第80話 帰還 [ハク爺]
◆
正巳が孤児院に侵入しようとしていた頃、施設の一室である男がボヤいていた。
「全く、何でこんな面倒な事になったのかのぅ……」
部屋の中には、自分の他に二人の男達が居る。
自分と同じ立場……傭兵でありながら、受けている任務は違う。
「縛りのある契約なんてするもんじゃないのぅ……」
今結んでいる契約は、”期間的縛りのある契約”であり、最早用が済んだとは言え、何処かに行く訳には行かない。……と云うのは、自分の様な”引退の身”には関係ない。
これが、現役で売り出し中の傭兵の場合だと違うのだろうが、最早”信用”や”評判”等を稼がなくとも問題ない位に”評価”と”資産”がある。
……と云う事で、一人であれば
……そもそも、始めは契約自体結ぶつもりは無かった。
ただ、施設内を見せて貰って、”目的の子供”がいないか確認させてくれれば良かったのだ。しかし、中を確認するには雇われるしかなかったので、渋々契約を結んだのだ。
「結果、これよのぅ……」
”監視”の為の傭兵。
そもそも、今回自分が雇われたのは、”出荷”の警備で雇われたのだ。
孤児院で、心を折られ、執拗な程に”躾け”をされた子供達が売られて行く。
有体に言えば、人身売買だが、その根は深い。
奴隷問題は、発展途上国で問題視されがちだが、その実、先進国の方が巧妙で質が悪い。
『強き者が残り、弱きは排される』のがこの世界である。
子供の世界では、暴力による”喧嘩”で勝っても、”強者”である親の仲介が入る。よって、その原因が明るみに出され、解決が図られる。
しかし、それ以上の”強者”がいない存在同士、例えば国と国の”戦争”では、より強い暴力を持つ者が”勝者”となる。ここに仲介する個の存在はいない。
まあ、この事態に対して問題視した世界中の有識者が、”国連”なる組織をつくり、国よりも上の”強者”として存在しているのだが……この”公平な強者”たる国連でさえ、完全ではなく、永遠では無い。
だからこそ、傭兵という職業は永遠になくならない。
形がどう変わろうとも、傭兵という職業は、人間がいる限りは存在する。と、まあそんな世界で生きてはきたが、正直”子供が死ぬ”のには飽き飽きしていた。
紛争地帯では、少年兵が重宝される。
大人の喧嘩で、子供が先ず、死ぬ。
…………
俺自身を振り返ると、キャリアの初めを戦争で始めた。
その後、疲れを癒す為、日本に戻った。
日本での骨休めのついでに、警備や指導の仕事をした。
その際に、奴隷産業の実態と、その商品となる子供が孤児なのを知ったのだ。
契約した際は『戦闘訓練を付けて欲しい』と聞かされていた為、何処かの警備会社の訓練でもすれば良いのかと思っていた。しかし実際は、孤児達に”技術”を身に付けさせ、”少年兵”として、出荷準備をする仕事だった。
途中で断ると、傭兵にとって致命的な”信用を傷つける”事になるので、契約期間中は仕事をする事にした。ただ、余りにも幼い子供には、戦闘技術は教えない事にしていた。
孤児院の子供達は、皆何処か朦朧としていた。……後で調べて見ると、子供の食べる食事に、思考力を低下させる”麻薬”が混ぜられていた。
『早く終わらせたい』と思っていたある日、ある少年に出会った。
その少年は、意識が朦朧としている筈なのに、意識を保ち、自分の興味のある事をとことん聞くような子だった。恐らく、元々ある程度の”薬物耐性”が有るのだろう。
”戦闘技術”に関しては、まだ幼過ぎたので教える事は無かったが、その代りに”気配”を操作する方法や、”身体の使い方”に関して教えた。
……驚くほど物覚えが良く、教えた事を自身で吸収し、血肉にしている様だった。
ただ、自身の”死”に関しての関心が無いようだった。
かなりの危うさと同時に、それも傭兵としての資質の一つだと思った。
状況によっては、自身の命を天秤に乗せる様な、大胆さも要求される。
その際に、躊躇なく自分の命を計りに乗せられるのは、アドバンテージになる。
少年の才能は、今まで見た中で群を抜いている。
躊躇なく動ける行動心理、その行動を支える為の”知識欲”も持ち合わせている。
……正直、”戦闘技術”も教えたくなっていた。
俺に教えられる事は”
これでも、傭兵の間では”白鬼”と呼ばれている。
近接戦闘や、市街戦に関しては一級だと思う。
もし、”傭兵”として生き、”暴力”の世界に身を置くのが少年の運命ならば、全てを教えても構わないと思っていた。
しかし、そんな時にある事件が起きた。
雇い主である男が、スキャンダルとしてある週刊誌に、すっぱ抜かれたのだ。
至急、”該当施設”であった孤児院は閉鎖される事になった。
それに伴い子供達は、別の施設に移動されることになった。
……移動途中、行動を起こした。
”移動”担当だった同じ傭兵二人を始末し、子供達を開放したのだ。
……とは言っても、子供達には行くところが無い。
仕方なく、大人になるまでは面倒を見る事にした。
……活動の中心は、中東にすれば良い。
……出国は、密入国を手引きしている貨物船を利用すればよい。
そう思って、移動をした。
……貨物船が来る埠頭まで来ていた。
……貨物船が来たので、子供達を乗せた。
出発する貨物船から、しばらく見る事は無いであろう故郷の景色を見た。
……ふと、さっき迄いた”公園”のベンチに目が行った。
……そこには、あの少年がいた。
慌てて、船を戻す様に指示をしようと思ったが、ある光景が目に入って来て、止めた。そこには、ベンチに座って少年の問いに答える壮年の男と、話に聞き入っている少年の姿があったのだ。
……あの様子なら、任せても良いだろう。男の身なりと、その場所がある学術機関の近くの事から、そう判断した。
それからは、あっという間だった。
密入国した先で、子供達を育てながら傭兵家業を続けた。
腕も、名声も、資産も全てを十分に得る事が出来た。
ある時、少年兵を拘束する事があった。
少年兵に、食事を与え、一緒に生活をする内に『同じような子供を助けてくれ』と言われた。
それからは、出会った少年兵を連れて帰る様になった。
……いつの間にか、一つの集落の様になっていた。
日本から連れて来た孤児の子供達も、すっかり慣れ、時々仕事に付いて来るようになっていた。
……『折角、兵士になる道から逃れたのに、傭兵をやる必要はない』と説得をしたのだが、子供達が聞き入れる事は無かった。
……そんなこんなしている内に、連れて来た子供達の内半分ほどが大人になり、任せても問題ないようになっていた。
ある日ふと、ある噂を聞いた。
『すずやと言う、やり手のブローカーがいて、一度捕まったら骨までしゃぶられる』
……日本に残して来た、少年の顔が浮かんだ。
しかし、自分にはここでの生活がある。
何かあった際に、先頭を切って守るのは自分でなくてはいけない。
暫く、葛藤する期間が続いた。
……ある日、子供達に呼び出された。
何かと思って行くと、何と、日本への渡航券とパスポートだった。
驚いて、子供達に顔を向けると『行って来て下さい。故郷でしょう?』と言われてしまった。どうやら、少し勘違いしているようだったが、気持ちを無下にするのも悪いと思い、渡航する事にした。
日本迄は丸一日かけて着いた。
驚いた事に、子供達の用意したパスポートは、問題なく使用する事が出来た。
ただ、日本には付いたのだが、少年を探す手段が無い事に気が付いた。
……しばらく悩んでいたが、”すずや”という存在の事を思い出し、既に取り込まれている可能性について、思い至った。
……あの少年には、ずば抜けた思考力と、集中して極めるだけの地力があった。もし、”すずや”に取り込まれたのであれば、ある程度重要な仕事をしているだろう。
何処を探そうか迷ったが、結局、警護の仕事をする事にした。
それで、契約書を交わす際に、警護対象が”商品”である孤児達だと知ったのだ。
…………
長い溜息の後、目を開いた。
……そこには、拘束された二人の傭兵達と、傭兵を抑え込む存在がいた。
どうやら、半ば瞑想状態にあった私には気が付かなかったようだ。
……(さて、仕事をするか)と反射的に思った。が、ふとある気配を感じた。
その気配は、急激に膨張する殺気の奔流であった。
しかし、直ぐにその気配は
僅かな期待が芽生えた。
(もしかして……)
今、目の前の状況を解決するのは簡単だが、その場合最悪な結果になり得る。……目の前の、”部下”かも知れぬ、体格の良い男と、抜群の戦闘センスを感じる女の前に進み出た。
「さて、それらを
声に反応した二人が、こちらを警戒するのを見て、続ける。
「有益な情報を得るには、生かしておらんといけんじゃて」
少しの間、こちらを伺っていた二人だったが、やがて縄をこちらへ投げて来た。
一つ頷いて、縛ろうと手を出したのだが、その隙に二人の傭兵は拘束され、女がこちらに細長い短刀を向けていた。
……本当に、相当レベルで仕上がっている。
……軍隊等で訓練を積んでいないとこうは、いかない。
……大人しく、手足を縛られ、口元は声が出せないようにされる。
その後、歩く様に指示されたので、歩き出した。
階段の近くまで来た時だった。
一人の青年が歩いて来た。
眼鏡を掛けてはいたが、面影がある。
……女が口を開いた。
「カグラ様、攻略完了しました」
どうやら、青年はカグラと言うらしい。
「お疲れ様……それは?」
青年がそう言って、こちらに目を向けて来た。
直ぐに話しかけたかったが、この状況だ。
只のクズだと勘違いされて終わるのが関の山だろう。
それに、こっちは覚えていても、向うはとっくの昔に忘れてしまっているかも知れない。
もし、『お前の事など記憶にない』と言われたら……泣いてしまう。
と云うのは冗談でも、立ち直るのに3年はかかるかも知れない。
……まるで、10年越しの初恋のようだな……と思っていると、一向が進み出したので、遅れないように歩き出した。
その後、中央ホールに来ていた。
中央ホールでは、もう一班が一人の傭兵を拘束していた。
……この傭兵は、別の監視班だったはずで、他に二人の班員が居たと思ったが……死んだか。
まあ、自分の命を天秤に乗せてやるのが”傭兵稼業”だ。
当然死んでいった者達も覚悟をしていただろう。
一人になった傭兵の男は、物凄く震えているが……
……?
何やら、男の様子がおかしい。
やたらと視線を動かしていて……
気が付いた時には、ギリギリだった。
僅かな隙を狙って、脇にいた男がナイフで青年……カグラに切りつけたのだ。
思わず、体が動いていた。
……直後感じる、腹部への衝撃と焼けるような痛み。
しかし、蹲る訳には行かない。
もう一人、注意すべき奴がいる。
見ると、今にも行動を起こしそうだった。
慌てて口を動かす。
……僅かに外れたテープの間から叫んだ。
「後ろだぁっ!」
カグラを狙っていた、もう一人の傭兵に気付いた女が、反応した。
「……おい、ユミル……」
カグラがそう呟いている。
……どうやら、女の名前は”ユミル”と言うらしい。
カグラを守る為、肩を刺されたユミルだったが、再び襲って来た男に対して容赦なかった。
素早い身のこなしに、殺す為の武術。
投げられた男の首は、完全に折れていた。
カグラが、ユミルの身を心配している。
……どうやら、あの少年は、正しい育ち方をしたらしい。
ユミルと呼ばれた女の様子を見た後で、少年だった男が駆け寄って来た。
「ハク爺!」
……なんと、覚えていたらしい。
それだけで救われた気分になる。
「なんで、ハク爺がここに……」
そんな風に聞いて来たので、笑いながらボヤく。
「……全く、お主が見つからぬから、じゃて……」
……上手く笑えていたとは思えないが、久方ぶりの少年との会話を楽しんでいた。
途中で、咳き込んだのを見て、心配してくれる。
……ああ、来た甲斐があった。
その後、少年が指示をあれこれと出しているのを見ながら、意識が薄らいでいくのを感じた。
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