第2話 結成『お助け屋』
大喜多は残っていたコーヒーを飲み干し、カップを静かに置いた。
「実はの、あいつは感情を失っておる。それにさっきも言ったが、言葉もじゃ。だから一人では依頼に限界があったのじゃ」
「そ、そうだったのですか……」
「実はあいつも戦争の影響で怪我をしておってな。左手一本で弟を抱えてここに来たんじゃ。その時、涙は流していたものの、既に言葉と感情は失っておったようじゃ」
「戦争のショックですべてを失ってしまったのですね……」
「そうじゃ。それに加えて奴は、自我を失っていた。何も行動を起こさない奴を見て、このままでは死んでしまうと思った儂は、最先端の技術を組み込んだ義手を作ってやった。それはの、右手で人間の頭に触れると、精神を共有できるとう言うものじゃ」
「せ、精神を? 簡単に言うと?」
「そうじゃな。脳内で会話が出来、触れた相手と五感を共有することが出来る。じゃな」
「じゃあ何人もの感覚と繋がっているんですか?」
「それは大丈夫じゃ。感覚は一人としか共有できん。依頼が終るたび、儂と精神を共有しておる」
「ってことはこの会話も、さっきの会話も……?」
「察しがいいの。実はわざとじゃ」
「え、わざとだったんですか?」
「あぁそうじゃ。おぬしの良心に語り掛けるためにの」
「人が悪いですね……」
「そんなことは無いぞ。奴は誰かと精神を共有していなければ死んでしまうからの」
「自我が無いから。ですね……?」
大喜多はそれに頷くと、空になったカップに目を落とした。そしてしばらく会話が再開されることは無く、沈黙が続いた。
「大喜多博士はユートの視界が見えていたりするのですか?」
ハミルはふと浮かんだ疑問を投げかけた。
「いいや、見えんよ。精神をユートに共有された人物は、コールドスリープ状態にならないと、完全に奴と精神を共有できんのじゃ。じゃからユートが一方的にこちらの五感を感じている状態じゃ」
「なるほど、大体は理解できました」
「そうかそれは良かった」
大喜多がそう言って立ち上がろうとすると、鉄の扉が重々しい音を立てて開いた。ユートが人形を届け終わったようであった。
帰宅したユートは、二人の方を見ると軽く頭を下げ、右奥の部屋に戻ろうとする。
「あの、今までの会話全部聞こえてたのか?」
ハミルは立ち上がり、ユートの背中にそう聞いた。するとユートはコクリと頷いて部屋に戻っていった。
「まだ俄かに信じ難いな……」
「それもそうじゃろうな。じゃが、儂はおぬしを信じておるぞ」
大喜多の目は真剣そのものであった。ハミルはそれに細かく頷いた。
「そうじゃ、部屋はユートと同じ部屋を使ってくれ。仲良くなるためにもの」
「はい、俺としても好都合です。いろいろ聞いてみます」
「頼んだぞ。奴には話しかけてくれる同年代が必要なのじゃ……」
大喜多はそう言うと、再び作業台に戻っていった。そして作業台の左横に並んでいる工具掛けのトンカチを時計回りに一周回した。すると工具が掛けてあった壁が扉のように開いた。
「そんな仕掛けが……」
「ふぁっふぁっ、これも身を守るためじゃ」
そう言って大喜多は暗闇に消えていった。
「よし、俺も部屋に行くか」
ハミルは残っているコーヒーカップを持って、右奥にある部屋に向かった。扉はこれも鉄で出来ており、少し力を入れて押し開けた。
「お邪魔しまーす」
部屋はそこそこ広く、左隅にベッドが間隔を開けて二つあり、右隅には勉強机のようなものがある。入ってすぐ左側には壁に沿って、シンク、調理場、コンロ。と並んでいた。部屋の中心には大きな丸机と木椅子が二つ対面に並べられていた。そんな中、ユートは左角にあるベッドで寝ているようであった。
「えっと、新入りのハミルです。よろしく」
……返事は無い。ハミルも期待はしていなかったが、礼儀として挨拶を済ませた。そして飲みかけのコーヒーをシンクに流し、水を出してカップを洗った。
カップを洗い終えると、ハミルは空いている右のベッドに向かった。ベッドとベッドの間は、人一人通れるくらいの間隔が取られており、ユートの背中を見るように、ハミルはベッドに腰かけた。
「本当に話せないのか?」
「……」
「んー、本当みたいだな……」
ハミルはすぐに諦めて、ベッドに仰向けに寝転がった。
「ったくどうしようかな……」
バディを組むうえで、コミュニケーションが取れないということの難儀さを痛感しつつ、牛を追っていた疲労が今襲い掛かり、ハミルはうとうとし始めていた。すると、
ダンダンダンッ!
何者かが鉄の扉を叩いた音がする。そしてそれに続いて決まり文句が聞こえてくる。
「ミスターオオキタ! どうか私の願いを聞き入れてください!」
声は女性らしかった。ハミルはその声で目を覚ますと、横で寝ているユートを見た。しかしユートにはそれが聞こえていないらしく、背中をハミルに向けて眠りこけていた。
「俺が出た方が良さそうだなっと」
ハミルの体は重かった。もうあと少しで寝入ろうとしていたせいだろうが、そんなことを言っている暇もなく、ハミルはベッドから下りて応接間に向かった。
「なんじゃ! 今日は客が多いのう!」
大喜多も今ので目を覚ましたのか、はたまた研究の途中だったのか、不機嫌そうに怒鳴り散らしながら応接間に出てきた。
ハミルが応接間に出て来ると、既に大喜多が鍵を開けており、ちょうど女性が扉を通ってきたところらしかった。
「あの……すみません……。迷惑だったでしょうか?」
「いえ、そんなことは」
「全く、儂だって暇じゃあない。早く要件を言うんじゃ」
「あ、ありがとうございます」
女性はそう言って扉を閉めると、ソファに向かって歩き始めた。しかしその足取りはぎこちない。右足に障害があるようで、びっこを引いていた。
「こちらに案内します」
ハミルはそう言うと、女性に肩を貸してソファに案内した。
「すみません……。ありがとうございます」
大喜多は既にソファに腰かけており、女性がソファに座るのを待っているようであった。
ハミルは相手に歩調を合わせ、ゆっくりとソファに座らせた。
「ハミル、お前はそこら辺のパイプ椅子でも引っ張り出してこい」
「あ、はい。分かりました」
ハミルは言われて通り、辺りを見回してパイプ椅子を探した。右の棚に立て掛けられており、ハミルはそれを持って来て大喜多の横に座った。
「まずは名前と出身から聞こうかの」
「はい、私はミアと言います。出身は『エリアウエスト』です」
「エリアウエスト……。じゃあ君も農業だったり牧畜だったりをしているのかい?」
ハミルは真剣な眼差しで問うた。
「はい、そうですけど……。君も?」
「あ、あぁ、すみません。俺の友人がウエストにいたもので」
「そうだったのですか……。それでは、ウエストがノースの傘下と言うことは知っていますよね?」
「はい、知っています」
「して、本題はなんじゃ?」
大喜多は時間惜しそうにそう言った。
「はい、その、実は……。『エリアイースト』に会いたい人がいるんです」
「エリアイーストか……。確かにノースとイーストはあまり仲が良くない。ウエストの君がイーストに行ったらよく思われないか……」
ハミルは独り言のように条件を整理する。
「はい、そうなんです……。それでもあの人に会いたくて……」
ミアは感慨深そうに俯いた。
「大喜多博士。受けますよね?」
ハミルは彼女を自分と重ね合わせていた。想い人に会えない苦しさ。届けられない想い。何もかもを自分に重ねてしまっていた。
「……そうじゃのう。最初の依頼と考えれば手頃かの。よし、受けてやろう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
ミアは俯いていた顔を上げ、驚いたようで目を大きくしていた。
「報酬じゃが……」
大喜多は早速報酬の話に移った。
「そうじゃのう。ウエストとなるとあまり部品は期待できないの。ならば食料をバレない範囲で分けてもらおうかの?」
「え、それでいいのですか?」
「儂はそれでいい。ここには金を使う施設は無いからの。その代わり、知っているじゃろうが、旅先での金は全て払ってもらうぞ?」
「は、はい!」
ミアはそう言って懐から麻袋を出した。
「お金はここに入っています。財布だとバレそうだったので、こんな汚い袋ですが……」
ミアは申し訳なさそうにしている。
「いえ、全然気にしませんよ!」
ハミルは相手の顔色を伺ってそう言った。そして小声で大喜多に話しかける。
「旅費はクライアント持ちなんですか?」
「そんなことも知らんかったのか? どうしてここに入れたのか謎じゃ」
「あ、それは……。いつか話しますよ」
ハミルはクライアントに向き直った。
「これで最後じゃ、『アストロネーム』を教えて貰おうかの?」
「あ、はい。そうでしたね。イーストのヨルド星です」
「ヨルドか……。確かあそこは武器のパーツ工場が多かった気が……」
「はい、そうなんです。私の会いたい人はそこで働いていて……。キトっていう男性です」
ミアはそう言うと一枚の写真をテーブルに置いた。ハミルはそれを手に取って、男性の顔を眺めた。好青年で仕事も出来そうな、真面目な風貌をしていた。
「彼はなんで工場で?」
「仕事が出来るから。これが第一でした。その裏には、彼の両親がその工場の取締役から借金をしており、そのせいで彼は引き抜かれてしまいました」
「なるほど……。分かりました」
ハミルは詳しい事情を聞くと、大喜多の方を見た。すると大喜多はメモ用紙をハミルに渡してきた。
「今度からこれを話の最後に言うんじゃ」
「は、はぁ、分かりました」
ハミルはそれを読み、すぐに暗記した。そしてクライアントに向き直り、
「あなたの精神。目的地までお運びします」
「はい! よろしくお願いします!」
ミアは深々と頭を下げた。大喜多はそんな彼女を見て立ち上がると、作業台横に行き、トンカチを回した。
「こっちじゃ。仕事を始めるぞ」
大喜多はそう言うと闇に消えていった。それと同時にユートが右奥の部屋から姿を現した。そしてクライアントを見ると一礼し、大喜多の後に続いた。
「俺たちも行きましょうか」
ハミルはその扉の先を全く知らなかったが、まるで知っているかのような口ぶりでそう言った。
「はい」
ミアはよろよろと立ち上がった。ハミルは倒れかけているミアに肩を貸した。ミアは微笑むと、ありがとうございます。と言った。そして大喜多とユートに続いて、扉の先に踏み入った。
「全員入ったな? 閉めるぞ」
大喜多は全員が入ったことを確認し、扉を閉めた。扉は分厚く、まるで金庫の中に閉じ込められたような気分になった。
「こ、これはなんですか……?」
ミアは心配そうな眼つきで、部屋の中心部にある一人分のカプセルを見てそう言った。ハミルも何が何だか分からない未知の部屋に、聞きたいことが山ほどあったのだが、それはグッと堪えてカプセルを凝視していた。
「これはコールドスリープカプセルじゃ。クライアントにはここに入ってもらう決まりなのじゃ」
「そ、そうなんですか……。分かりました」
「準備はいいですか?」
ハミルは肩を貸しながらそう言った。
「……はい、彼に会うためですもの」
ハミルはそう言うミアの目を見た。そこには覚悟の火が燃え滾っているように見えた。そしてハミルはミアとともにゆっくりと歩き、カプセル装置に寝かせた。
「ユート、マインドシェアじゃ」
大喜多がそう言うと、ユートは大喜多をちらりと見て、カプセルに近付いた。そしてそこに横たわるミアの頭に右手を添えた。
「こ、これには意味があるのでしょうか?」
ミアは首をすくめながらそう言った。
「これですか? おまじないですよ」
ハミルはそう言うと、にっこりと笑って彼女を安心させる。
「コールドスリープ開始じゃ!」
ユートは右手を離した。そして間もなく、彼女の全身を覆う様にカプセルの蓋が閉まった。
大喜多はカプセルのスイッチを入れる。すると目を閉じて待つミアを包むように冷気がカプセル内に充満する。
「よし、後はユートに憑依するのを待つぞ」
「え、は、はい」
大喜多とハミルはカプセル付近に立つユートを見守った。
一二分が経つと、ユートが徐に動き出した。大喜多博士を見て、続いてハミルを見た。
「これは……私……?」
ユートはカプセルで眠るミアを見ると、不自然な女口調で話し出した。
「お前、喋れるのか?」
思わずハミルは反応する。
「へ? お前。ですか?」
「すまんの。少し時間を貰うぞ」
大喜多はそう言うと、ハミルを手招きした。
「何ですか?」
「いいか? 今ユートの体にはクライアントの精神が入っておる。自分の体が眠ったことにより、ユートの体に憑依したのじゃ。あいつに自我が無いことで、クライアントの人格が前面に出てしまっておるのじゃ」
「な、なるほど。じゃあユートの自我が戻ったら……?」
「それは分からん……。しかし奴と四六時中マインドシェアをしていた儂には、ぼんやりと分かる。奴はこうして人助けをすることを望んでおるとな。そのために自我を消しているのでは。とまで思っておる」
「そうだったんですか……分かりました。俺、依頼を完遂してきます」
「ユートとクライアントを頼んだぞ」
「はい」
ハミルは頷きながらそう言うと、笑顔になって振り返った。
「すみません待たせちゃって。簡単に説明すると、今あなたは、先ほどここにいた男の人の体を借りています。こうすればあなただとバレずに目的の人に会えるわけなんです」
「は、はぁ……。でもこの人の体で会うわけですよね?」
「はい、ですがあなただと証明できるもの。または彼としか共有していない物や話題。持ってきてますよね?」
「え、えぇ。それは何個か」
「ならそれを見せて、話して、証明するんです! それに第一の目的は安全に会うことですから」
「た、確かにそうですね……」
ハミルはまだ一度も会話したことの無いユートと丁寧な会話を交わしていることに違和感を覚えていた。しかしクライアントだと思えばそれも少しは和らいだ。
「それでは行きましょうか」
「はい……。あ、歩ける昔みたいに歩ける」
ミアは自由の利く右足に驚いた。しかしすぐに納得する。
「あ、そっか。これは借りた体ですものね……。先に出てますね」
ユートの体を借りたミアはそう言うと、先に応接間に出て行った。
「はぁ~疲れた。今度からは説明してからここに入れてくださいね? 詐欺とかで訴えられますよ?」
「そうじゃな。それは面倒じゃ。今度からは先に説明頼むぞ」
「え、俺がですか?」
「当たり前じゃ。それもおぬしの仕事に含まれておる」
「はぁ、分かりましたよ。とりあえず行ってきますね」
「船はスクランブル交差点の下にある。交差点のどこかに階段をつくってあるから、そこから下りるんじゃ」
「了解です~。それじゃ、初仕事行ってきます」
ハミルはそう言うと、研究室を後にした。
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