88話Cecily1/わたくしと貴方

 数日前。


「セシリー、お前3人目の契約の事」


 教えてもいない情報が彼女の口から話され、俺は驚きの表情を浮かべていた。


「最初からソレが目当てですわ。何せ魔法少女の力がありませんと、浄化が行えませんし」


 可笑しい。俺が3人目の契約の事を知り得たのはつい先程だ。なのにセシリーは最初からソレが目当てだと言っている。


「……話が見え、ないな」


「あら、断片的な情報は与えていたつもりですけれど、まぁいいですわ。単純な話でユニーさん達より以前から魔法少女を知っている。ただソレだけのこと」


 ドクンッ、と心臓が大きく脈打つ。同時に七賢人が知りえない情報を、俺達が戦いにくいように操っていた節があった事にガッテンがいく。


「セシリーまかさ、お前も七賢人の━━」


「違いますわよ?」


 俺の言葉を遮りつつ即答し、否定する。


「繋がっているのは現国王であるギリシア。わたくしのお父様ですわ。所詮わたくしはフリーデの部隊を使って、情報を盗み見ただけに過ぎない部外者。正直貴方を見るまでは半信半疑であり、ただお父様が狂っていた。と思っていましたの」


 七賢人と繋がっていて裏切って命を狙われた。のかと思ったが違ったか。が。


「なんとなく、分かってきた。その国王様に[汚れ]が入ってて、セシリーはそれを浄化して元に戻したい。そういう分けだな?」


「半分正解で半分不正解。浄化した所で、根本から腐ってしまった性根が治る分けもありませんもの。ただ……ただ、お母様が愛したこの国をどうにかしたい。それだけですわ。さて、身の上話も終わった所ですし返答を聞いても?」


 誤魔化そう。と、考えたもののどうせ見破られる。それなら正直に話した方が後に尾を引かない。


「正直に言うと、3人目の契約枠は今日出来たばっかりだ。そして、セシリー。お前には適正がある」


 そう告げると、僅かばかりであったが彼女の目が笑った。そんな気がした。


「けど、俺は契約するつもりは……今の所はない」


「するつもりでしたら、既にしていますものね。わたくしが王族だから?」


「王族だとか、立場は関係ない。というか、俺達から見るとセシリーみたいな位の高い人を仲間に引き込む事は、デメリットよりメリットの方が大きいと思う。俺が悩んでるのは勝手なエゴで、勝手な後悔からだ。アンナを仲間に無理矢理引き込んだ後に後悔した。エミリアを仲間に引き込んだ時に後悔した。俺が生き残るために仕方がなかった。アンナを助けるために仕方がなかった。許してくれた。元は魔法目当てで近づいただけだと言われた。けど、それでも時間が経つにつれ、戦闘をする度に何処か後悔の念がある。こんな危険な事に巻き込んで良かったのかって。出来ることなら俺1人で対処した方がいいんじゃないのかって」


「それ、2人に話しましたの?」


「……いや」


 彼女はため息を付き、テーブルに手を付き口を開く。


「考え過ぎですわよ。どうあがいてもこの世界は死と隣合わせ。それにユニーさんと会ったからこそ変わった事や、吹っ切れた事もあったのではなくて? 元に2人に話してない時点であなた自身何処かそういう考えがあったのではなくて?」


 否定は出来ない。だからエゴなのだ。だから、勝手に後悔しているだけなのだ。


「自分が痛い目を合えばいい。自分がなんとかすればいい。そんなのただの詭弁ですわ。1人でやれる事は限りがある。だから寄り添い、家族を作り、仲間を作り、街を作り、国を作る。その過程でルールを設け出来る限りの秩序を保ちながら社会を形成していく。あの2人が居たからなんとかなってきたのではなくて? ビランチャの街の住民が居たからこれまでなんとかやってこれたのではなくて?」


 分かってる。そんな事は分かってる。


「まぁ、もう無理にとは言いませんわ。気が変わったら言ってくださいまし」


 彼女は一服置き、更にこう続けた。


「ただ、そういう考えが、他人を思いやり過ぎる事が逆に毒となってしまう場合も在ると言うことは、肝に銘じておいてくださいまし」


━━

━━━━

━━━━━━


 先日のセシリーとの会話を思い出していた。

 スピカにもお人好しと言われる始末だ。そういう風に写ってしまうのだろうか。

 アイに抱えられ玄関に着くと、1台の馬車が止まっておりローブを着てフードを深く被ったセシリーが待っていた。


「やっと来ましたわね。行きますわよ」


「何処に?」


「お忘れになりましたの? 以前此方に運んだ人達の件を」


「え!? 会いに行ってもいいのか!」


「ええ。ただ、個人的に話したい事がありますので、わたくし達2人とうちの者数人でになりますけど」


 俺は2つ返事で了承し2人にテレパシーでその事を伝えると、馬車に乗り込み早速出発した。


「話って?」


 そして、此方から本題を切り出す。


「先日の魔法少女の件ですわ」


 やはりそれか。


「謝ろうかと思いまして」


「……はい?」


 一瞬、耳を疑ったが彼女はこう続ける。


「ユニーさんの"境遇"を考えると、あのように負い目を感じるのは致し方ないかと思い直しまして。あのようにズケズケと言ってしまい申し訳ありませんでしたわ」


「謝るような事じゃないし、考え過ぎなのは多分当たってる。それより聞きたいのはセシリーが何処まで知ってるのかって事だ」


「それはお教え出来ませんわね。知りたくば魔法少女にしていただければ幾らでも」


 彼女は笑顔でそう言い切った。

 今度は交換条件か。諦めてくれたって事はやっぱりなかったな。無理に魔法少女にしろ。では確かになくなってはいるが。


「今なら、別の情報も合せてお得ですわよ♪」


 ふざけた口調で続けられ、思わず気が抜けてしまう。


「どの程度お得なんだ」


「そうですわね。真面目な話、今後に関わるほどには。と、言ったらどうします?」


「確かにとてもお得そうだな」


 多分、本当の事なのだろう。


「でしょう? ……正直わたくしの場合、お2人ほど負い目に感じる事はないと思いますわ。わたくしは2人ほど良い子でも、善人でもありません。寧ろ悪人という言葉の方がお似合い。捨て駒にはちょうど良いと思いません?」


 自身をさげすむような口調であった。如何にも使い捨ててもいい存在だ。と言いたげなほど。


「いいや? 俺はそうは思わない」


「人の命を軽んじているとしても?」


「だとしても、使い捨ての駒にはしたくない。少なくとも俺はセシリーにそんな感情は抱いてないからな」


「……ふーむ。この手は悪手でしたわね」


 気が抜けた声で呟き、手を顎に当てる。


「なぁ、なんで魔法少女にこだわる?」


「先日話しましたわよね?」


「国王のお父さんを浄化するため。だろ? それなら俺なりアンナなりエミリアに頼めばいい。自分の手でしたいにしても、エミリアからナイフを借りて身動きを封じればなんとかならんでもない。俺達より情報を握ってそうなセシリーならこの辺りの事は思いつくだろ? なら、これは拘る理由にはならんと思ってな」


 あの時、思いつかなかった事ではあるが、よく考えると疑問でしかなかった。

 とは言うものの、単純になりたいから。と言われたらどうしようもないが。


「そりゃ、なりたいからに決まってるでしょう?」


 言われてしまった。


「厳密には魔法を扱いたいのですけれど。わたくしは魔法の素質に関しては、全くと言ってない凡人ですわ。でも、魔法を扱う事に憧れを持っていましたの。超常的な力ってとても魅力的ではありません? 何時か扱ってみたいと。この心を満たしてくれると……」


 心を満たす?

 言葉を挟もうとするも、彼女は更にこう続け取りやめ話を聞く。


「あの日、遊園地で観覧車に乗った日の事を覚えてますでしょうか? ユニーさんはわたくしにどちらの顔が本当か。と聞きましたわよね? それでわたくしはどちらでもあってどちらでもないと、曖昧な回答を返しました。明確な返答をするならば、どちらも違う。ですわ。元々無口でしたもの」


 そう言われ、嘘だ絶対。と思わずツッコミを入れそうになってしまっていた。

 顔に出ていたのかセシリーには笑われてしまう。


「人を振り回し明るい仮面はゾフィお姉様を、今こうして話している落ち着いた仮面はレイお兄様を、口調はお母様を真似ているだけに過ぎませんの。本来のわたくしは無口で内気で陰湿で嫌な奴。だから、仮面を付け自身を騙し、周りを偽り、別のわたくしを演じた。演じ続けた。そして何時しかこの仮面もわたくしの一部となっていた。その結果、今のわたくしはどの仮面が本来のわたくしか、どれが本音か分からない。何時しか心にぽっかりと穴が空いたような日々が続いていた。今となっては、憧れだけではなく魔法を得たら何か変わるかもしれない。そう思っていますの。何か変わって本来のわたくしに戻れるかもと」


 なるほど。


「俺の問いかけを利用して、同情を引こうって魂胆か」


「あら、ばれました? でも、この事は本当ですわよ。本音を話してお眼鏡に叶わなければ、気持ちが変わらなければ諦めて情報を開示しますわ。どうせ、話さなければ折角の"友人"であるユニーさんが死んでしまいそうですし」


 2人の間に静寂が訪れ、馬車の車輪が周る音だけが鳴り響いていた。

 数分が経ち、俺はある覚悟を決め口を開く。


「1つだけ言える事は分かってると思うけど魔法を得た所で、セシリーは本来の状態には戻れない」


「でしょうね。どうせ淡い希望ですもの」


「けど、もしかしたら」


 俺はゆっくりと短い腕を挙げ、セシリーに向けてかざした。


「俺達と一緒に居たら、変わるかもしれない。変われる部分があるかもしれない。最後に聞かせてくれ。魔力によるダメージの肩代わりがあるとは言え、命の保証はないけどいいのか?」


「何を今更。元より、そのような生活ですもの」


「……分かった。俺はセシリーの同情を買う。だから、自分をそんなにさげすまないでくれ。汝、我と契約し、魔法少女にな~れ!」


 セシリーの身体は光に包まれ、弾けると魔法少女の姿に変わっていた。

 魔法少女というよりカウガールと言う言葉がよく似合う様相であった。腰には格好には似合うものの、魔法少女としては不釣り合いの一挺のハンドガンがホルスターに納められてた。


「その契約の言葉、締まりませんわね」


「魔法少女になって第一声がそれかよ!!! 俺も思ってるよ! エミリアには大笑いされたよ!!!」


 実はエミリアとの契約時になにそれ、必死に考えたけど途中で放棄したような言葉。と言って腹を抱えて笑われていたのだ。


「で、気分はどうだ?」


「そうですわね。とりえず、眼前に広がる情報が多すぎて困惑してる所ですわ」


 そう言えばセシリーは大分経ってからの契約だから、情報が一気に開示されてなだれ込んでる状態なのか。


「ユニーさん。傘下に入れ。と手紙では書かせてもらいましたが……傘下ではなく、配下ではなく、これでちゃんと対等な友人。いえ、お仲間になれた。と考えてもよろしいのでしょうか」


 彼女の声は何処か震えていた。何時もの何処かふざけてた口調でもなく、凛とした口調でもなく、弱々しく自信がないような口調であった。


「おう。俺達は対等な仲間だ」


 口ではあぁ言っていたが本当は友人を、対等な仲間をほしかっただけなのかもしれない。

 セシリーは俺の言葉を聞くと、嬉しそうに微笑んでいた。

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