第56話 ハンバーガー

 今井が、フォーラムからホテルへと戻って来た頃、正巳もホテルに着いた処だった。





「……今日は部屋で休もう」


 車から降りた正巳は、一人呟いていた。


「お運びしましょうか?」


 正巳は、スヤスヤと寝てしまっているサナを抱っこしながら、運転手に言う。


「いや、大丈夫だ……そうだな、部屋のドアを開けてくれれば助かる」

「……承知しました」


 運転手が頭を下げると、先頭に立って歩き始める。



――

「……何か、いえ、何でも・・・ご用命が有れば承りますので」


 部屋の扉を開けてくれた運転手が、そう言いながらゆっくりと頭を下げる。


 ギリギリまつ毛が見える位の角度だ。


 この角度でのお辞儀なら、薄目を開けていれば、相手の動きが多少は把握できる。


 ……勉強になる。


「ああ、助かった。何かあれば頼むよ」

「ハッ!」


 頭が深々と下がる。


 ……頭を下げても相手の気配~は、気のせいだったかも知れない。


「……それじゃあ、お休み」

「お休みなさいませ」


 挨拶をして、部屋の中へ入った。



――

 部屋に入ると、子供達が駆け寄って来た。


「……あれ? 夕食は、食べていないのか?」


 子供達の、何処か飢えたような表情に疑問を覚える。


 すると、ミンが教えてくれた。


「その、ココの食事は物凄く美味しいのですが……物凄く高いのではないかなと……」


 なるほど、どうやら勝手に頼んではいけないと思って、我慢していたらしい。


「……それじゃあ、今日も昨日頼んだメニューの続きから頼むか?」


 子供達の内、15人は二日後に帰る事になる。


 それまではせめて、皆での・・・思い出を作って貰おう。


 ……作れる思い出が、”沢山の料理を食べた”と言うのは少しアレ・・な気もするが。


「……うふぅ……ごはんなの?」

「起きたか……サナは何が食べたい?」


 車が止まっても、抱き上げても起きなかったのに、ご飯の話で目が覚めるとは……


「うんとねぇ……おいしいの!」

「……それじゃあ、美味しいのを頼むか!」


 そう言って、子供達みんなの事を見回す。


「「「うん!!」」あいっ!」


 ……気合十分!と、言う事で、昨日の続きを順番に頼む事にした。




――

 その後、運ばれてきた料理は、中東の料理が半分、欧州の料理が半分だった。


「……これ、おいし―のっ!」


 サナが、もう3つ目になるだろう”ハンバーガー”を口一杯に頬張っている。


「……のっ!」

「こでっ!」


 ……子供達が、サナがハンバーガーを食べる姿を見て、羨ましそうに見ている。


「あの……少しだけで良いのですが……」


 声を掛けてきたミンを見ると、子供達に服を引っ張られている。


「……あぁ、そうだな。ハンバーガーを追加するか……」


「有難うございます!」


 ……ミンがすごい勢いで頭を下げている。


「い、いや……何でもない事だよ……」


 ……もしかしたら、誰よりもミンが、一番食べたかったのかも知れない。


「あっ……」


 ミンが恥ずかしそうにしている。


「……ほら、テン……」

「……?」


 テンの脇を突っつくが、テンはまるで気が付かない。


 ……察しの悪い男だ。


「ちょっとミンの事を励ましてこい……」

「……? ハイ……」


 まだ、よく分かってない様子だったが、それでも一応ミンの隣に移動している。


 ……いや、お前……自分の食べてた骨付きチキンを差し出すって……


 ……あ、殴られてる……




――

 無事?食事を終えた後、今後の事を説明した。


 始めは、興奮していた子供達だったが、暫くして落ち着いた子供達を、寝かしつけた。


 子供達が寝付いたところで、俺は自分の寝室へと戻って来ていた。


 ……サナの姿が見当たらなかったが、案の定俺の寝室で寝ていた。


「……パパ、マスターから電話です」


 パネルに現れたマムが、少し不安げな表情を浮かべている。


「どうした? ……と聞くより、本人に聞くか……繋いでくれ」

「はい、パパ」


 マムが答えてから程なくして、パネルに今井さんの姿が映し出される。


 ……等身大のサイズの、テレビ電話だ。


「今井さん? ……大丈夫ですか?」


 何処か、表情がすぐれない今井さんに声を掛ける。


「……うん、大丈夫さ! ……ちょっと久しぶりの人前で疲れちゃってね」


 確かに、人前に出るよりは、籠って研究する事の方が多い今井さんだが……


「無理はしないで下さいね」

「うん……大丈夫。正巳君の顔を見たら元気が出たよ!」


 今井さんの様子が少し心配だったが、その後『二日後に子供達を故郷に送る事』や、『取引相手が何やら怪しい事』、『あいさつ回りをしたら、自宅が燃やされた事』を話した。


 始終、俺の事を心配して、自分の話を殆どしなかった今井だったが、『明日の夜、また電話しましょう』と言うと、何やら嬉しそうにしていた。


 余程、一人で寂しい思いをしていたのだろう。


 電話を終えた後、一人でシャワーを浴び、ベットへ戻った。


 相変わらず、サナはベットに入るとしがみ付いて来たが……


 少しだけ、ほっとしている自分が居た。


 他人の気配が、こんなに心地良いと感じる時が来るなんてな……


 そんな事を考えていたが、程なく、眠りの沼へと沈んでいった。




――

 ……暑い。


「ウゥ……ん?」


 朝起きると、俺の寝ていたベットに、子供達が重なっていた。


 ……重い。


「……お兄ちゃん、おきたの!」

「兄さん、済みません……」


 俺の上には、サナがいて、ベットの横にはミンが立っている。


 そこまでは良いが……


「それで、どういう状況なんだ?」

「はい、実は、起きてから暫くして、”お兄ちゃんと寝たい!”って話になりまして……」


 ……見た所、7人はベットに乗っている。


「……はぁ」

「それで、今日の夜か、”今”かで二つのグループに分かれまして……」


 今ベットに寝ているのが、”今”のチームか……


「はぁ……」

「それで、お昼寝をしている状況です」


 …………?


「お昼寝?」

「はい、お昼寝ですが……?」


「マム、今何時だ?」

「はい、パパ! 今の時刻は、13時18分です!」


 ……寝すぎた。


「それで、朝ご飯は?」

「はい、パパ! それは、昨日と同じものを用意しました!」


 パネルでサナが、胸を張っている。


 そして、しっぽがユラユラと…………


「……お兄さん?」

「……あ、いや……良かった。何も食べて無いと悪かったしな」


 そう言って、笑いかける。


「お兄ちゃん、ご飯食べるの?」

「ああ、そうだな……あ、サナ達も昼ごはんは、まだなのか……」


 そう言うと、サナの顔が明るくなる。


「ごはんなの! はんばーがーなの!」

「……気に入ったのな」


 サナが、”はんばーがー!”と言ったせいか分からないが、寝ていた子供達も起き始めた。


「「「ばーがー!」」なの!」


 子供達の声に押される形で、昼食は”ハンバーガー”になった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る