第118話 岩斉保文と云う男②


 ――車で出発して、約2時間。


 ウトウトとしていた所で、のっぺり顔の男が言った。


『新しい世界にようこそ』


 男の言葉と共に開いたドアから、外へと出る。


 そこは、洋風の建物が並ぶ場所だった。


 ……遠くには門が見える。


 『ここは?』と聞くと、『大使館ですよ』と答えが有った。


 他にも質問しようとしたが、男が歩き出したので、後を付いて行った。


 男は、門番に『スズヤ』と名乗っていた。


 男の名前は"スズヤ"と言うらしい。


 スズヤが再び歩き出したので、後に付いて行った。


 後に付いて行くと、エスカレーターに乗った。

 ……大分深く降りて行く。


 (大使館の地下に何があるんだ?)


 などと考えていたら、下りた後案内された部屋で度肝を抜かれた。


 ――そこでは、人間と肉食獣、肉食獣と肉食獣、そして……


 人間と人間の殺し合いが行われていたのだ。


 どうやら、"デス・ゲーム"と言うらしかった。


 スズヤが『今回の分は私が持ちます』と言ったので、遠慮なく楽しませて貰う事にした。


 自分の金では無かったので、賭け金自体の勝ち敗けは特に重要では無かったが、その迫力と刺激には魅了されていた。


 その後、他の"娯楽"も体験した。


 全て、表の世界で行えば、一発でアウトな内容だった。


 中でも、岩斉の興味を引いたのは、"奴隷オークション"だった。


 ステージ上に、鎖で繋がれ、首輪を付けられて少女が出て来た。

 横を向くと、スズヤが頷いて来たので、遠慮なく落札した。


 落札すると同時に、少女が係りの者に連れて行かれる。

 ……まるで家畜化何かのように扱われている。


 そんな少女を見ながら、男は何かが満たされるのを感じていた。

 満たされると同時に、溢れて来る衝動が有った。


 興奮に身体を支配されていた岩斉は、スズヤの『直ぐに試しますか?』という言葉に深くは考えず、頷いていた。


 ……『試す・・』という言葉の意味を知ったのは、その後"引き渡し室"に入ってからだった。


 ――

 その部屋は、スズヤ専用の部屋らしい。


 部屋の広さは、10畳程だろうか。


 部屋内には、幾つかの器具・・が並んでいる。


 ……どの器具・・も、異様な雰囲気を放っていて、一目でその凶悪さを感じる。


「これは……?」


 疑問を含ませてスズヤに聞くと、口の端を吊り上げて答えて来た。


「ご自由にお試し下さい」


 スズヤの口調がビジネ調に変わっていた。

 言葉に出来ない気持ち悪さを感じる。


 岩斉が答える前に、再びドアが開いた。


 ……そこには、二人の職員らしき男と、一人の少女が居た。


「受取のサインをこちらに」


 そう声を掛けて来た職員に、スズヤが対応している。


 スズヤに聞きたい事が有ったが、それよりも、目の前の少女から目が離せなかった。


 そんな岩斉の様子に気が付いたのだろう。スズヤは職員達の相手を、自分の部下達に任せて、声を掛けて来た。


「試してみます?」

「ああ……」


 半ば反射的に答えると、スズヤが少女に繋がった鎖を引いて立たせた。


 そして――――……



 ――

 その後、スズヤがレクチャーする形で、引き渡された少女への悪戯がされた。


 それ迄、岩斉は自分に加虐性がある事を知らなかった。


 ……恐らく、一生気が付かない方が良かったのだろう。


 しかし、気が付いてしまった。


 少女が傷みに苦しむ様子を見、そしてその声を聞く度に、快感が体を走り抜けたのだ。


 その快感は、性的な快感に近い物が有った。

 ――いや、より強い刺激だった。


 スズヤは、途中で『それでは、お楽しみください』と、退室していた。


 部屋から出ると、スズヤの部下が部屋の外にいた。

 終わった趣旨の事を伝えると、『こちらへ……』と、別の部屋へと案内された。



 ――

 案内された部屋へ入ると、そこにはソファの上で寛いでいるスズヤが居た。


 ……部屋の端には、他に2人の子供がいる。


「お楽しみいただけました?」


 スズヤがそう言って、こちらへ顔を向けて来る。


 ……相変わらず、不気味な笑顔だ。

 ……いや、笑顔なのかすら微妙な処では有る。


 そんな事を考えながら、岩斉は答えた。


「ああ……良かった」


 そう答えながら、部屋の隅に居る子供 ――一人は少女でもう一人は少年だ―― に視線を動かした。


 そんな岩斉に――


「どうですか? 私と手を組みませんか?」


 そう言って来た。


 確かに、スズヤには力がある事は間違いない。


 しかし――


「そうだなぁ……確かに、それなりの力はあるみたいだが、職員がこそこそしている様に見えるが……?」


 そう言うと、スズヤが一瞬驚いた表情を浮かべた。

 ――ほんの一瞬で、次の瞬間は欠片も気配が残っていなかったが。


「よく気が付きましたね……実は、この国と手を組んだのもつい数年前なんですよ。ただ、近い内にこの国のトップが変わる予定・・なので、もっと広く出来るようになりますけどね」


 スズヤが、まるで確定事項であるかのような口調で、言う。


「トップが変わる?」

「ええ」


 口の端を三日月型にして、続ける。


「この国にも、私が"約束"した方が居ましてね……」


 ……どうやら、岩斉に提案したような内容を、このに対してしていたらしい。


「この娯楽・・の事は……?」

「当然トップは知らないでしょうね」


 ……"デスゲーム"を始めとした、あらゆる事を国のトップは知らないらしい。


 恐らく、本国で同じ事をしたら、即刻バレるだろう。

 しかし、ここは国外の大使館だ。


 もし男の言う通り、この大使館の本国でトップが変わり、男の息のかかった者がトップになれば……その影響力は計り知れない。


 思わず、口の中の唾をのみ込んでいた。



 ――

 他に幾つか質問をした上で、ほぼ考えは固まっていた。


 ……そもそも、こんな"裏"を知ってしまったら、タダで返される事などあり得ないだろう。


「それで、俺が幹部になる為の"計画"が有るんだろぅ?」


 既に乗ってしまった船だ。

 行き着く所まで、行くしかない。


 岩斉の、決意が固まった事を察したのだろう。

 スズヤが、笑みを浮かべたまま、口を開いた。


「先ずは力を蓄える事、次に相手の力をそいで行く事です。手始めに――」


 そこからスズヤが語った事は、岩斉にとって素晴らしい計画に思えた。……スズヤの誘いに乗り、組から一歩外に出た、自分の判断を褒め称えたいほどに。


 ――30分後、スズヤと岩斉の二人は、握手を交わしていた。


 正式に協力関係になったのだ。


 ……いや、それ以外の選択肢など無かった。

 もし、断りでもすれば、海の底に沈む事になるかも知れない。


 何はともあれ、スズヤとの取引は無事終えた。

 その後、スズヤに『車に乗って行きましょうかね?』と聞くと『私は、この後に用事が残っているので、ここで分かれましょう』と言われた。


 何となく、スズヤの用事・・が気になったが、首を突っ込んではいけない事は分かっていたので、大人しく分かれる事にした。


 その後、車に乗り込むと、来た時と同じ様に送り届けられた。……返り際に譲って貰った、二人の奴隷と、ある情報・・の手土産を持って。

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