32話Liquor/少しの間の同居人

 1階、台所の向かいに廊下を挟んである大部屋。現在は空き室となっているのだが、俺はその部屋の窓際にイスと水の入った木のバケツを運んでいた。


「うし、こんなもんかな」


 小さい腕で額を拭い、パタパタと飛びながら置いたそれらを見下ろしす。

 すると、ギィという軋む音が聞こえ後ろを振り向くとエミリアの姿があった。


「お疲れ様。まさか、こうなるとはね」


「ま、いいさ。アンナの我儘わがままなんて最初の頃以来だろうし」


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「ローゼ!!!」


 倒れている彼女を見た俺は叫び飛び寄っていた。素人目でも分かる程度には衰弱し、枯れかけている状態であった。

 夕方は元気だったのになんで……。


 だが、違う。元気などではなかったのだ。最初会った時、既に枯れ葉が落ちていた事を。彼女だけが枯れ葉を落としていた事を。最近、その数が多かった事を俺は知っていながら、拾っていながら……。


「何時からだ。……何時から!」


 思わず、怒鳴るようにして口にしていた。

 すかさずリューンは開けっ放しであったドアを閉めこう答える。


「具体的に何時から。とはお答え出来ませんが、大分前。少なくともユニーさん達がこの町に来られる以前からになります。ただ、酷く悪化したのは此処最近になりますね」


 なんで言わなかったのか。とは口にしなかった。

 言ってしまえば心配する。そう俺は頭の中で結論づけていたからだ。

 自分を落ち着かせるように深呼吸をしてから口を動かした。


「急に怒鳴ってすまん。とりあえず、このままにはしておけないから何とかするの手伝ってくれ」


 お調子者2人がおどける事も、毒吐きマシーンが罵倒する事もなくローゼを彼女らが座っていたベンチに寝かせ、もう少し詳しく話を聞いた。

 なんでも此処2週間ほどは蜜の提供も、店の手伝いも出来ずただ居るだけだったそうだ。

 リカーサップの皆は勿論、おやっさんを始め他の従業員も全員知った上で居たいと言う彼女の意思を尊重していた。


「なるほどな。何か治療とかそういうのは……無理か」


 口には出してみたものの、手段があるのなら既にやっているだろう。


「そうね。寿命だから、もう無理」


 ロートが素直に答え、若干の違和感を覚える。


「まぁ、お店止める分けにも行かないし~具体的にどうするかは閉店してからだね~」


 俺は何事かと2人から送られてくるテレパシーの対応をして、閉店時間まで暗い雰囲気の中リューンに質問しつつ色々と話をして過ごした。

 お客が少なくなり、暇となったのか閉店時間を迎える前にエミリアとアンナがバックヤードに入ってくる。


「あ~らら、こりゃ酷いわね」


 冷静にそういうエミリアとは対照的にアンナは駆け寄り焦っている様子であった。


「店の方針は?」


「本人の自由意思にもよりますが、火葬。その時まで自由にする。自然に戻る。のどれかになりますね」


 そして、彼女の性格を考えるとこうなってしまった場合、選択しそうな答えは火葬。

 付き合いの長い4人も同意見であった。


「ローゼさん次第ですけど、提案があります」


 そんな時であった。アンナが口を開いたのは。


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「断る理由もないし、説得頑張ってたからな。これくらいはしてやらんと」


 彼女が提案したのは、うちで引き取るというモノであった。無論、本人を説得出来なかったりおやっさんが断った場合は諦めるという条件で。

 結果はというと、準備を進めている時点で明白だが引き取るという事となった。

 おやっさんは、あいつが行きたいと言うなら俺が口出しすることは何もない。とすぐに了承を得る事ができたが問題はローゼであった。


 迷惑をかける。邪魔になる。と言って最初は断っており1時間近く説得したうえで首を縦に振ってくれた形だ。

 彼女から見たら、死にかけの奴を引き取る酔狂者とでも写っているのだろうか。


「いや、ないな」


「ん? どうかした?」


「何でもない。にしてもアンナ遅いな」


 部屋に取り付けた時計に目をやると、予定の時刻より30分ほど過ぎているがまだ返って来ていなかった。

 待つ事数分。玄関から当の本人の声が聞こえ、何か合ったのか。と問いかけながら飛んで行く。

 すると、変身しているアンナがローゼをお姫様抱っこしている光景が眼光に広がる。この状態は納得がいくし彼女ならしても違和感はない。だが、どうしてもこう思ってしまう。


「……絵面的には逆だよなぁ」


 そのまま空き部屋だった部屋に通し、彼女をイスに座らせ根である足を水に漬けた。


「ありがとうございます」


 彼女は弱々しい笑顔を浮かべる。


「気にすんなって。なぁ、アンナ」


「そうです! と言いますか、提案したの私ですし。あ、お昼の準備しますねー」


 アンナは台所に向かい部屋を後にする。ゆっくりと降りて行き、落ち葉を1つ拾った所で話しかけられた。


「邪魔じゃ、ないですか?」

 

「んー? 邪魔だと思ったら俺がアンナの提案ふたつ返事でオーケー出さない。それに、この部屋を有効活用できるしな」


 ふざけた口調でそう言うと、ローゼは静かに笑う。


「まぁ、此方としても1人で居る時間増えるし、すっげぇ暇じゃないか心配なんだけど平気か?」


「その程度は大丈夫です。時に、エミリアさんは?」


 周囲を見渡すと、先ほどまで居た彼女の姿がない。

 1階を軽く見て回るが姿が見えない。テレパシーを送ろうかとも考えたが、緊急時でもないのでやめた。


「どっか行っちまったみたいだ。何か用事でもあったか?」


「いえ、お姿が見えなかったので聞いただけです」


「そうか。用事ないなら良いか。ローゼ、ゆっくりくつろいでてくれー」


 俺は落ち葉をゴミ箱に入れるため部屋を後にする。

 トサッ。と窓の向こうで何かが落ちる音がし、ローゼは覗き込むとエミリアの姿が見え窓をあける。


「どうして窓から?」


「速いから。昼はこれでも読んで時間潰して」


 2冊の本を手渡した。


「ありがとうございます。本読むんですね」


「おーい、あたしって結構読書家なのよ? ま、嘘だけど。……あいつも居ないしちょうどいいか。一応確認だけど、最初断ってたのアンナのためでしょ」


 エミリアは窓枠に手を付きながらそう言った。


「そうですね。辛くなると思いますので。エミリアさんこそ、私と同じ考えですよね」


「まぁね。でも、分かってるのか分かってないのかは知らないけど、珍しく決意硬かったから押し切られた。でね。あいつもあいつで今回ばっかりは此処まで考えが回ってないみたいだから、悪くは思わないでね」


「分かってます。そんな風に見えてますか?」


「念のためよ。念のため。それと、知ってるかもしれないけどアンナ此処で寝るって言ってたから」


「はい」



 翌朝。

 小鳥のさえずりが聞こえ、外がうっすらと明るくなった頃。アンナは目を覚まし起き上がると背を伸ばす。


「おはよう御座います。随分と速いですね」


 ローゼは時計に目線を向け時間を確認する。まだ午前5時頃であった。


「おはよーございます~。何時もこの時間に起きてるんですよー」


 ベッドから降り彼女は着替え始めた。


「え、お店がある日は遅いと1時頃じゃないですか?」


 ガーエーションは酒場と言っても閉店時間が比較的早く0時。それから掃除をし、従業員は解散。後はオーナーであるガーラスが個人的に常連と一緒に飲んでいたり、リカーサップの面々と話していたりするが営業そのものはしていない。

 そして、アンナ達の帰宅時間はまばらで人が少なければ速くて22時には店を出るのだが、混んでしまうと1時まで作業をしている事もしばしばあった。


「はいー。すっごく眠いですけど、そういう日は早めに寝たりしてなんとかしてます」


 アンナの言う通り昨日はとても速く眠りに落ちていた。

 着替え終わり、ローゼ周辺の落ち葉を片付けると水を入れ替え懐いている小鳥に餌をやり簡単に掃除をし、次は洗濯、次は外に詰んである薪の補充とせっせと家事を進めていく。


「もう少し、皆さんの事知りたくなってしまいましたね……」


 木の手でエミリアに手渡された本を撫でた。

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