界歴 1998. 8/19=


 後日。いよいよホウコウシティを抜け出す。

 事態は落ち着いたとはいえ、あれだけの騒動を起こしたのだから注目を集める危険性はある。情報屋ベリーに別れを告げた一同は彼女が用意したルートを使用し、注目を集める前に街からトンズラした。



 気が付けば、充分にあった時間も減ったものだ。

タイムリミットに怯えながらの状態で再スタートをする羽目になった。


 珍しくバギーは早めの走行。

 揺れる視界に揺れる車体。体を動かすことが楽になったとはいえ、病人相手には優しくない運転にラチェットの気分は最底辺であった。


 ……街の外の平原。

 王都に向けてバギーは進行を開始する。


「んで、どうやって王都まで向かうんダ?」

 スカルはホウコウシティに到着した初日の間にルートの確保は終わっていた。

 どのルートを使用するのか……地図片手に運転を続けているスカルへ質問する。


「王都に向かうには渓谷のブリッジを経由する必要がある……この辺は時期的に魔物が徘徊してる事もないみたいだし、ストレートに直行して、そのまま王都へ向かおうってことよ」


 このまま一直線。

 ノンストップで王都まで直行。早めに配達をしてくれたボーナスは今回の一件によるタイムオーバーで発生しなくなったが、せめて期限くらいは守らなくては。


 何でも屋スカルの評判が下がりっぱなしでは、彼の夢である一攫千金はまた夢となって消えてしまう。成功を収めるため、スカルは更に車を加速させた。


「それじゃ、飛ばしていくぜ!」

 バギーのスピードが更に加速した。



「おい、ちょっと待て……うぷっ」

 

 次の目的地は……王都ファルザローブ。

 ラチェットの唸り声は、バギーの走行音によってかき消されていく。


「……」

 荒い運転の中。

 コーテナは静かに空を見上げている。


「……あの二人のことカ?」

 情報屋ベリーに託した二人の半魔族。

 悪いようにはしないと口にしていた。あの男の計画に嫌悪感を抱き、情報屋としてのタブーをおかしてまで手を貸してくれた相手だ。彼女言う通り、大丈夫だとは思われる。


 あとは子供達の気持ち次第であるが……


「うん」

 コーテナはいつも通り、作り笑顔で微笑みかける。

「また、会えるかな?」

 それはコーテナが良く口にする言葉。


「ああ……」

 ラチェットがその言葉に対して告げる言葉は常に素っ気ない一言であった。

「会えるんじゃねーノ?」

 だけど、今日は違った。

 きっとまた会える。その時は自由な子供らしく笑顔であるに違いない。もっと言葉はあっただろうが、今の彼が思いつく言葉の中ではこれが一番の言葉であった。


「……うん!」

 粗末な返事ではあったが、その気遣いの言葉は少女の不安そうな顔を笑顔に変えることが出来た。



 【第五部 孤獣たちの白昼夢 完】

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