第81話 帰還 [ハク爺]

 微かに、薄目の向こうに光を感じた。


 ……5つの丸い太陽。


 どうやら、治療を受けているらしい。


 視界の端に、薄緑の医療着を着た姿が見える。


「ぅ……ぁ」


 ……声は出ない。


 唇が動かない。


 ……相当強い麻酔が掛けられている様だ。


 ……施設で、傭兵からナイフを腹で受けた事を思い出す。


 失敗した……腕で受ければ良かった。


 ……ぼうっと、視界があやふやになって行き、意識が落ちた。





――

 目が覚めると、天井には星が回っていた。


 ……比喩ではない。


 天井に、繊細な細工がされているようで、星々と月、太陽や他の惑星がゆっくりと動いているのだ。その一つ一つが精巧に作られているのが分かる。


「……さて」


 目が覚めたのだから、何時までも横になっている訳には行かない。


 手を動かす。


 ……動く。


 足を動かす。


 ……動く。


 体を移動させる。


 …………。


「これはキツイな……」


 少し体を動かしただけで、激痛が走った。


 だが……


「ふっ!」


 この痛みなら過去、経験が無いわけでも無い。


 6年ほど前に受けた依頼の最中に、狙撃され、腹部を弾丸が掠めた。


 その時の痛みは、8時間続いた。


 だから……


「せいっ!」


 ベットの縁へと座る。


 ……腹部への圧迫感は酷いが、幸い、他の場所に不具合は無い。


 歯を食いしばって立ち上がる。


「ふんぬっ!」


 ……強い子。強い子。強い子。


 特に意味は無いが、同じ言葉を頭の中で連呼する。


 痛みに思考を向けない為に……


「よしっ!」


 気合を入れて、床に腕を立てる。


 『せいっ!』という掛け声と共に、腕立て伏せを始めた。


「いぢぃ! ……にぃい! ざんっ!……」


 その後、60迄数えた所で、意識が途絶えた。






――

 最高級ホテルのスイートルームで、一人の男が怒られていた。


「……すまぬ」

「謝るとか、そういう問題ではありません!」


 目の前に立っているのは、白衣を着た男と、付き添っている看護婦。


「本当です! 全く! 手術した次の日に激しい運動をするなど! ……床を血まみれにして倒れている姿を見つけた時、どんな気持ちになったか分かりますか?!」


 プンプン!と、拳を上げて怒っている。


「そうじゃの……惚れたりかのぅ」

「……」


 冗談で言ったのだが、冷めた目で見られてしまった。


「ともかく、手術した痕が開いたのです。今日は絶対安静です」

「む……すまぬ」


 白衣の男……担当医に、”絶対”です。と念を押される。


「そうじゃの……それじゃあ、お姉ちゃんはここに居てくれるかの?」

「……それでは、仕事に戻りますので」


 看護婦が出て行ってしまった。


「……面会は許可しますが、運動は禁止です」


 そう言われたので、仕方なく言う事を聞く事にした。


 ……そんなに時間経たずに、少年カグラが来てくれるだろうし。


 その後、何人かの訪問者がいた。


 このホテルの支配人だという男から、情報官と言う男。

 それに、少年と同じ職場の同僚だという女まで。


 女は、少年の事を『マサミ君』と呼んでいた。


 少年の名前は、”カグラマサミ”なのかも知れない。


 その後、数日経ったが、少年は来なかった。

 それに、どうやら腹部の傷は、それなりに重症らしく、内臓器官が損傷している様だった。


 何度か、少年の同僚の女……今井が、少年の話を聞きに来た。


 どうやら、何処からか少年と私との関係を知ったらしい。


 ……仕方がないので、少年の昔話をした。


 ある日、今井が再び部屋へと尋ねて来たので、聞く事にした。


「少年……正巳は、どうしているのだ?」


 忙しいのか?そんな意味を含めて聞いた。


 しかし、帰ってきた答えは予想だにしない答えだった。


「正巳君は、まだ帰ってきていないんだ。君達が帰った日からね……」


「そんなバカな……」


 協力出来る事は無いかと、頭の中を引っ掻き回してみたが、何も出てこなかった。


 ……当然だ。


 どうやってバレたか分からないが、孤児達と姿を消した傭兵の一人だと、雇い主にばれていたらしい。そんな私には、”監視”と最低限の情報しか与えられていなかったのだから。


 そんな事を思い出して、ふと疑問が頭をよぎる。


 ……バレていたのであれば、何故始末せ殺さずに雇った?

 ……もしかすると、少年を誘き出す為の罠だったのでは?


 私を餌として、少年マサミをおびき寄せる。


 ……しかし、今井から聞いた話では”孤児救出作戦”だったようだし、私の存在を知っていたとも思えない。ということは、偶然全てが噛みあった?


 ウンウン考えている内に、今井が部屋を出て行った。



 



――

 少年マサミがまだ帰らないと聞いてから、一週間が経った。


 その間、今後の事を考えていた。


 幾ら経っても少年マサミが帰らなかった場合の事、外に残して来た家族子達の事、今回救出して来た孤児たちの事、もし自分の傷が治らなかったらの事。


 ……全ては、少年マサミが戻りさえすれば解決するように思えた。


「この傷さえなければ、探しに行くのにのぅ……」


 そう呟いたのとほぼ同時に、扉を開けて今井が入って来た。


 ここ暫く顔を見ていなかった為、何だか懐かしい。


「おぉ、どうしたのじゃ? 見つかったか?」


 そう聞くと、今井は首を振って否定した後、答えた。


「いや、そうじゃないんだが、ちょっと飲んで欲しいモノがあるんだ」

「飲んで欲しいモノ?」


 そう聞き返すと、今井が頷きながら蓋の付いた試験管を差し出して来た。


 見た感じは、少し濁った水……スポーツドリンクに見えなくもない。


 ……ただ、入っているのは試験管だ。


「死にはせんかのぅ?」

「……と、思うよ!」


 ……微妙に引っかかるが、これが只のスポーツドリンクだったりしたら、とんだ笑いものになってしまう。……若い頃、傭兵の仲間内でやった”毒蛇当てゲーム”を思い出す。


 知っている者からすれば、何でもない事でも、知らない者からすれば、大変な事なのだ。……あの時、恥を掻いてからは戦闘以外の事も学ぶようになった。


「よし、飲むぞ?」

「……」


 いや、何かリアクションを取って欲しいのだが……


 観察するような、今井の視線に若干戸惑いながら、飲み干した。


『”ゴクゴク……”』


 ……特に味はしなかった。


 ……?


 体が熱くなるような感覚がある。


「どうだい?」


 今井が聞いて来る。


「如何じゃと言われてものぅ」

「何か、変わった事とか、感じた事は無かったかい?」


 今井の目が爛々と輝いている。


「うむ……そうじゃの、体の内に熱を感じた?かのぅ……」


 かなりあやふやな答えだったと思うのだが、今井は何やら呟きながら頷いている。


「ふむふむ、恐らく”再生”の準備と、”変化”の初期段階かな……その熱は、今も?」


 今井が、ベットの脇にしゃがみ込む。


「うむ、温かい、と言うよりは熱いのぅ……?」


 話の途中で、今井に上着を剥がれた。


「ほうっ! 興味深い!」


 ……自分の腹を見て、言葉を失った。


「これは……」


 赤黒い線が幾筋も走り、腹部が膨張していたのだ。


「ふむ、細胞再生の場合は、先ず分裂から始まるとみて間違いが無さそうだね、それに体細胞情報を複数読み取って……」


 ぶつぶつと呟いているが、内容はさっぱり理解できない。


「のぅ、これはどういう……?」


 熱かった腹部の熱が治まって来た。


「さあ、立ち上がって見てくれ給え!」

「立ち上がるって……まあ良いかのぅ」


 ”痛み”は、耐えれば良い。


 そう思い、体に力を入れて、立ち上がる。


「……おぉ?」


 すんなりと、体が動いた。


 ベットから立ち上がり、屈伸をする。


 ……以前より体が軽い気がする。


「これは……」


 腹部を見ると、傷そのものは愚か、手術痕すらも綺麗に消えていた。

 ただ、古傷は消えていなかったので、何か条件が有るのだろう。


「これはね、薬……そうだね、”治癒薬ポーション”とでも言おうかな!」


 今井が、満足気にそう言い切る。


治癒薬ポーションのぅ……これはとんでもないモノじゃな」


 あれだけの傷が治っている。

 しかも、表面的では無く、内部も治っているように感じる。


 それに、最近気になって来ていた”腰痛”も消えている。


「まぁ、僕しか作れないようなものだし、市場に回すつもりは無いから大丈夫さ」


 思考を読んだのだろう、今井がそう言ってくる。


「……まぁ、そうじゃのう。決して人に知られては、いけんからのぅ……」


 下手をすると、世界中から狙われる事になりかねない。


 それこそ、裏の組織などでは無く、”国家”に狙われるだろう。


 その後、お礼と兼ねて念を押して『外には出すな』と言っておいた。


「そう言えば、近い内に正巳君を迎えに行く事になるんだけど、君も来るかい?」


 そう言って来た今井に、『当然!』と返すと、今井は嬉しそうにしていた。


 そんな様子を見て、深い意味など無く『皆で乗れる車があると便利じゃのぅ』と言ったのだが、それを聞いた今井が『車……そう言えば、正巳君が乗って来た長い車があったね。それにトラックを分解して……部品は、ホテルの車を拝借すればよいか、それで……』と、呟きながら、思考の中に籠ってしまった。



 そんな今井を、そっとしておく事にして、一先ず訛った体を鍛える事にした。



 ……二週間後、軽い気持ちで呟いた事が、どんな結果を生みだすかも知らずに、只ひたすらに筋肉トレーニングと、”武の型”を繰り返していた。……途中、入って来た看護婦が卒倒する。というハプニングは有ったが、時間はそうして流れて行った。

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