第3話 ヨルド星

 ハミルは応接間で待っていた、ユートの体を借りたミアと合流し、麻袋を持ってスクランブル交差点を目指した。

 念のためガスマスクだけ着用し、路地裏を抜けると左に曲がり、豚と牛がいた交差点に到着した。


「ここがスクランブル交差点か……。ここのどこかに地下への階段が……」


 ハミルは辺りを見回した。すると不自然に作られた階段を見つけた。


「あった。流石に分かり易過ぎるだろ」


 ぼやきながらもその階段を下り、小型船がある最下層までたどり着いた。


「うわぁ、すごいですね。これで行くんですか?」

「はい、そうですよ。ちょっと待っててくださいね」


 宇宙船は飛行機のような形をしていた。乗り込む場所は船体の下からであり、ハミルは下ろされているエアステアから乗り込み、船の中を点検し、大体の操縦手順を脳内で行う。


「よし、こいつなら俺でも動かせそうだ……。あ、後はハッチ開くボタン聞くの忘れたな」


 ハミルは右耳にかけているハンズフリーを起動した。


「もしもし、聞こえますか?」

【なんじゃ? 早速トラブルか?】

「いえ、単純にハッチの開き方を聞き忘れていて」

【おぉ、そうじゃったの。ハッチを開く機械はすぐそばにあるはずじゃ。あからさまにボタンが赤いから分かるはずじゃ】

「分かりました!」


 ハミルは通話を切り、船を一度出る。そして言われた通りの赤いボタンを発見した。


「さっきから何かと分かり易いな……」


 ハミルは呟きながらボタンの前に移動した。


「船に乗っていてください」

「はい、分かりました」


 そう言うとミアは先に船に乗った。それを確認すると、ハミルは赤いボタンを押した。

 ガンッ! ゴゴゴゴゴゴ。

 ボタンを押したことで天井が開いて行く。


「おぉ、凄いな……。っと感心してる場合じゃないな」


 ハミルは一瞬それに見とれたが、直ぐ船に乗り込んだ。


「よし……。あれ、でも船体は上に向いてないぞ?」


 ハミルがそう言っていると、ハッチは開き切ってしまう。すると、船体が徐々に傾き始める。


「な、なんだ!?」

「だ、大丈夫なんですか!?」


 ハッチが開き切ったことで、地面だと思われていたカタパルトが垂直になり、それに伴って船体が上に向いた。


「おぉ! すごい! これで飛べる!」


 ハミルは青い空に向かってエンジンをかけた。船体の整備は万全で、不可無く空に飛び立った。


「行くぞ! ヨルド星!」


 数時間飛び続け、宇宙船はそのまま大気圏を抜けていき、宇宙に出た。


「やっぱりこっちの景色のほうが落ち着くな……」


 ハミルは数時間地球にいただけなのだが、既に宇宙に懐かしさを感じていた。


「これからの本拠地は地球だからな……」

「大丈夫ですか?」


 ハミルが考え込んでいると、ユートの顔がハミルを覗き込んだ。


「うぉ、は、はい。大丈夫ですよ。イーストはこっちでしたね」

「はい、よろしくお願いします」


 ハミルはエリアイーストの方向を確認し、船体をそちらに向けて再び飛び始めた。

 機内はエンジン音やら機械類の不気味な音やらで満たされていた。傍から見れば男二人だが、今ユートに内在しているのがミアだと考えると、ハミルは会話を切り出せないでいた。


「あの、集中しているときにすみません」

「あ、はい。えっと、なんでしょうか?」


 ハミルは裏返りそうになった声を必死に隠しながらそう言った。


「ヨルド星の位置、ナビしましょうか?」

「あ、あぁ。そうしてもらおうかな~」

「これくらいしか出来ないと思うので」


 そう言うと、ハミルが座る操縦席の横に立ち、指さしで方向を示し始めた。

 これのおかげで事務的な会話が続き、ハミルとミアは沈黙を気にすることは無くなった。操縦に慣れているハミルは、ミアが指し示した方向に上手く操縦していく。その途中、宇宙を浮遊している岩石が幾度となく行く手を阻んだが、先輩に操縦ばかりさせられていたハミルは上手く岩石を避ける。そしてようやく、酸素ドームに包まれた一つの星が視界に入った。


「あ、アレです!」

「よし、アレだな。もう少し近づいたら着陸態勢に入る。その時はどこかに座ってしっかり掴まっていてください」

「分かりました」


 酸素ドームに近付くにつれ、ハミルは船の速度を落としていく。船の先端が酸素ドームに入ると、速度が出ていなくとも相当な揺れが生じる。ハミルはそれに慣れていたが、慣れていないミアは一瞬悲鳴を上げ、口を手で押さえた。

 船体が全て酸素ドームに呑まれると、船体は激しく揺れた。ハミルは手際よく船体を真っすぐに制御し、揺れを最小限にする。


「見てください。ヨルド星です!」


 いつの間にか、ユートの体を借りているミアはハミルの横まで来ていた。


「あ、はい、そうですね。それにしても……」

「はい、工場の明かりは見えますが、なんだか薄暗い街ですね……」


 富裕層のハミルには、まるで人が住んでいないかのようにも思われたが、何事も経験。何事も自分の目で確かめるべきだ。と言い聞かせながら着陸地点を探した。

 飛び続けて数分、工場を取り壊した跡地のような場所を発見し、船は着陸態勢に入った。ハミルが思っていたよりも宇宙船の性能が良く、静かにかつ揺れなく着地することが出来た。


「この船、すごいな……」

「ハミルさん、早く行きましょう?」

「あぁ、すみません」


 ハミルが船に感心していると、エアステア付近にいるミアが声を上げた。それに気づいたハミルは急いで下船の準備に取り掛かる。


「あまり長く滞在出来ないですよね?」


 ハミルが準備を進めていると、ミアが不意にそう言った。


「……そうですね。あくまでも会うのが目的ですから」

「ですよね……」


 ハミルは心苦しかったが、そう言う他に無かった。初日から下手な嘘をつくわけにもいかなかったし、かと言ってこれ以上に冷酷な言葉を浴びせられるほどの強いメンタルは持っていなかった。


「さぁ、行きましょうか。時間が限られている」

「はい」


 ハミルの準備が終わり、操縦桿付近にあるボタンを押した。すると機体後方の出入口が開き、エアステアが展開される。ミアはそれが展開されると同時に下り始めた。ハミルはそんな背中を追って宇宙船を下りた。


「よっと、ここからの行き方も分かりますか?」

「はい、二三度訪れたことがあるので」

「そうですか、それは心強い。では道を伺っても?」


 ハミルはミアの前に立ってそう言った。ミアは黙ってそれに頷くと、船でここに来た時と同様、声と指とで道を示し始めた。ハミルはユートを、それにクライアントであるミアが傷付かないように、辺りを警戒しながら前を歩いた。

 ヨルド星では、工場に電力が多く供給されている都合上、街灯が少なかった。気を抜けばすぐ、路地裏から盗人が現れて窃盗被害に遭いそうであったし、見晴らしが悪いせいで急な飛び出しによる事故も多発しそうである。とハミルは思いながら薄暗い道を先行した。

 辺りはどれも同じような工場が並んでおり、中からは同じように光が漏れ、同じような音が聞こえてきた。そんな中、星の奥に行けば行くほど工場が大きくなっており、工場が大きければ大きいほど、中で働いている人の時給も高いらしい。しかしそれに伴って、労働時間、寮への束縛も厳しくなるとのことであった。つまりはどれだけ稼ごうとも、その金を使う時間や自由は無いに等しいのであった。


「やっと中流の工場地帯に入ったようです」


 ミアがそう言った。

 道は一本道で、振り返ればまだ微かに宇宙船の影のようなものが見えた。


「その、お会いしたい人はどこに?」

「一番奥の地帯。上流地帯です。しかしそこで働く人のほとんどが、借金返済の為に働かされている、ロボットのような仕打ちを受けている人たちです」

「そ、そうだったのですか……」


 ハミルはここで、キトという男性が背負っている借金の膨大さに気付かされた。それによってぎこちない返答をしてしまう。


「すみません、こんな面倒な依頼を……」

「いえ、これが俺たちの仕事ですから」


 ハミルはネガティブな発言をするミアを勇気づけようと、ついそう言ってしまった。


「少しでも長くお話が出来るように努めます」


 ハミルは加えてそう言った。


「はい、ありがとうございます」


 微笑んでいるのはユートだが、その時ハミルには微笑むミアが見えたような気がしていた。


「なにか外で物音がしたよな?」

「勘違いじゃないですか?」


 前方から男二人組の声がする。どこかの工場から出てくるようだ。


「一度隠れましょう……」

「はい、そうですね……」


 二人は声を抑え、街灯の当たらない路地裏に身を潜めた。


「ここで様子を見ましょう」

「はい……」


 路地裏は互いの顔も見えないほど暗く、一寸先は闇。と言った状況であった。二人は路地裏に深入りせず、頭を大通りに軽く出しながら、男二人組の様子を伺った。


「ほら見てください。誰も居なければ何もありゃしませんよ」

「うーん、確かに話し声が聞こえた気が……」


 男はそう言って、宇宙船の着陸地点の方向を見た。


「だ、大丈夫なんですか?」


 ミアは心配した声でそう言った。


「そ、それは。大丈夫ですよ……!」

「ほ、本当ですか?」

「しーっ。静かに。今は奴らの様子を伺いましょう」


 ハミルは言下にそう言った。


「あっちの方で大きな音もした気がするんだがなぁ~」


 怪しんでいる男は、目を細めて着陸地点を見入った。


「見間違いですよ。俺には何にも見えないですから」

「うーん、そうだな。確かに俺にも見えない」

「お前ら! 休憩はもう終わりだぞ!」

「ほら、やばいですよ。早く戻りましょう」

「そ、そうだな。戻るとしよう」


 男たちは工場長に怒鳴られたようで、そそくさと工場に戻っていった。


「助かりましたね……」

「ははは、当然の結果ですよ……」


 ハミルはわざとらしく笑うと、裏路地から体を出して大通りに戻った。それに続いてミアも体を出す。


「さぁ、気を取り直して進みましょうか」

「はい。もう少しで彼の元にたどり着けると思います」


 ハミルは再びミアの前を歩き、左右に並ぶ工場に目を光らせながら、街灯の少ない工場通りを通って行った。ユートの体を借りているミアは、それ以降黙ってハミルについてくるだけであった。ハミルはそんな様子を気にしつつも、(きっと彼になんて話そうか迷っているんだろうな……。俺だって、いざ彼女に会えるとなったとき、なんて話せばいいか分からなくなると思うし……)と思いつつ、同情の念と思いやりを込めて、後ろを振り向くことを止めた。

 しばらくの間、二人の足音だけが二人の間を行き交った。と言っても足音を忍ばせているので、周りからしたら無音の世界が広がっているように感じるだろう。ただ、神経質になっている二人には、互いの足音が妙に大きく聞こえていた。


「あ、上流地帯に入ったみたいです」


 ミアは不意にそう言った。背後には恋する乙女がいると思い込んでいたハミルは、急に低い男性の声がして驚いた。


「そ、そうですか。あと少しで彼に会えますね」

「はい……。ですがなんて言えばいいのか……。それ以前にこの状況をなんて言えば……」

「彼は俺たちのことを知らないんですか? 大喜多博士のことも含めて」

「……結構噂好きではありました。ただそれも本心だったのかどうか……。それに数回しかお会いしてないですし……」


 ミアは弱気にそう言った。


「……とりあえずは彼に会ってみましょう。会いたい人に会えたら、言葉って自然に出ると思うんです」


 ハミルはそう言って後ろを振り返った。


「……ぷっ。確かにそうですね」


 ミアは今までの自分が馬鹿らしく思えたようで、笑いを吹き出した。そして、続けてこう言った。


「あ、ストップです。ここが彼が働いている工場です」


 その言葉でハミルは立ち止まる。

 位置としては上流地帯に入ってから丁度中ほどで、前を見ても工場が数軒残っており、後ろを振り返るとこれまでに見てきた工場がズラリと整列していた。


「ここが……」


 ハミルは工場を見上げてそう言った。そして言葉を続けた。


「おそらくさっきの男二人組のように、休憩時間があると思うんです。なので工場近くの路地裏で、彼が出てくるのを待ちましょう」

「はい、分かりました。……あの、私、この一瞬を楽しもうと思います!」


 ミアは思い立ったように、何かが吹っ切れたようにそう言った。


「そうですか。俺は、クライアントが楽しいこと、嬉しいこと、幸せなこと。それらで満足した表情を浮かべてくれれば本望です」

「仕事熱心なんですね」

「そんな。まだ日が浅いですから」


 ハミルは信頼を損なわないためにも、あえて嘘をつき続けた。

 そうして会話を終えた二人はお手頃な路地裏を見つけ、キトが休憩で外に出て来るまで闇から工場を伺った。

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