50話Emilia/不穏な手紙

 静かに進行していたスノージュームで起きた事件の爪痕は深刻であった。

 まず被害者は数百人にも及び、ビランチャに存在する病院では許容範囲を明らかにオーバーしており、被害者の一部を別の町に移送する事となった。

 その際、シャウラさんが記した症状を和らげる薬の配合レシピが渡されていた。


 憲兵も相当数が被害にあっており、ある程度症状が和らぐ2ヶ月後までは休職。当分の間は傭兵と連携して防衛にあたる事になっていた。

 完全に抜けきるまでは個人差があれど大体半年ほどらしい。

 その間、食事が美味しく感じられない、食欲が出ない等の症状が続き相当辛そうだった。と、シャウラさんは言っていた。


 次に、スノージュームの処遇である。まず、営業停止処分から始まり従業員の解雇及び身柄の拘束、背後関係の取り調べ。

 そして、あの店で行われていたリカーサップの極めて不当な扱いも重なり、責任者及びその幹部は重罪を問われるだろうと聞かされた。

 被害にあったリカーサップは最低でも50体に及び、俺が発見した個体以外は枯れ、既に何処かに捨てられた個体も合わせると3桁に及ぶ可能性が高い。


 そして、バックについていたのはアロエリット商会と呼ばれる商業組合で、先で述べた枯れたリカーサップ及び、少量であったが使われた麻薬が発見されたそうだ。

 物的証拠だけであれば確定と言っても良いが、エミリアが言うにはスターラリー王国に本拠を置いているアロエリット商会が裏で手を引いていたのは納得が出来る。が、トラバント商会の勢力圏であるイタグラント王国まで無理に規模拡大をする必要があったのか。しかもこの様な非合法かつリスクの高い手なのが気になるとの事。


「はぁ……」


 事件の発覚から1週間後。俺達は今、王都からの帰りの馬車に揺られている。

 王都へ行った目的は先程も述べた被害者の輸送の護衛任務。行きは帰り道だからと、馬車2台分の酒樽と一緒にシャウラさんも同行していた。

 輸送した人数は50人ほどで予めセシリーに、[プトレマイオス]の口添えの元なんとか融通してもらえないか。と書状を送っていた。

 返答は簡潔にいいですわよ。とだけ。


 実際に赴いて見ると、王宮に仕える医師数名に看護師、セシリーが個人的に持っておる別荘の数件を改装し受け入れ体制を整え待っていた。

 頼んだ手前であったが病院を手配してくれたと言う想定とまるで違った対応に些か困惑してしまった。

 しかし、手段が違えど待遇はとても良いものであり感謝しか出来なかった。


 対価と言って良いのか分からないが、1日滞在して王都を一緒に見て回ろう。と言われていたが俺は気分が乗らず断っていた。心配してアンナも残り、御者ぎょしゃとして付いて来ていたカヤちゃんとエミリア。そして、仲間がまだ戻ってきていないからとシャウラさんが付き合う事い見て回った。

 何やら大変だったらしいのだが、容易に想像がつく面子なのが酷い話である。


「いい加減立ち直りなさいよ。こういうの目にして一々センチメンタルになってたら、やってけないわよ」


 この1週間ずっと、リカーサップの件で気を落としている俺を見かねてエミリアがそう言った。


「分かってる。分かってはいるんだがな」


 面識のない相手の待遇をその都度気にしてしまっていては、持たないことは重々承知していた。だが、流石にあの光景をすぐに忘れる事は、聞かされた待遇を忘れる事は出来そうにない。


「こういう問題は時間をかけてじっくりと、解決すべきだと思いますけど」


 アンナが反論し。


「いやね? だからって……いや、本来ならこれが正常なのかもね。色々と経験してるとこう言う感情が疎くなって嫌になる」


 更に反論しようした彼女も自虐風味で同調すると更にこう続ける。


「でも、任務中までその調子は困るからね」


「切り替えろってことだろ? きっちりと切り替えるから安心しろって」


「へー。一応、今も護衛任務中なんだけどね」


 と意地悪そうに言われ、俺は言葉に詰まった。


「冗談、冗談。次からでいいわよ」


「たまーに、意地悪しますよね~」


「そういう性分だからね。アンナも意地悪して欲しい?」


 エミリアは不敵に笑って見せると。


「いえ、結構です」


 即答され静かに笑った。


「素直でよろしい。俄然、意地悪しないとね?」


「なんでですか!?」


「あはは、冗談よ」


 それから野営を挟み、ビランチャに戻ってきたのは翌日の夕刻であった。

 我が家の前まで送ってもらい、カヤちゃんが完了報告をするためギルドには寄らなくて良い。と言われお礼を言って彼女と分かれた。


「んー! 少ししか離れてなかったけど久々な気がするわ」


 エミリアが背を伸ばしながらそう言って俺も肯定する。


「だなー。数日開けるだけでも、長い間戻って来てない錯覚がたまにある」


「なんですか2人して、旅帰り見たいな事……言って」


 妙な間があり、エミリアがどうかした? と問いかけると。


「鍵が、開いてるんです」


「ッ! 変身!」


 返答を聞いて即座に変身し、家の屋根へと登り2階の出窓から中の様子を伺い始める。


『念のためアンナも変身して』


「え、あ、はい! 変身!」


 遅れてアンナも変身すると、ドアを開け家の中へと恐る恐る入る。

 玄関まわりは荒らされている様子はなく、家を出た時のままであった。


『あたしは2階から見るから、2人は1階からお願い』


 2階の出窓には鍵に細工をしており、外からでも開けられるようにしてあった。

━━此処がバレて開けられてる気配はないか。

 しっかりと施錠がされたままである事を確認し、開け中に入ると各部屋を見て回る。

 どの部屋も荒らされた形跡はなく、何かしら細工をされている跡も見受けられなかった。


「異常なしっと」


 1階に降り合流するが、荒らされ金品を取られた形跡も誰かが潜んでいる様子もなく、家を出た時そのままであった。台所のテーブルに置かれていた1通の封筒を除いては。

 表には何も書かれておらず、裏も鳥と短剣を模している封蝋シーリングワックスのみであった。


「貸して」


 血相変えてエミリアはアンナから封筒を受け取ると、開封し中に入っている手紙を読み目が見開き言葉を失っていた。


「エミリア? どうかしたか?」


 俺が名前を恐る恐る呼ぶと、手紙を握りしめくしゃくしゃにする。


「なんでもない」


「いや、とてもそう言う風には━━」

「なんでもないから!!!」


 声を遮り、エミリアは珍しく声を荒げて叫んでいた。


「……ごめん。大丈夫だから。で、コレ以外は本当に何も変わってないのよね?」


「は、はい。変わってません」



「なら良かった。ちょっと部屋に戻るわね」


 そう言い残すと、エミリアは自室へと戻っていった。


「何が書いてあったんだろうな」


━━あの様子だと、エミリアにしか分からないんだろうけど。


「分かりかねますけど、とても良い事ではないと思います」



 部屋に戻るとあたしはドアにもたれ掛かり、崩れるように座り込んでいた。


「今更、なんだってのよ……」


 "彼女宛て"に置かれていた手紙にはこう書かれていた。


 君は日陰の住人だろう?

 自分の手が薄汚い事を知っているはずだろう? 

 これまでやって来た事を忘れている分けではないのだろう?

 そんな君が光を求めてはいけないだろう? さぁ僕と一緒に戻ろう。あの頃に。またやり直そう。

 今の仲間のためを思うなら分かるね。利口な君なら分かってくれるよね。町外れの屋敷で待ってる。

 ユリアンより。


「折角、掴みかけたのに。……やっと、前に踏み出せると思ったのに」

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