第63話 さて、奪いに行くか。

 ホテルの前まで来た所で、運転していた男性のホテルマンが口を開いた。


神楽かぐら様、只今地下駐車場は車両で一杯となっている為、裏口に停車致します」


 一瞬、神楽って誰だ?と思うが、マムが神楽と言う名前で、宿を取っていた事を思い出す。


「ああ、構わない」

「承知しました」


 ……駐車場が一杯と言うのは、恐らく俺の依頼を達成する為だろう。


 俺が頼んだのは、30人ほどが乗れる車三台と、それを運転する運転手だ。……流石に、車三台で駐車場が一杯になる事は無いだろうから、人払いを兼ねて配慮してくれたのだろう。


 細かい配慮が行き届いている事に感心していると、車がいつもの入り口を通り過ぎる。


 そして、そのままホテルの搬入口の方へと行き……シャッターのある駐車場へと入った。


 ……見た感じ、ギュウギュウに詰めれば、車四台が停まれそうな広さはある。


「こちらへ……」


 車が停車した後、女性ホテルマンが、立ち上がって車の外へと誘導する。


「あっ……」


 サナが、女性の手を自然な感じで離したのだが、女性はショックを受けたようだ……


「おにいちゃ!いくの!」

「サナ……」


 悪意があるわけでは無いサナを、叱る事は出来ない。


 そもそも、手を離したから怒るって、色々と可笑しな気もする。


「また、手、つないであげるなの」

「……そうだな」


 答えつつ、サナが出して来た手を繋ぐ・・・・……


「…………」

「……こちらへ」


 固まっている女性に一瞬目をやった男性ホテルマンが、一瞬眉を寄せるが、直ぐに俺達を誘導し始めた。……女性ホテルマンは、2,3秒遅れて付いて来た。




――

 いつの間にか閉まっていたシャッターを背に、付いて行くと、ドアがあった。


「どうぞ、お入りください」


 そう言われて、扉の前に誘導される。


 前に行くまで扉は閉じていたが、俺が前に立つと、自動でドアが開いた。


「失礼しました。決まりでして……」

「構わないよ」


 恐らく、センサーか何かで識別しているのだろう。

 セキュリティは万全なようだ。


「こちらがお部屋に入る為の、入り口となっております。壁に手を当てると反応しますので、開いたドアからお入りください」


 そう言われて見ると、そこは確かに壁だった。

 大理石で出来た、石の壁だ。


「……」


 何も言わずに、壁に近づく……反応が無い。

 壁に手を当てると……


「おお、面白いなこれ」


 壁が横にスライドした。


 中へ入ると、そこは竹林だった。

 恐らく、何時も部屋へ入る時に通る竹林だろう。


「さて皆、先に部屋に戻っていてくれ。俺は少し仕事がある」


 そう言うと、サナが疑問を含んだ目を向けて来る。


 ……その視線には直接答えず、言葉を続ける。


「多分明日の夕方には、一度戻って来れると思う」


 ……拠点は全国に散らばっている。

 一拠点づつ俺が回って行くしかない。


 時間はかかると思う。

 しかし、1カ月……いや、数カ月かかっても、奴隷として捉えられている子供達を救い出す。


 通信妨害は、マムが行うので、他の拠点に連絡が行く心配は無いが、もし決められた定時連絡の様なものがあるのであれば……その時は、出来る事を最大限やるしかない。


「お兄ちゃん……もどってくるの!」


 そう言って、サナが繋いでいた手を握る。


「ああ、大丈夫、必ず戻る。サナ、テン、皆には説明しておいてくれ」


「はいなの!」

「ハイ、わかりました」


 サナの頭を撫でると、サナが目を細めて、手を離してくれた。

 サナは大丈夫そうだ。


 そして、隣にいるテンの肩に手を置く。


「頼むぞ」

「ハイ」


 テンが真っすぐに、俺の目を見て答える。……短期間で成長したように感じるのは、気のせいだろうか。


 その後、他の4人の子供達一人ひとりに一言伝えて、背を向けた。


「さあ、行こうか」

「こちらへ……ご案内します」


 そう言って歩き出した、女性ホテルマンの後を付いて行った。




――

 ホテル内の廊下を歩いて、地下駐車場まで来ていた。どうやらこのホテルには、迷路のように通路が存在するらしい。


「既に準備が整っています。こちらへ」


 女性が、扉を開く。


「……………えっと?」


 開いた扉の向こうには、整列した人々・・と、何台あるかも分からない数の装甲車が並んでいた。……装甲車は、先ほど乗ったものよりも、幾分かゴッツくて、より装甲が厚く見える。


 整列している人数は……


 1,2,3……16


 16人並んでいる。


 各列の後ろにも7,8人並んでいる所を見ると、班やチーム毎に、整列をしているのかも知れない。


「依頼通り、必要な数と、装備を準備しました!」


 女性ホテルマンが、そう言って敬礼の体を取る。


「……依頼したっけ?」

「ハッ!奪還……救出作戦に必要な補助並びに、護衛、時間的制約の排除の依頼を受けています!」


 ここホテルだよね……?


 ここ……?


「まぁ、良いか……」


 見渡す限り皆、練度の高い兵士のようだ。


 ……多分、普段はホテルマンなんだと思うけど。


 それよりも、依頼を出したのは……


「何時に受けた依頼だ?」

「昨夜24時00分フタヨンマルマルであります!」


 ……やはり、今井さんだったようだ。


 恐らく、昨日の夜電話をした後に依頼を出したのだろう。


「それで、具体的に何を依頼したのかな?」


 これだけの人数が居て、車がある。


 ……ある程度予測は着くが。


「奪還……救出先拠点への強襲及び対象の保護、指揮官の護衛、指揮官帰還リミットは明日24時00分フタヨンマルマルに帰還する事、であります!」


 ……先ほどよりも詳しい情報だ。


「つまり、俺が行く拠点以外の場所は任せても良いのかな?」

「ハッ!問題ありません!」


「……助かるし、良いか」


 正直、任務コレを依頼する事で掛かる費用が気になる。


 ……帰ってきたら聞いてみる事にしよう。


「それで、どれ位集めた?」


「ハッ!一班4名、一拠点に付き2班。16拠点なので128名。車両は1班に付き一台、32台になります!」


 ……通りで、多く感じるわけだ。


 と言うか、目の前に並んでいるホテルマン?達は、明らかに素人では無い。


 ……見たまま、軍人に見える。一人一人が着ているのは、一見普通のスーツに見えるが、素材が違う事が分かる。恐らく、防刃加工のされたスーツだろう。俺が仕立てて貰ったものと同じだ。


 それに、後ろに並んでいる装甲車は……


 この国って、私兵持つの良かったんだっけ?


「何か訓練とかしてるの?」


 口に出してみて、我ながら阿保みたいな質問だなと思う。それこそ、近所のおじちゃんに、『元気だね、何か運動してるの?』って聞くようなテンションで、聞いてしまった。


「……許可が出れば、訓練を受ける事も可能です」


 ……直接肯定はしていないが、肯定したのと同義だ。


「……考えておく」

「……神楽様であれば、許可が出るかと思いますよ?」


 急に軍隊の様な『ハッ!~』から、ホテルマンの口調に戻った。


「え?あぁ……まあ、無事これが終わったら考えてみるかな」

「えぇ。……それでは、打合せを致しましょうか」


 ……さっき迄の、軍隊の様な雰囲気から、ホテルマンの受け答えに戻る。呆気に取られていると、『こちらへ』と言われ、用意されていたテーブルへと案内された。


 テーブルに歩いて行く途中、整列する人の前を歩いていて、ふと『ああ、駐車場に入れなかったのは、単純に一杯だったんだな』と思った。





――

 テーブルに案内された俺は、その上にある地図を見ていた。


「……つまり、これが点在している拠点の位置と、予測される規模なんだな?」


 地図上には、マークされた点が20か所近く存在している。

 そのマークの近くには、付箋が張って在り、消費電力値などが書いてある。


「はい、こちらは信頼に足る情報筋が調べた内容だそうなので、正確かと」


「……情報筋ね」


 恐らく、マムが手を回したのだろう。


「それで、俺はどうすれば良い?」

「我々は、指示に従いますので……」


 ……なるほど。


「それであれば、俺はこの場所に行く。ここなら一日で戻って来れるだろうしな。後は、お前……名前を教えて貰えるかな……」


「182……いえ、ユミル・ハインツェです。ユミルとお呼び下さい」


 ……ユミルか。


「いい名前だな」


 ……呼びやすい。


「有難うございます。神楽様」

「……あ、あぁそうだったな」


 何となく、偽名で呼ばせている事に抵抗を感じたが、今は仕方がないと割り切る。


「それで、他の班はどう致しましょう」

「そうだな……任せる」


 一人ひとりの事を知らない俺よりも、同僚であるユミルの方がよっぽど適切に指揮できるだろう。そう思ったのだが……


「承知しました……佐藤! そう言う事で、頼みました」

「……ハッ」


 後ろに控えていた男に丸投げした。


「……指揮、執らないんだな」


 そう言うと、ユミルが答えた。


「私は護衛の任務がありますので」

「そうか……」


 最早、目の前の集団が、何でもできるホテルマンなのか、ホテルマンの皮を被ったナニカなのか、分からなくなって来た。


「……それじゃあ、遠くに行く班から出発してくれ」


 俺がそう言うと、直ぐに指揮をする男……佐藤が、指示を飛ばす。


「一班、出ろ。目標座標ポイントは、既に設定済みだ」

「ハッ! 一班出ます!」


「次、二班! 一班に続け!」

「ハッ! 続きます!」


 ……順番に出発し始める。


「……十五班! 十六班! 出ろ!」

「「ハッ!」」


 最後に残った2班が、前へ出て来る。


「神楽様と、副長に着いて行け!」

「「ハッ!」」


 返事をした2班8名が、そのままの姿勢で待機している。

 

「佐藤さんは、どうするんですか?」


 俺がそう聞くと、答えた。


「ハッ!私は、全体の指揮を執りますので、彼方の指令車でオペレートします」


 そう言って、佐藤さんが指さす方を見ると、そこにはアンテナが五つ着いた、四角いワゴン車が停まっていた。


「なるほど……」


 佐藤さんの横には3人付いている。


 恐らく、佐藤さんの班が司令塔の役割をするのだろう。


 これなら、問題なさそうだ。

 と言うより、ある程度予め練られていたのだろう。


 全てがスムーズに行われている。

 練度が恐ろしく高いだけの可能性もあるが……


「……俺達も行くか」


 何時までも、ぼーっとしている訳にも行かないので、出る事にする。


「それで、どっちに乗れば良い?」


 俺がそう聞くと、ユミルが直ぐに答えた。


「一六号車が専用車になっています」

「……分かった。それで、俺はこの服のままで良いのかな?」


 俺は、普段着のままだし、ユミルはホテルの制服のままだが……


「中にご用意しています」

「用意が良いな……」


 気になる事もあったが、車に乗り込んだ後、直ぐに移動し始めた。


 ……車内は意外と広く、普通に立っていても頭の上に幾らかの余裕があった。


 そして、用意されていた服に車の中で着替えた俺は、同じく着替えていたユミルが着やせするタイプだと知ったのだった。


 ただ、同乗していた班員達の視線が恐かったので、なるべく視線をユミルへと向けないようにする破目になった。……視線を向けると、どうしてもその胸元に視線が言ってしまうから……


 何はともあれ、巨力な助っ人を得た俺は、片道6時間の道のりを走り始めた。


 ……俺達が向かている拠点は、日帰りで行ける距離ではあるが、集めたデータを見る限りは最大規模の孤児院だと思われる。恐らく、簡単には行かないだろう。


「内部情報を(頭に)入れるか……」


 簡単でなくとも、少しでもスムーズに行くように、着くまでの間、イヤホンマムからの情報を頭に入れる事にした。


 途中で、もう一班の車両と電話会議で襲撃の段取りをした。





――

 約6時間後、目標地点から約12Kmの場所に着いた。ここで先行隊が降り、歩いて施設に近づく事になる。後続隊は、合図を出したタイミングで車で施設まで近づく。


 ……施設までの道が一本道で、近づけば気付かれる為の措置だ。


 車内を見回すと、皆準備が出来て居る。


「さて、奪いに行くか」


 そう呟いて、車を出た。

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