33話Liquor/枯れ葉は落ち朽ちゆく命

 引き取ってから3日が経った。

 変わった事と言えば、まず任務には俺とエミリアの2人でおもむくようになった事。

 それ以外は当然といえば当然だがローゼと会話する機会が増えた事や、ウメやツバキが毎日遊びに来るようになった程度だろう。


 この3日、アンナは基本的に家に居てもらっている。

 少しでも一緒に居ようとしている姿を見て、俺が何気なく提案したのだ。

 アンナ本人は、嬉しいけど任務に支障ないか。と、心配していたが簡単な任務しか受けない。と、言って納得させていた。がその後、エミリアから後悔しても知らないわよ。と言われてしまっていた。


 後は七賢人と言ったか。あの先日襲ってきた男の取り調べで、1つ分かったことがあったらしい。

 帝国の人間でとある没落貴族の配下であった。ということ。そして、帝国では珍しくないが魔法使いを集めていた家であり、その総称が七賢人との事だ。


「つーことはあれか。魔法使いが7人居るから七賢人っていう安易な……」


 エミリアが猫を捕まえる所を眺めつつ口を動かしていた。


「じゃない? で、けがれは腕輪から出たんでしょ?」


「あぁ、そうだ。ちょっと気になるよな」


 不貞腐れている猫を撫でながらエミリアが歩いてくる。


「エニダンさんの話だと、つけてた腕に何か丸い宝石のような物をはめてたような跡があったらしいわよ」


  隣まで来ると彼女の歩く速度に合わせて、パタパタと飛んでギルドに向け移動していく。


「となると、その跡に汚れが詰まってた?」


 俺の台詞だけだと、なんか埃とかの汚れが詰まってて掃除したって内容に聞こえる。


「そう考えるのが自然だけど、これまでは体内から放出されてた分けだし、これまでとはいっする大きさでもあったし。なんと言えばいいのかしらね」


「発生源、か?」


「そう、それ。配ってた。もしくは売ってた可能性ってないかしら」


「汚れをか!?」


 俺は驚き食い気味に反応していた。


「うん。実験ってカマかけた時、そこまでは知らないのか。って言われてね。この反応だと多分違うから、別のをって考えると後はこれくらいしか浮かばなくてね」


「後者は資金稼ぎって考えればいいが、前者は何なんだ?」


「戦力増強。変質者の時、痩せてた割りに力は強いし、動きも変だったけど機敏だったでしょ。大なり小なり身体強化があると見ていいじゃないかと思うんだけど」


 確かにありえる話だ。エミリアの仮定で考えると、増強して何が目的か。帝国の妥当か、はたまた力の誇示こじか、復権か。

 どれにしても、普段ならばあまり関わりたくはない連中だろう。


「問題は変質者の制御ができてなかった。ってのとなんでわざわざ"完全に身を隠せていた"のにも関わらず、急に襲いかかってきたのかって所」


 彼女は口には出していないが、どうやってあの腕輪ないし汚れの塊のようなものを入手したのか。ということも気にはなっているだろう。が、これは話し合った所で仮定すら出るか危うい。


「制御の方は失敗でもしたんじゃないか? 後者は単純に俺達が邪魔だった。とか?」


「安直に考えるとやっぱりそんな感じよね」


 安直とはなんだ。安直とは。


「邪魔、だとしても直々に出てくるものなのかなって」


「と言うと?」


「やりようはいくらでもあったでしょって事よ」


 ギルドに着き、大まかに話しておきたい事は終えていたため、話は此処で終わってしまった。

 恐らくエミリアはわざわざ1人で迎え討たなくとも良かった。と言いたかったのだろう。定期的に暗殺者に襲撃を行わせる事もできたはずだ。

 それをしなかった事への疑問なのだろう。

 とりあえずは現状維持。これまで通りガーエーションを中心に情報収集しながら、任務先の汚れた者の浄化を中心に行っていく。


 タキさんに任務完了報告と猫を渡し、報酬を貰うとギルドを後にし帰路に就いた。

 家のドアを開けると、アンナでもローゼでもなく真っ先にウメの声が聞こえてくる。


「おかえりー。今日もお邪魔してるよーん」


 彼女はソファーに寝っ転がり、テーブルの上にはお茶菓子と紅茶に本。あたかも自分の家のようなくつろぎ方をしていた。

 俺は思わず苦笑してしまう。

 

「はいはい、ただいまただいま。今日は向こうで遊ばないの」


「うん。もう、十分だかんね。これ以上は、ぺっちゃんこになるぐらい辛くなるだけだから。ツバキも同じ理由で今日は来てないよ~ん」


「じゃぁ、なんで来てんのよ……」


「そこに、お菓子と美味しい紅茶があるからに決まってるじゃない」


「あぁ、そう」



「また、私の勝ちみたいですね」


 52枚全てのトランプが手持ちとなったアンナは唸ってこういった。


「むぅ~……もう1回、もう1回お願いしますー!」


 いいですよ。と、微笑みながら返答が来て彼女はそのまま持っているトランプを切り始める。

 2人がやっていたのはダウトであった。ルールは幾つかのゲームと一緒にユニーが教えていた。

 カードを配り終え静かにゲームを開始した。


「1です」


 裏にしカードをテーブルの上に置いた。


「2ですね。アンナさん」


「何でしょう? 3です」


「……此処数日、とても楽しかったです。4ですね」


「はい。私も楽しいんですけど、急にどうかしたんですか? 5です」


「いえ、明日も楽しく過ごしたいな。と、思いまして。後、ダウトです」


 そう言って、ツルを伸ばし器用に一番上のトランプを裏返すと7のカードが顔を出す。


「ですよねー。……最初見た時5ありませんでしたから」


 あはは、と笑いながらアンナはカードを手札に加えていく。


「3周目で言おうとも思ったのですが、流石に可哀想だと思いまして」


「5まで渡すなんて、後悔しても知りませんよ」


「ふっふっふ。大丈夫です。勝ちますから」


 この勝負はユニーが混ざるまでの間に、ローゼの勝利で幕が閉じたのだった。



 遊び、夕飯を食べ、寝る準備をして雑談をして。気がついた時には22時を回っていた。

 

「ふぁあ……あ、そうでした。明日は任務で、日中いません~。って、もう言ってましたね」


「そうですね。頑張って行ってきて下さい」


「頑張ってきます~。ではおやすみなさい」


 ロウソクの火を消し床に就いた。

 翌朝、外が薄っすらと明るくなった頃、起床して挨拶を交わし着替え掃除、洗濯、朝食等々を済ませ予め入れていた任務へと向かう。

 帰って、またトランプをするという約束を交わして。


「事前に聞いてた感じ嫌な予感はしてたけど」


 町の外れ、荷馬車に揺られて移動して山のふもと

 そこの1本の木に。


「ブーラージャージャージャージャァー。……ブーラージャージャ━━」


 1人の男性がしがみつき鳴いていた。

 季節外れのセミかな? 卑猥ひわいなセミかな? 風情もクソッタレもねぇな!!

 任務内容は変な鳴き声を撒き散らす男を退治して。という事で特に被害が出ている分けではないっぽいが、これはこれで不気味ではある。


 サクッとアンナのコーンサンダー数発で倒し、黒い玉が排出されるのを確認し縛り上げた。後はピクニック気分で適当に周辺を見て回り、また馬車に揺られて帰路に就いた。


「では、先に帰りますね~」


「おう、後の処理は任せろー」



 アンナは買い物を済ませ、一目散に家へと戻った。

 今日の変なアレを話すために。木々が色づきはじめていた事を伝えるために。楽しく雑談するために。

 家のドアを開け元気に、ただいまですー。と挨拶をする。此処数日であればおかえりなさい。とローゼの声が聞こえて来ていたのだが、今日ばかりは返答がなかった。


「ローゼさーん?」


 彼女の名を呼びながら、まずは台所へと向かい食材をテーブルに置きむかいの部屋のドアへと向かう。

 念のためノックをしてドアを開き、部屋の中にいる彼女の姿を瞳に写した。



「あむ。ほんと、この町エッグフルートちゃんと置いてるから助かるわ」


 エミリアは上機嫌に口に放り込みながら、そう言った。


「ん、他はないのか?」


「うん。シュパラント以外は、切らしてても気にしないって所が多いわね。だから運が悪いと入手も大変だったりする」


 シュパラント王国。確かハーフウルフ主体の国だったか。ケモミミ天国なら一度行ってみたい。


「んぐ。ま、お店のおばちゃんが言うにはあたし以外買う人が少ないから助かってるって言ってたけどね」


「需要少ないのに置いてんのな……」


 ちゃんと元は取れているのだろうか。と勝手に考えていると、1つ、2つとエッグフルートを放り込んでいくエミリアを見てこういった。


「それより、何時ぞやのデジャヴを感じるんだが、飯前だから食い過ぎんなよ」 


「はいはい、分かってますよーっと」


 彼女は更に1つ口に頬張る。

 本当にわかっているのだろうか……。

 家に到着しドアを開けるとアンナの泣き声が聞こえてきた。

 何かあったと察し、家の中に急いで入ろうとするがエミリアに止められた。


「なんで止めるんだよ!」


「そりゃ、この状況でなんであの子が泣いてるのかって理由は1つだけでしょ。今は変に慰めるよりそっとしといたほうがいいわよ」


「……そういうもんか?」


「そういうもん。ほれ、ガーエーションで夕食にするわよ。あたしが奢るから、さ」


 俺は彼女の提案を飲んでそっとしておく事にした。

 おやっさん達には夕食時報告し、俺はエミリアの金だからという分けではないが珍しく悪酔いをしてしまい、閉店間際まで居座って終始ケイジやロッタさんに絡んでいた。


「今日はお客さん少なめだったけど、ユニちゃんの相手で大変だったわぁ」


 愚痴を零すロッタさんにガーラスさんは高笑いをして、答える。


「お前はほぼつきっきりだったからな。ま、それだけユニ坊があいつ気にってたこったろ」


「そうね。出来ることならもう少しだけ一緒にしてあげたかったのだけれど、こればっかりはね」


「ほーれ、帰るわよー」


 バックヤードのドアを開き、エミリアが顔を出してそう言った。

 実は彼女は暇だ。と言って店の手伝いをしていたのだ。


「あ、ああ」


 ふらふらと虚ろな目で飛んでいくが途中でゆっくりと落下し始める。


「っと、あんたほんと飲み過ぎ」


 だが、エミリアにキャッチされ地面とキスする事は免れた。


「送って、こうか?」


 2人と挨拶を交わしドアを閉めるとちょうど更衣室からツバキが出て来てそう問いかけられた。


「いーや、平気。気持ちだけもらっとくわね」


 そう言い残すとお店を後にした。

 道すがら、俺はおぼろげな意識の中、質問をしていた。


「なぁ、エミリア。辛く……ないのか」


「んー? そうねぇ。ま、あたしは"慣れてる"から。あんた達ほどは辛くはないわね」


「なぁ……エミリア」


「今度は何?」


 意識が更に薄れ、歯切れがどんどん悪くなり、トーンも低くなっていく。


「もし、俺が……し……ん、だら……かな……」


 結果として最後まで言うことなく、俺の意識は途切れていた。


「どうかしらね。少しは悲しんであげるかも、ね」


 翌朝。

 ソファーで寝息を立てているエミリアに抱かれる形で、寝ていた俺は目を覚まし起こさないように脱出すると、2日酔いによる頭痛に顔を歪ませながらとある部屋に向かって飛んで行く。


 ドアを少しだけ開き、中を覗き込むと枯れた1体のリカーサップと泣き疲れて寝てしまっているアンナの姿が見えゆっくりとドアを開き中に入る。

 パタパタと彼女らの元まで飛んで行く。


「すまんな。最後1人にしちまって」


 枯れ朽ちているローゼの木で出来た頬に小さな手で触れる。


「ちゃんと、弔ってやるからな」


 安らかな表情で眠る彼女に、語りかけるようにそう告げた。

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