番外編6 王都カミーリア

 イタグラント王国、首都カミーリア。中央の王城を囲うようにして楕円形の城下町が広がっており、正確な人口は不明らしいが、30万人以上と言われている。

 小さな山を切り開いて開拓したようで団地のようになっている箇所が所々に存在する。

 最北の都市などと呼ばれたりしているが、首都だけあり人の出入りは多く、各地から様々な嗜好品や道具や武器などが集まっている。


「……はぁ」


 それは酒も例外ではなく。


「っぷはー!! やっぱカミーリアのお酒は最高だにゃははは~♪」


 王城から出てすぐの本来は準備中の酒場で、一緒に見て回るはずだったシャウラが出店で一気飲みを披露し始め、周囲に人を呼び拍手が鳴り響いていた。

 本人曰く、珍しいお酒ひゃっほーい。なのらしいが、粋なり酒盛りを始められるとは思いもしなかった。

 いや、ガーエーションでの行動を考慮するに、予定調和とも言えなくもない。


「よぉ! シャウラの姉ちゃんもう一杯!」


 そして、クラスペインとだけあって有名であり、周囲の人間は止める所か彼女の背中を押す始末である。


「すごいですわねぇ……」


 ものの数分で山積みになった木のジョッキを見てセシリーがそう漏らした。

 まず、入店直後にウォッカ割りバオム酒30杯とか頼む阿呆も他に居ないだろう。


「うんうん、すごいのは存分と分かったんだけど、このままだと町見て回れないんだけど、どうするの?」


「わたくしは構いませんわよ?」


「あたしが構うのよ!!」


 あまり来たことがない王都の道案内を頼もうとしていたが、これではお話にならない。それにあたしは立場上この場では強く出れない。つまり、セシリーになんとかしてもらう他ない。

 カヤに至っては寝てるし……。もう、なんなのよ。


「あー、確かにそうですわねぇ。シャウラさん。この辺りにして見て回りませんこと?」


 樽の酒を一気飲みしている彼女にそう提案するも。


「っぷはー! えー? やっとこさ、火が付いて来た~って感じなのぬぃ~? お姉さん的にはもっと泣きたくなるほど酒を流し込みたい! んだけどぉ、だめぇ?」


「できれば、一旦切り上げて貰えると嬉しいですわね。もし、切り上げて貰えれば、払いますわよ? たった今此処で飲んだ分の代金を」


 ちゃんと交渉をして行くセシリーを見て、あたしは安堵の溜息をつく。

 こう言う時ちゃんとしてくれるのは非常に助かる。

 カヤを起こし。


「お? お? 奢ってくれんの~? じゃぁ頼んでた分飲んだら出るにゃ~」


 周囲の観客と化していた野次馬をあたしとカヤはかき分けるようにして店を出て2人を待つ。数分後。頼んでいた分を飲み干し、2人が出てくると店をシャウラだけが手を振りながら後にした。

 店の料金はセシリーの名で王室に付けておいてと、伝えていた。


「うひぃ~♪ ちょっとたんないから飲みながら移動していい?」


 あの短時間で、樽2つにちゃんと出てきた30杯を飲み干してほろ酔いにすらなっているか怪しい彼女はそう提案する。


「却下」


「ふぁぁ、却下でありますね~」


「あ、彼処のお酒なんて良いのではありません? ……いや、あの子犬が気になりますわぁ~♪」


「うぉい!!」


 話を逸らし気になる物に飛びつくセシリーとあの手この手と酒を飲もうとするシャウラを説得し、とりあえずは見て回る間はお酒を飲むことだけは禁止させる事に成功した。

 所で昼になっていた。

 しかし、セシリーはどうにもならない。唐突に訪れる大人しい時か、真面目な時でないとどうにもならない。話を聞かない。頭が痛い。先が思いやられる。


「先に禁止しとくべきだったわ……」


 今はシャウラの行きつけらしい、人通りの非常に少ない路地に構える店に来ていた。

 お昼時というのに客はまばらであり、若干の不安を覚える。


「あはは、シャウラさんはお酒命ですから。ほんと、体壊さないか心配になるぐらいでして」


 ウェイトレスの人が水が入ったコップを人数分置きながらそう答えた。

 

「でぇじょーぶ! お姉さんは泣きそうなほど頑丈ですから。あ、何時ものね」


「はいはい。内蔵やられないように気を付けてくださいね。お三方は何にします?」


「この、スイートナッツのパイってのを1つ頼みますわ~」


「私は川魚の包み焼きを1つお願いするでありますー」


「カヤホント好きねそれ。適当にスパゲッティ頼むわ。ソースはお勧めで」


「はーい。かしこまりました~」


 メニュー表を受け取ると彼女は厨房の方へとかけていく。


「で、味はどうなの?」


「んお? 最高だよ? 流行ってないのが不思議なくらい」


 ふーん。と聞き流し、周囲に目を配る。

 客のほとんどが、気配を消していた。更に言えば、恐らく"まともな"人は1人としていないだろう。あのウェイトレス含め。

 流行らないのが不思議。だと彼女は言ったが、ほぼ確実に流行っていない理由を知っている。

 詰め寄った所で話さないわよね。それに下手に触ると、碌でもない事が起きそうだし伏せるのが一番か。


 出てきた料理は確かに美味であった。

 舌が肥え、ビランチャでは最終的にアンナと店長の料理しか口にしなかったセシリーさえも美味しいと言っていたのだから味は本物だったのだろう。

 お会計を済ませ、店を後にするとセシリーに振り回される形で色々な場所を回った。


 まずは雑貨店に行き、手当たり次第に様々な物を買っていくセシリー。

 次に服屋に行き、手当たり次第に服を手に取ると、3人を着せ替え人形のように取っ替え引っ替え着替えさせ、気に入った物を全て買うセシリー。


 武器屋に行く道すがら。


「あ、の……馬は!!」


 などと口走り、フラッと何処かに姿を闇魔し掛けたセシリーに、動悸が荒くなり酒屋に足を伸ばそうとするシャウラ。

 良く分からないお土産屋にて、不味そうな物を片っ端から選び差し入れとほざくセシリーに感化されるように変な物を買っていくシャウラ。

 床屋に突然乱入する馬鹿2人に店主に頭を下げるあたし。防具屋で耐久実験と防具を破壊し弁償する馬鹿2人に頭を下げるあたし。

 徹夜により体力の限界を迎えたようで、睡魔に負け寝てしまったカヤを背負うあたし。その状態で更に果物屋にて大食いを始めた馬鹿2人を止め……。


 正直、疲れた。此処数年で一番疲れた。馬鹿の片割れも最初のうちは、止める側に立っていたのだが気がついたら振り回す側に職業を変更していた。勘弁して欲しい。質が悪い。ふざけるな。


「にゃはは~、お姉さんがまさか振り回されるとはね~。びっくりだ」

 

 大量の荷物を持たされたシャウラは上機嫌でそう言い切った。

 途中からそちら側に行った癖によく言う。


「何時もは振り回す立場だから?」


 あれは~と口走り何処かへ以降とするセシリーの首根っこを捕まえつつそう問いかける。


「おー、良く分かってるじゃないか。そだよ。振り回すよ」


 言い切ったわよ。この人。


「で、お酒の次ぐらいに好きだね」


 しかも好きって。


「でね。それ以上に、そうやって好き勝手やらせてくれる仲間が泣きそうなほど、好きだね」


 いい話風にまとめながら団地の坂を登っていく。


「エミリアちゃんはどうなのかにゃ~?」


「あたし? あたしはそうねぇ。……気に入ってはいるわ」


「言い方に愛を感じないぞぉ?」


「愛って。ま、失いたくはないわよ? そりゃ」


「ほほう? あれかな? 恥ずかしくて、遠回しに言ってるとかそういうのかにゃ? 気取ってるのかにゃぁ???」


「……怒っていい?」


「図星だ~! ひゅー! 図星だー!!」


 彼女はそう言って坂を駆け上がっていく。

 何処と無く、見た目に反してウメと似た子供っぽい雰囲気を感じるが、絡まれた時の面倒さで言えばシャウラの方が数段上だ。

 ため息を付きながら、追いかけようとし周囲を見渡すが。


「あれ、居ない」


 先程まで居た我儘お嬢様の姿がこつ然と消えていた。


「ん、彼女なら多分大丈夫だよー」


 先に登った彼女がそう叫ぶ。


「どうして言い切れるのよ」


 叫び返すと。


「かーん」


 と、返って来た。


「あんたね。もし連れさらわれたりしたら……」


 仕方がないので止めていた足を動かしはじめる。


「お姉さんとちみが気配を一切感知してないじゃないか。それに、あの子とまともにやり合おうとする馬鹿なんてそう多くないよ。泣きそうなほどの馬鹿か同等の武力を持る奴ぐらいだね」


 セシリーが強い。立場は逆に狙われる対象となりえる。となれば、考えうる要素としては私兵。


「あの子の兵隊、強いの?」


 それなりに強い事は分かっている。だが、正確な武力までは推し量れてはいなかった。


「ありゃ? 知らないのか。そうだね。お姉さん達が泣きそうになる程度には脅威だよ」


 ペインから見ても脅威に感じるレベル、か。

 坂を登り切ると、茜色に染まった城下町が眼光に広がる。遠目に見える湖や山のコントラストもあり非常に綺麗なものであった。


「へぇ、いい眺めね」


「でしょ。お姉さんのお気に入りの場所だかんね。で、お店の事聞かないの?」


 店。昼食を取ったあの店のことだろう。


「どうせ聞いた所で話さないでしょ」


「にゃっはっは~、バレ申したか。そうだねぇ。泣きそうなほど聞かれても答えないかな。でも一つだけ。気をつけた方はいい」


「おーけー、それだけで十分」


 もう、あの店にはいかない方がいいだろう。美味しかったが仕方ない。


「さて、セシリー探すわよ」


「へ!? 大丈夫って言ったじゃん!? 言ったじゃん!!」


「それとこれとは別、ほら行くわよ」


「うわぁ~ん、立場的にはお姉さんのほうが上なのに顎で使われる感じがするぅ。はぁー、なきそ、慰めてぇええええ」


 彼女はそう言いながら手を振り上げ、荷持が周囲にばら撒きエミリアに抱きついた。


「あ、ちょ何やってんのよぉぉおおお!!!」



「さてっと」


 セシリーはとある店の近くに来ていた。

 この店は立ち寄った雑貨店の1つであった。そして、この店の店主は、昼食を取った店の客でもある。


「バッシュ。居ますわよね」


 へい。お嬢様。という声が聞こえ、見上げるとバッシュと呼ばれる少年が民家の屋根に居る事を確認しそのまま口を動かす。


「宜しい。"当たり"ですの?」


「微妙ですね。"黒そう"なのですが、何分なにぶん尻尾が掴めてないです。押し入ります? 何かでるかもですよ」


「物騒な事はやめておきましょう。確証がない状態で、無闇に刺激するものでもありませんし。それに、もう既に"十分なほど"刺激は与えているでしょうから」


 そう言うと彼は笑い。


「そりゃそうだ」


 と、言って屋根から降り、エスコートしますよ。と続けた。


「ありがとうございますわ。正直、道わからなくなっておりましたし。後もう一つ。お昼を取った店の方なのですが、確か以前調べた店ですわよね?」


「ですね。あちらは以前、フリーデ姉さんが調べた店です。驚くほど何もでなくて諦めたはずですけど、何か問題でもありました?」


「エミリアさんが一番警戒しておりましたから、普通ではない。と思いまして」


「あー、あのハーフウルフのお姉さん、警戒心強そうだもんな。あ、ですからね。んじゃもう一度調べて見ます」


「いえ、調べるのではなく、警戒だけしてもらえれば。フリーデさんが調べて何もでないのでしたら、何度やっても同じ、時間の無駄ですから」


「うっす。了解ですよ」


「さて、戻りましょうか。エミリアさんに怒られてしまいますし」


「あはは、もう遅いと思いますけどね」

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